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【連載:世界一の品質を取り戻す53】

検証・日本の品質力
デジタル「モノづくり」新時代
−普及進む3Dプリンターのインパクト−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

政府は6月下旬、2013年度「モノづくり基盤技術の新興施策」(ものづくり白書)を閣議決定した。
白書はその中で近年製造業の輸出力が落ちているため、国内の生産拠点を強くする必要があると指摘、回復力アップ、次の成長の鍵を握る分野として2つの技術を強調している。第一が高度なロボット技術の開発と活用。幸いわが国の中小企業には特定の分野で高い世界シェアを持つ企業が多い。規模・業態を問わず、協調・支援し合うことが大切と提言している。第二が3Dプリンターの開発の高度化、多面的活用を強調している。デジタルデータから立体物を作り出す3D(三次元)プリンターのソフト開発・活用について白書は「欧米に比較して遅れており、今後の発展から取り残される懸念がある」と警鐘を鳴らし、技術開発を急ぐ必要があると指摘している。
「21世紀の産業革命」を起こすと言われるこの画期的な3Dプリンター技術。基本は日本人が生みの親。その本格的普及期を迎えて、日本のモノづくりの優位性の一角が崩されようとしている。ここでは3Dプリンターの過去、現在を見据えながら今後の産業経済へのインパクトを検証する。

1.低価格化と共に急拡大する応用分野

3Dプリンターが開発されたのは1980年代のこと。主要特許が切れたことから低価格化が進み、つれて普及が急進展している。本体価格も高性能機種の1台数億円から10万円以下の家庭向けまで幅広く市場に出回っている。使える材料も簡易な樹脂だけでなく、鉄やチタンなど100種類以上にも増え、さまざまな分野で需要が高まっている。米国の調査会社ウォーライズ・アソシエイツによると、3Dプリンター関連市場は2013年、3千億ドル強(約3050億ドル)に達し、年率で約35%と急進しているとレポートしている。
米国南カルフォルニア大学を中心とした産官学のプロジェクトチームは昨年秋、幅10cm高さ4mの巨大3Dプリンターを作製、これを使って約200平方mの家庭用住宅を手作業なし、20時間で建設するというプロジェクトをスタートさせている。主要メンバーの1人はその目的・用途について「発展途上国の住環境整備や災害現場での仮設住宅建設などに活用したい」と話す。中国でも同様のプロジェクトを今年からスタートさせている。また、米国GE(ゼネラル・エレクトリック)傘下の部品メーカー各社は集合して航空機部品10万点以上を3Dプリンタで作成し、これを使って航空機1機当たり約450kgの軽量化を目指す方針で研究を進めている。
一方、日本でも応用分野は広がっている。新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)を中心とする研究チームはこのほど3Dプリンターを使って人工的に骨を作る技術を開発し、医薬品医療機器総合機構(PMDA)に薬事承認を申請したと発表している。2015年にも実用化される見込み。NEDOは東京大学や医療技術を手掛けるベンチャー企業「ネクスト21」(東京都)などと共同で3Dプリンターによる人工骨を作製することに成功。これによって患者1人1人に合わせて骨の中の構造まで再現することができ、0.1mm単位で成形することが可能になった。材料は骨の成分の一種である特殊なリン酸カルシウムで、患者本人の骨となじみやすく、移植後に徐々に本人の骨と置き換わる。すでに臨床試験を実施しており、その有効性・安全性を確認済みという。
慶応大学は湘南藤沢キャンパス(SFC)の図書館1階に「Fabspace」(ファブスペース)を今年6月に開設した。ここには3Dプリンターのほか、3Dスキャナー、カッティングマシン、デジタル刺繍ミシンなどが設置され、学生、研究者の製作物も展示されている。同スペース設置の中心メンバーである同大環境情報学准教授の田中浩也氏は世界的ネットワークを持つ市民工房「FabLab」(ファブラボ)の日本における発起人でもある。FabLabは現在鎌倉、横浜、つくば、渋谷、大阪、仙台、鳥取、大分など8ヶ所に開設されている。いずれも料金を払えば誰でも3Dプリンターなどを利用できるオープンなスペースとなっている。Fabspaceはそのキャンパス版。身近なモノづくり、3Dプリンターのある生活を実体験してもらうのが狙い。

2.3Dプリンター研究の生みの親は日本人

3Dプリンターの開発研究は1980年代初め、日本と米国で始まった。当初は3Dプリンターという名称ではなく、積層造形とかラピッドプロトタイピングと呼ばれていた。ラピッドプロトタイピングとは素早い(Rapid)試作(Prototype)という意味。最初に積層造形として光造形の技術を開発したのが名古屋市工業試験所の小玉秀男氏だった(1980年)。その後、米国のチャック・ハル氏が光造形技術の米国特許を取得(1986年)。同氏は3Dシステムズ社を設立。1987年には世界初の3Dプリンター機が発売され、急テンポで進むことになる。一方、米国の2大3Dプリンターメーカーのひとつであるストラタシス社が1988年に熱溶解積層法(FDM法)で特許を取得、よりいっそう加速した。後に小玉、ハル両氏には英国のランク財団よりオプトエレクトロニクスに貢献したことに対する賞が贈られている。現在では米国の2社が先行、ほぼ寡占状態になっている。これは日本の産業界が小玉氏の発明に着目しなかったことに起因する。先見の明を持って研究開発に取り組んでいれば後れを取ることはなかった。1990年以降は光源や材料に関する研究が進み、2003年頃には熱可塑性ABS樹脂ばかりでなく、より強度の高いFDM材料によりラピッドマニュファクチャリング(迅速な製造)時代に突入することになる。ちなみに日本で初めて3Dプリンターが市場投入されたのは2012年のホットプロシード社(福岡市)からのもので大きな後れを取っている。最近2、3年で3Dプリンターの普及、応用は急拡大している。特に最近では比較的資金力の小さい中小企業、個人ユースの低価格3Dプリンターの需要が伸びている。
その理由としては、まず第一に2009年にFDM法の基本特許の失効に伴い、レップラッププロジェクトによるオープンソースの低価格3Dプリンターが発売されブームが始まった。2012年に米国のクリス・アンダーソン氏(US版「WIRED」誌元編集長)が「MAKERS」を著し、メーカーズ(製造者)革命を世に問うた。また翌年初には米オバマ大統領が年頭の一般教書で3Dプリンターへの期待を表明し2016年までに製造業で100万人の雇用創出を目指すことに言及、米国の製造業回帰を宣言している。
このように現在まで3Dプリンターの市場を牽引しているのが米国。米国はDIY(ドゥ・イット・ユアセルフ)が市民生活に発達しており、3Dプリンターはこうした個人ユースで需要が伸びている。米国の調査会社によると2013年には1万ドル未満の3Dプリンターが5万6000台以上出荷され、2014年には9万8000台以上、2015年にはさらにその2倍以上に市場が拡大すると予測している。低価格3Dプリンターの中でもメーカーボット社(2013年、同業のストラタシス社を合併)をはじめとする20万円前後のホビーユースを中心とした個人用3Dプリンターが売上を伸ばしている。
日本国内ではまだ、海外製品を日本仕様にアレンジしたものが販売の主流。世界の3Dプリンターの主なメーカーを見てみると、米国にはメーカーボット社、3Dシステムズ社などが、日本にはホットプロシード社、マイクロファクトリー社(東京都)などが、さらに韓国にはアイコスモス社などが存在感を高めている。世界市場に目を向けると、工業、建設、教育、医療の現場で活用が進んでいる。別の調査機関の調査によると、2012年時点の市場規模は約2300億円、それが2020年には4.3倍の1兆円以上に達すると予測している。米国ではホビーユースが発達の主場になったが今後はやはり市場の大部分はBtoB市場で試作品の製作を中心とした製造業用とが主力となる。また試作品に加えて短納期かつ少量生産にも対応しやすいため、今後はラピッドマニュファクチュアリング(迅速な製造)ニーズで需要を伸ばすと期待されている。前述のメーカーズ革命を提唱しているアンダーソン氏は「これまでニーズがあるのに製造されていなかった1万個市場に3Dプリンタは生かされる。」と予想している。そして日本のメーカーズに対しては「日本はモノづくりとイノベーションの先進国。メーカーズ革命は日本の新たな未来を切り開くはず。そして日本にもウェブを利用したオープンなモノづくりが早く浸透してほしい」と期待感を表している。

3.手軽さの裏に犯罪の温床が

今年4月、3Dプリンターで製造された樹脂性拳銃(殺傷力は基準値の5倍)の所持事件が摘発され、社会に大きな衝撃をもたらした。3Dデータのオープン化の負の側面が早速表面化したことになる。実際、今回と同じ拳銃の3Dデータが日本だけで6万件以上ダウンロードされたというデータもある。米フィラデルフィアでは昨年末から3Dプリンターを用いた無許可の銃製造の法規制が始まったが、その他の例はまだない。
国際的に見れば3Dプリンターの悪用は銃器の複製に留まらない。豪州では昨年夏、3Dプリントのスキミング装置をATM(現金自動預け払い機)に仕掛け、読み取った情報で10万ドルを詐取した東欧系のグループが摘発されている。専門家によるとこうしたスキミング装置は中国で量産され、ロシアの闇サイトで20万円前後で販売されているという。
3Dプリンターとは立体物の「形状」を「複製」して「製造」する機械。必要とするのは立体物の形状に関する3Dデータと材料。3Dデータは専用ソフトを使って自分で作るか、実際の立体物をスキャンしてできるほか、インターネットなどを通して外部から入手することも可能だ。銀行口座の実印、有名作家の高級オブジェ、希少コイン、人気キャラクター等々構造さえ分かれば精巧な模造品を安価で早く量産できてしまう。3Dプリンターに関する法律を研究する専門家は「有害データの作成・流通にくさびを打ち込むのが最も現実的」と話す。今回の事件は「銃の3Dデータがネット上に公開されていたことが元凶」とし、犯罪を食い止めには早期に刑法のいわゆる「ウイルス作成罪」のように、危険物の設計データの作成を禁じる「凶器作成指令電磁的記録作成罪」を立法化することを提案している。そのほか例えば銃に必要な高強度樹脂などの購入記録を残すといった対策や、3Dプリンターの機械を登録、届出制にするとかいろいろ議論が出ている。
大日本印刷は3Dプリンターで銃器やキャラクター製品の模倣品など違法なものを造ろうとするとベースに蓄積され、インターネットを介して3Dプリンターに提供される仕組み、同社ではこのプログラムをプリンターメーカーなどと連携して2017年までに実用化し、3Dプリンターやパソコンに組み込んでもらう計画になっている。一方、悪用防止を呼びかける運動も始まっている。3Dプリンターを製造・販売する国内11社が業界団体を設立し、利用者に悪用しないように呼びかける。キーエンスやNTTデータエンジニアリングシステムなど、11社が参加する。団体は販売する際などにステッカーを配り、銃作成は違法であることなどを購入者に呼びかける方針。

4.3Dプリンターの普及と政府の3つの提言

経済産業省の「新ものづくり研究会」の中で3Dプリンターの今後について言及。「企業戦略や今後求められる人材像、知的財産等の制度整備など多角的な視点から検証を進め、新たなモノづくりの潮流を進め、わが国企業の高付加価値化、競争力強化に結び付けることを目的」に3つの提言を行っている。
第一がモノづくりの革新。ここまでは現状の日本の3Dプリンターおよびその周辺技術を総合的に評価し、日本の強みでもあるはずの3D積層造形技術を製品差別化にどう生かすか、その源泉を探る。それを中小企業のモノづくりに生かしていく。第二が製造業のあり方、社会のあり方の変容可能性。この分野では3Dプリンターが産業に与えるイノベーションの領域を分析、そこから生じるビジネスモデル転換の必要性を検討・公表する。またその進化発展は顧客により近い商品開発が求められ、周辺サービスを新たな可能性を生む。それは新たな主体の製造業への参入を活性化することにもつながり、社会のあり方にも変化のインパクトを与える。それを支えるのが急務となっている人材の育成である。そして最後が政府に求められる数々の取組み。ここでは変化に対する政府の役割と現在実態に追いついていない法整備など早期の取組みが論じられることになる。3Dプリンターはアンダーソン氏が提唱したように誰でも「メーカー」になれる日が近づいている。しかし品質検査もなく個人が作製した商品が出回る。専門家は今後PL法(製造物責任法)の問題が生じてくると警告する。個人では企業のような賠償能力は到底見込めない。創造性と安全性をどう両立するか。それが問題になっている。


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