前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (31)】

ドラッカー視点から見るPMの実力
〜PMBOK(第5版)プロジェクトマネジメントの国際的ガイドライン〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
プロジェクトマネジメント(PM:Project Management)とは、プロジェクトをマネジメントする活動や機能であると同時に、プロジェクトをマネジメントする人、いわゆるプロジェクトマネージャーを指す場合もある。またプロジェクトは、一般に「期間(開始と終了)が決められている」こと、「ある目的(未知の成果物や独自の価値の実現)のために臨時に組織されたチームが遂行する」こと、「特有のプロセスを持っている」ことなどが、その特徴とされている。品質管理や生産技術など技術部門や製造部門が携わる仕事においても、このプロジェクトの特徴を持つ仕事がたくさんある。

■「特有のプロセスを持っている」とは

PMと日常業務(いわゆるルーチンワーク)とで明らかに異なっているのは、目的実現までのプロセスであり、プロジェクトマネジメントの特徴である「特有のプロセスを持っている」ことである。特有のプロセスとは、プロジェクトは「立上げ」「計画」「実施」「監視と統制」「終結」の5つのプロセスから成り立っていることを意味する。日常業務の場合は、「準備」「実施」「監視と統制」「報告」ととらえることができる。プロジェクトの仕事は日常業務に比べて、その目的が未知のものであることから、不測の事態を想定した「計画」が重視されることが際立った特徴だと云える。また未知である価値、未知である成果を実現するという(特有のプロセスを遂行する)仕事の品質や能力レベルを向上させるためには、日常業務とは別の工夫が必要である。一例として、一つのプロジェクトが終了した時点で、プロジェクト活動実績とその成功と失敗を分析し、次回以降のプロジェクトに活かすべき教訓を得て、「報告書」をとりまとめ元の組織に報告を行う。これを「終結」というが、日常業務の「報告」とは、かなり性格が異なる。

■PMBOK®とは

PMBOK®は、日本語ではピンボックと呼称する。正式名称は、米国PMI(Project Management Institute, Inc.)が発行したA guide to the project management body of knowledge (PMBOK® guide)であり、現在、第5版が最新版である(注1)。これは知識体系であって、ISOのような国際規格とは性質が異なる。ISOにおけるプロジェクトマネジメントに関する規格としては、ISO10006(Quality Management systems−Guidelines for quality management in projects:品質マネジメントシステム−プロジェクトにおける品質マネジメントの指針)がある。プロジェクトマネジメントの仕事つまりプロジェクトマネージャーが参考にすべきものとしては、PMBOK®が国際的に知られている。

■PMBOK®の概要

それではPMBOK®は、プロジェクトをどのようなプロセスでとらえているのであろうか。
図を見て欲しい。


横軸が、プロジェクトをマネジメントする場合のプロセスを示しており、「立上げ」「計画」「実施」「監視と統制(モニタリングとコントロール)」「終結」の5つである。これらの5つのプロジェクトマネジメントプロセスについて、何を行うべきかは、以下に述べる10の知識領域(マネジメントの内容)に記載されている。(注2)
  1. 統合マネジメント:プロジェクトマネジメントの他のプロセスを統合してプロジェクト目的を達成するマネジメント活動であり、PM本来の仕事のこと。
  2. スコープマネジメント:プロジェクトの期間、予算、プロジェクト組織、品質などのプロジェクトの運営と期待されている成果などの範囲をマネジメントする活動のこと。
  3. タイムマネジメント:プロジェクト終結までの各活動の時間管理活動のこと。
  4. コストマネジメント:プロジェクト終結までの各活動のコスト管理活動のこと。
  5. 品質マネジメント:プロジェクト終結までの各活動と成果物の品質管理活動のこと。
  6. 人的資源マネジメント:プロジェクト組織とメンバーそれぞれの最適なパフォーマンスを維持するための管理活動のこと。
  7. コミュニケーションマネジメント:プロジェクト遂行に必要なコミュニケーションの管理活動(例えば、必要な会議、打合せを最低3ヵ月前には決定しておくなど)のこと。
  8. リスクマネジメント:プロジェクト目的を達成するためのリスク管理活動のこと。
  9. 調達マネジメント:プロジェクト目的を達成するための調達管理活動のこと。
  10. ステークホルダーマネジメント:プロジェクトステークホルダー(利害関係者)の要求を知り、プロジェクト目的を達成するための適切な関係を維持する活動管理のこと。

