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【連載:世界一の品質を取り戻す55】

検証・日本の品質力
今こそ「日本的経営」を「世界標準」に・・・・(上)
−温故知新でピンチをチャンスに−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.日本的経営再評価の気運

最近、日本的経営再評価の気運が高まりつつある。しかし、日本人気質の特徴のひとつとして「熱しやすく、冷めやすい」点が挙げられる。1980年代、バブル経済華やかりし頃、“ジャパン・アズ・ナンバーワン”と喧伝され、日本的経営のユニークさ、特徴、強さの源泉などが研究・分析され世界を駆け巡った。
当時、日本的経営の特徴として挙げられるたのが“三種の神器”と言われた経営の仕組み。つまり終身雇用、年功序列、企業内組合の3つだった。しかし、バブル経済の崩壊とそれに続く“失われた20年”の経済低迷で日本的経営は代わって台頭して来たアングロサクソン型経営資本主義(株主第一主義)が、“フリー・フェア・グローバル”の合言葉とともに世界を席巻、日本的経営は否定され、新資本主義一色になってしまった。覇者に驕りはつきもので、リーマン・ショック(投資会社リーマン・ブラザーズの破綻)を引き起こし、EU内部ではギリシャ問題が露呈、以後、進められてきたISO(国際標準化機構)の話題の縮小やIFRS(国際会計報告基準)、世界特許法づくりの声は小さくなり、時期尚早の意見が大勢を占めるに至っている。
前段とし、まず多様性を認めることから始める。2国間あるいは多国間、地域で統一できるものからルールの共通化を図り、貿易の円滑化を図る。それがFTA、EPA、TPP等である。それぞれの国には文化、風土、歴史、宗教に培われたビジネス慣習があり、それを乗り越えてルールの共通化を図り、ビジネスの拡大化を図ろうというものである。そこでもう一度、評価を見直したらと、日本的経営が研究され始めている。

2.日本の産業構造の5つの特徴

日本の産業構造には他国に例を見ない大きな特徴がある。その構造的特色に日本人のユニークな気質を併わせたところに日本的経営が出来上がり、独特の発達をしてきた。まず世界の産業史からみても特異な発達をしてきた。その5つの現象から紹介する。
まず抱えている産業の幅が広く奥行きが深い点が挙げられる。それは多様な産業群を擁するということで、しかもその群の中に必ず(技術水準の)世界的トップレベル企業が入っていること。逆を言えば日本で失われた産業が極めて少ないということ。どのような時代の激変の波に遭遇しても、何らかの形で生き延びて再生の努力をしてきた。ハイテクはハイテクなりに。ローテクでもその技の粋を磨き、存在感を示している。つまり、持っている技術の水準が高く、幅が広い。素材からバイオ、ナノテクまで日本は最先進国・企業と彼我の差の議論をしても、比較相手の国は、その産業分野では強くても、その他の分野の産業を持っていないケースが多い。これだけ幅広い技術・産業を抱えている国は例を見ない。それ故に、個々の分野で最強・最先端の国・産業と比べて多少劣っていても、総合力では日本が優位に立てる。日本の産業の基盤は、IMD(世界競争力会議)の調査でも常にトップ3に入る日本の技術力の優位性に揺るぎはない。しかも、その技術を使って最終製品を厳しい消費者(ユーザー・顧客)の目に晒して、合格できる水準にまで引き上げ、仕上げることができる。日本製品が持つ「最終仕上げ」の見事さは、未だに世界の追随を許さない。目の肥えた、うるさい国内消費者(商品だけでなくサービス、ビジネスそのものも)に育てられてきたと言ってもよい。
こうした強固な産業基盤を築き上げてきた要素として、高い教育水準が挙げられる。特に基礎教育のレベルの高さは、国民の知的レベル引き上げに貢献した。島国で海外に対する知的好奇心が強かったのも幸いした。日本はここ200年、何回か国家存亡の危機に直面した。それをハネ返し、急速に国力を回復、成長させた「源泉」に国民の基礎教育と知的好奇心の高さがあった。江戸時代から藩校、私塾、寺子屋が存在し、教育のチャンスに恵まれていた。特に庶民幼児教育の寺子屋における「読み、書き、ソロバン」は日本の基礎教育を強固にした。読むことは発想力、情報収集力を促し、書くことは物事に体現させる喜びを与え、ソロバンは理論と数値的裏付けの大切さを学ばせている。日本産業が独自の発達をしてきた要素の最後に指摘されているポイントとして「宗教の縛り」が極めて少なかった点が挙げられる。宗教のタブーが少ないことは多様性を是とする価値観と文化を育んできた。他国の文化、宗教をすべて飲み込み、日本流にアレンジし、独自の発達をさせてきた。日本人のユニークなメンタリティはまた、「官」を表面上は尊びながらもそれをいつも斜めに見る余裕があって江戸時代から奥行きのある民間経済を熟成してきた。その中で技術から製品、販売方法、サービスに至るまで国内で競い、海外で勝つよりも国内で勝つことに腐心させざるを得なかった。また、日本製品の特徴に、断トツの品質の高さの他に「プレミア感」が付いていることが挙げられる。顧客満足を追求すれば当然の帰結だが品質や耐久性の他に多機能性、環境性能など他国製品にはない「プレミア性能・機能」が付いているのが当たり前になっている。世界の一番成熟した消費者に照準を合わせているのだ。

3.日本的経営―アングロサクソン型と競う

敗戦の焦土から立ち上がった日本経済はゼロから再出発し駆け足で復活を遂げ、絶頂を知って息切れした。「失われた20年」からの脱却を目指して新しい試み(アベノミクス等)が始まっている。そこで企業経営(法人論)の歴史を振り返り、次の時代の経営の在り方を探ってみる。ユニークな法人論を展開している岩井克人氏(東大名誉教授)の考え方から拾ってみる。現在の資本主義(会社組織のあり方と運営法)の原型は19世紀の英米で作られ運営が始まった。近代化を急ぐ明治政府はそのまま日本に導入した。しかし元となる歴史が違った。江戸時代に発達していた「商家」の形態を法人に置き換え、富国強兵策と国策が相乗りし、急速に増大化するとともに近代化を果たした。これが財閥システムに発展していく。
資金は全て「お家」のために蓄えられ、本家の当主といえども持ち分に応じた配当しか手にできない。「家」が一番偉く、個人を超越し、永続・発展させることが第一義となった。人材も子飼いの奉公人から出世した番頭が経営を仕切るようになり、その形態が日本型資本主義となった。
会社組織は日本人の「ものの考え方」とつながり、日本に根付く。それが戦前の財閥中心の経済システムだが、出来上がる財閥家族は巨大株主だったが会社を支配していたわけではない。実際は「番頭経営」だったのである。
第二次大戦後、米国中心の占領軍は財閥システムを解体した。戦勝国の目には、財閥の存在が非近代的な独占で、軍国主義と結び付き第二次大戦を引きおこしたと理解した。軍部および財閥解体を断行、国民全員が株主になる社会こそ最も民主的だとして、財閥家全部にただ同然で株主を放出させた。米国以上に民主的な経済システムを構築しようとしたのである。
初めは多数の個人が株主になったが、そのうち財閥傘下にあった会社がそれぞれ集まり、互いの株式を持ち合って会社集団を作り出す。財閥家族が追い出された後、番頭と奉公人が中核となり、組織自体が自立する仕組みが出来上がった。そこに世界では例を見ない、個人株主を持たず、個人を超えた組織のために経営者・従業員が一体となって働くという江戸時代からの仕組みが残った。
この日本型会社形態が戦後の急速な経済発展の原動力となっていく。経営者は株主よりも組織を重視する。(朝鮮戦争など特殊要因はあったが)重厚長大産業の国づくりに必要な産業に優秀な人材、資金、教育が投入され効率的な会社運営法が出来上がり、またたく間に世界二位の経済大国にのし上がった。1980年代、一億総中流と呼ばれ、高い品質、生産性を誇り、世界から高い評価を受け、我が世の春を謳歌した。その過度の膨張と驕りがバブルとなり崩壊した。その後「失われた20年」に陥る。
一方、株主を重視する米英型の会社は強くなり、“フリー、フェア、グローバル”を合言葉に、自由主義的な経済政策を展開、株主が全権を持つ会社運営法を推進し、経済を牽引した。グローバル化と金融革命、IT革命によって90年代は米英の一人勝ちが続く。「米国型の株主第一主義の企業運営法が世界標準」とされ、「日本型の会社マネジメントは終わった」と喧伝され、日本人は自信を完全に喪失、「株主重視」へ大きく傾いていく。
しかし21世紀に入り、米国型にも大きな“軋み”が生じる。「1000年に一度」と言われたリーマン・ショックがそれである。
経営者が平社員の数百倍(日本10倍強程度)の報酬を受け取る仕組みができ、不平等な社会を生んだ。ストック・オプションなどで経営者も株主となれば自己利益追求がそのまま株主の利益になるという一石二鳥を狙った結果につながる。結果、アンフェア、お手盛りが起こる。同時に米経営者は政治献金がロビー活動で政治に働きかけ、独り勝ちの仕組みの永続化を図った。こうした不平等主義を放任し、一部の人の独り勝ちを許し、アンフェアに既得権益を守り続ける仕組みを米国の経済学者ダロン・アセモグル氏は「収奪的経済システム」と名付けている。暗にこれは中国の現状を批判したものである。
こうして「米国型が世界標準」とする目論見はもろくも崩れた。現在、ドイツが復活を果たし、日本も再復活を果たそうとする芽が出てきた。日独共に昔よりは株主重視に傾いてはいるが基本は高い倫理観の上に立った「組織重視」である。今、日独型と米英型という2つの会社運営法(哲学)が仕切り直しながら、次世代の経営の在り方を巡って主導権争いを展開している。

4.岐路に立つ日本的組織運営法

日本も無論、岐路に立っている。グローバル化、デジタル化は、すべて国々のキャッチアップの敏速化を可能にしている。技術力を磨き、新しいビジネスモデルを開発し、他の真似のできない所で頑張り続けるしかない。常にイノベーションを創出する組織体を育て続ける必要がある。日本型の組織、マネジメントの運用法には有利・不利が存在する。会社が従業員を重視し、株主の現在価値最重視の短期的利益に振り回されない経営が出来るという意味では技術革新にはメリットであり、全体調和を重視するあまり、結論・着手に時間がかかるデメリットもある。また岩井氏は「かつて重厚長大産業に向いた機械設備の効率性を高めるための組織のあり方は、イノベーションを生み出す組織のあり方とは違うという意味ではマイナスだ」と指摘する。現在、人材を重視しつつ変化(技術革新)を生み出し続ける新たな組織のあり方をどの企業も模索している。
温故知新――もう一度、原点に立ち返り、どのように考え、行動し、育て上げてきたか、先達経営者の思想、哲学、息吹を感じてもらおうとする試みが全国で立ち上がっている。
またモノづくりに関しても、わが国独自の製造体制、組織づくりをグローバル展開し、成功を収めている企業(工場)を顕彰する制度なども立ち上がっている。大阪では(関西地区出身の)先達企業家の業績を展示するミュージアムが開設され、関東でも全国規模の展示会場が開設される計画が持ち上がっている。次回はその内容や展示計画の概要、日本型モノづくり顕彰制度の内容、今後の技術革新のヒントになるような企業の試みの数々を紹介することにしたい。


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