■ドラッカーの「5つの重要な質問」から見る

一方、ドラッカーは、プロジェクトといえども事業としてとらえる。「事業の目的は、顧客創造である。」は、あまりにも有名である(注3)。プロジェクト(事業と見る)を成功させるには、以下の5つの重要な質問をPMが自ら問うことが重要である。
  1. 目的とミッションは何か?:自分がマネジメントするプロジェクトの目的とミッションについて他人に説明できるように文書で確認すること。商品開発プロジェクトであれば、その新商品に期待される経営成果への貢献だけでなく社会に及ぼす影響も含め、品質管理改善プロジェクトであれば、当該プロジェクトに期待される品質管理上の成果および社会に対する影響を明確にする。
  2. 顧客は誰か?:そのプロジェクトの顧客は、ドラッカーが云うように二種類以上いるはずである。プロジェクトオーナー(最終責任者)、プロジェクトの最終成果の利用者、プロジェクトメンバーはじめステークホルダーも顧客という認識をもつ必要がある。
  3. 顧客の求める価値は何か?:それぞれの顧客が求める価値を明確にする。
  4. 我々の成果は何か?:顧客が求める価値を提供するために我々(プロジェクトチーム)が行うべきこと、提供すべきものやサービスは、具体的に何かを明確にする。
  5. そのための活動計画は?:我々の成果を実現するための課題と役割を明確にし、担当者、仕事、期限、予算、プロジェクト組織を決めアクションプランを作成する。
これらの5つの重要な質問に答えることによるメリットは大きい。プロジェクトの“目的”“ミッション”を考えることで、市場に対する影響を予測することから社会性を意識させること、“顧客”と“顧客が求める価値”を考えさせることから、プロジェクト運営とプロジェクトの最終成果に求められる要求を繰り返し明確にできることなど、PMだけでなくメンバーの意識改革を効果的に行うことができる。このことは、PMBOK®が云う統合、スコープなど10の知識エリアの仕事を上辺だけ行うのに比べて、仕事への集中力、責任感において良い結果を生むことにつながりやすい。5つの重要な質問をPMはじめメンバーも自ら各自の仕事について問いそれに答えることは、プロジェクトの目的とミッションを中心軸にブレない仕事を常に意識することができるため、プロジェクトチーム全員の働き方を大きく変えるだけでなく、メンバーへの動機づけに対しても有効に働くと考えられる。

■ドラッカーの「8つの重点領域目標」から見る

PMBOK®では、10の知識領域を示すことによって、プロジェクト活動の内容を示した。これに対してドラッカーは、プロジェクト活動の方向性と優先順位、意志決定の拠り所、実行を監視する測定指標まで述べている。すなわち、事業の目的は顧客創造であり以下のように「目標は次の八つの領域において必要とされる」(注4)という。
  1. 社会的責任と顧客創造:プロジェクトは、顧客創造のための価値提供だけでなく、社会的責任をも目標にもつことで、プロジェクトの存在価値が生まれるのである。
  2. マーケティング:PMは顧客と要求価値、その提供の仕方を明確にするマーケティング活動を常に意識して手を抜いてはならない、そのために目標設定が必要である。
  3. イノベーション:プロジェクトにおいては、要求されている新製品や新サービスの開発だけでなく、運営についての業務改善の目標を定めることがPMの仕事である。
  4. 人的資源:プロジェクトの「立上げ」「計画」時における有能な人材の定義、人数、人事及び人材育成施策の目標を設定することは、PMの重要な仕事である。
  5. 物的資源:プロジェクトに必要な環境や設備など、プロジェクトに必要な物的資源を「立上げ」「計画」時に決定するだけではなく、「実行」段階での調達が適切にできているかを「監視と統制」することが重要である。
  6. 資金:プロジェクトの予算を決め、必要な資金とその調達方法を決定する。また、資金調達に関わる「実行」および「監視と統制」もPMの重要な仕事である。
  7. 生産性:プロジェクトの経営資源(人的資源、物的資源、資金、情報等)の活用方法、時間視点から見た経営資源と業務の生産性の向上に必要な活動目標を設定する。
  8. 条件としての利益:資金と生産性の目標を設定するのは、プロジェクトの予算管理の重要性を説いたものである。プロジェクトを事業として見たてて、倒産の限界条件であり未来費用である利益(あるいは適切な予算での実行)を無視してPMの仕事は無い。

■MOTリーダーの役割

MOTリーダーの仕事は、掛け持ちでプロジェクト業務を複数こなすことが、日常化しているといっても過言ではない。グローバルスタンダードの一つとされるPMBOK®だけを知っていても、プロジェクト業務がこなせることにはならない。本連載がテーマにしているドラッカー「マネジメント」の考え方を合わせて実践することが、プロジェクト活動をして経営成果に大きく貢献させる推進力になるのである。
<注の説明>
(注1)PMBOK®は、米国PMIの登録商標である。
(注2)(1)p61.
(注3)(2)p73.
(注4)(2)p130.
<参考文献>
(1)PMBOK® guide第5版、米国PMI発行。
(2)『マネジメント』(上)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト