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【連載:世界一の品質を取り戻す51】

検証・日本の品質力
産業構造の強さ・弱さから見た次の成長戦略
−利点を生かしたボトムアップ型戦略を探る−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

安倍政権は現在、「アベノミクス」と呼ばれる経済・財政政策を遂行中である。その中心となるのが「大胆な金融政策」「機動的な財政政策」「民間投資を喚起させる成長戦略」の3本の矢である。
そこで鍵を握るのが成長戦略である。6月末、成長戦略とともに、それを補完する「骨太の方針」「競争力戦略」「規制改革案」などを矢継ぎ早に発表したが、市場は期待したほど反応しなかった。消費や輸出が拡大し、企業業績が好転、雇用や個人収入が増えさらに消費が拡大するという好景気のスパイラルに乗せるためには、IMFのリカルド専務理事の言葉ではないが「今、日本に求められているのはimplementation(実行)あるのみ」ということになる。また、今回の成長戦略に設備投資減税や法人税減税などが組み入れなかったことから不満の声も高まり、安倍政権は成長戦略第2弾として秋にこうした政策を組み入れた施策を表明することにしている。世界が日本の経済政策で一番危惧しているのが国の過大な借金である。財政規律の早期健全化も強く求められている。難しい舵取りが必要になる。
国策として進められるであろう成長戦略は、政府、行政に任せることとし、それをより強化するため企業は不断の努力として成長戦略を進めなければならない。それをここではボトムアップ型成長戦略とする。そこでトップが押さえておかなければならないポイントとトレンドから構造改革、意識改革のヒントを提示してみたい。

1.日本の産業構造の「6つの長所」と「7つのS」

20世紀後半、世界の市場を席巻した日本を評価して、日本異質論が噴出していたことがある。その内容を見ると、産業経済の特質、ユニーク性でもあり、それらの指摘は逆に言えば力の源泉でもあった。「失われた20年」といわれる停滞期間が続いているが、そこから脱却するにはまず自らの良さを生かすことから発想すべきとの考えから、その長所を6つのポイントでまとめてみた。

  1. 重層な産業構造:抱えている産業の幅が広く、奥行きも深く、社歴の長い企業が多いという特徴は世界に例を見ない。それは多様多彩な産業群を擁するということで、しかもその群の中には必ず世界的企業が入っている。逆に言えば失われた産業は極めて少ない。円高等で打撃を受けてもなんらかの形で生き延びて再生のための努力を惜しまない。

  2. 高度な技術水準:持っている技術の水準が高く、幅も広い。世界の技術情報に目を向け、常に自らの技術力とベンチマークし、ベストプラクティスを指向する。素材からバイオ、ナノテクまで最先進国と彼我の差を議論するが比較相手国はその他の分野の産業を持たないケースが多い。たとえば米国は家電の例を見るまでもなく競争力を失った産業は自然と淘汰されてきた。日本ほど幅広い技術(ハイテクからローテクまで)産業を抱えている国は少ない(世界のどんなニーズにも応えられる潜在力を持つ)。だとしたら個々の分野では最強・最先端の国・企業と比べて多少劣っていたとしても日本の技術力評価はIMD(国際経営開発研究所=在スイス)の調査でも常にトップ3の中に入っている。

  3. 見事な最終仕上げ:高い技術力を活用するとともに最終製品を厳しい消費者の目に晒して(日本は世界トップクラスの成熟消費社会)合格できる水準まで引き上げ、仕上げることができる。日本製品が持つ「最終仕上げ」の見事さはいまだ世界に追随する国が無いほどである(匠の世界)。目の肥えたうるさい国内消費者に育てられるといってよい。

  4. 高い教育水準:日本の産業基盤を支えた1つの要素に高い教育水準がある。特に基礎教育レベルの高さは国民の知的レベルの引き上げに大きく貢献している。島国で海外に対する知的好奇心は極めて強いのも幸いした。

  5. 多様化を好む国民性:「宗教の縛り」が少ないが故に多様化もよしとする価値観と文化を育んだ上に「官」を尊びながらもそれをいつも斜めに見る余裕があって江戸時代から奥行きのある民間経済を持って来た。その中で技術から製品、販売方法に至るまで国内で競ってきた。

  6. 特異な仕事観:仕事を「苦役」と考える欧米人(故に安息日が生まれた)に対し、仕事に生きがい、楽しみを求める人が多い。その日本人の仕事観(人生哲学)の違いが自律自尊成長型(〜道と呼ばれるまで高める)仕事人を育成してきた。
以上の結果によって日本製品は「プレミア付き」が多く、特異な成長がガラパゴス化を促してしまった。「コンセプトのよさ」、「仕上がりの良さ」を必要以上に求めた結果である。日本経済がピークの頃、日本流マネジメントも賞賛された。それが「ジャパン・アズ・ナンバーワン」でいう「7つのS」である。その7つのSとは
  1. スーパー・オーディニット・ゴールズ:並外れて高い目標を掲げた組織・企業運営
  2. ストラテジー:高い戦略性
  3. ストラクチャー:構成員の総智を生かした組織運営
  4. システム:系統・組み合わせの上手さ
  5. スキル:均質で高いレベルの個々の技術力およびその集合体
  6. スタイル:様式・仕方・態度・品格を重んじる仕事のやり方=気配り・目配りの見事さ
  7. スタッフ:人材・構成要員の質の高さ。知識・能力・スキル・モチベーション等のベクトル化

2.日本の弱点―「失われた20年」はなぜ起こったか

日本のバブル経済の崩壊は「東西冷戦」の終焉と無関係ではない。資本主義対資本主義の自由の競争の始まりである。日本は少子高齢化の急速な進展による消費の縮小である。軸を一にしてWTOなどの国際機関の機能不全である。それらがブロック経済化(EUの進展)、BRICSなどの新興国(人口大国は生産大国になりえるし消費大国にもなる)の台頭を促した。それを可能にしたのがICT(情報通信技術)の急速な発展である。結果、知識・情報・技術等の急速な世界的流通により上位に対するキャッチアップは可能になり、知識・技術の均質化は急速に進んだ。
バブルの処理の失敗に手間取っている間に存在感を増したのが隣国の台頭である。世界の工場国の地位を中国に奪われ、空洞化を促進、雇用・消費の減退を招いた。それと相まって中国から安い商品が大量に流入し、デフレ経済に陥り、今もって脱却できないでいる。
円高が長期間続いたことも大きな要因となっている。だがそれ以上に日本の産業全体を苦しめた要因が世界的コスト安競争に巻き込まれたことにある。デフレギャップ(需要に対し過剰な設備)が長く続き、雇用減、従業員の収入減、景気低迷というデフレスパイラルに陥ってしまった。加えて多くの経営者の消極姿勢も状況を悪化させた。バブル崩壊直後、世界の経営者が良く口にした言葉に「スピード経営」、「グローバル経営」の2つがあった。双方の言葉は関連している。しかし日本の経営者はそれは掛け声倒れに終わった。その間に欧米の経営者および韓国の主要経営者はこの施策を大胆に実行した。
スピード経営とは意思決定の早さである。日本の経営は稟議書制度などもあって責任が分散されており意思決定までに時間がかかり結果としてアクションを起こすまでに時間がかかりすぎる欠点があった。それを是正しようとはしなかった。
グローバル経営とは海外進出や人材活用ばかりではない。これも中途半端に終止したが、ここで指摘しておきたいことは情報ネットワークの活用である。インフラとしての国際ネットワークはこの間急速に拡大、基盤が強化された。日本の経営者は是を充分使い切れていない。この活用がスピード経営にもつながるのだ。
21世紀は「イノベーションの連続が勝負の鍵を握る」(米国「イノベート・アメリカ」より)といわれる。しかし日本は国際大競争時代に突入した現在、この弱点が露になった格好だ。垂直統合型生産システム(自前主義)も弱点に変わった。自社のグループから部品調達する生産システムは平時には作用するが、コスト競争では逆に作用する。

3.企業の成長戦略を考える4つのヒント

製品の価値を決める要素として従来はQ(品質)、C(価格)、D(納期=スピード)が言われてきたが、現在は加えてS(安全・安心)、E(環境)、C(法令順守、企業倫理)の5つの要素を満たされなければならなくなっている。これを踏まえたうえで次の成長戦略を練る上で参考になるであろう4つの指摘しておきたい。その4つとは知財戦略の再構築、新ビジネスモデルの開発、国際標準化戦略の練り直し、メーカーズ(製造者)の囲い込み戦略である。

  1. 知財戦略の再構築
    米国は一昨年、特許法を大改正した(全面施行は今年3月16日)が、その狙いは世界特許法の制定にあることは本誌ですでに記したが、当面の標的は中国韓国にあることは明らかだ。新冷戦(米中冷戦)時代の始まりは米中知財戦争から始まることは明らか。中国の偽造品、模造品の横行は一向に改まらない。その実害は全体で20兆円にも達すると推測されている。逆に中国は2015年までに200万件工業所有権取得計画を発表。特許取得件数で今年日本を上回り世界第2位に躍り出る。加えて中国は無理やり米国で特許出願(新幹線特許も同様)を強めている。これは中国が世界の国情別特許制度訴訟テクニックを充分勉強し、次の時代に備える狙いがある。権利意識の強い中国人が世界各国で特許攻勢に出てくる日は近いと見るべきだ。日本は米国と歩調を合わせて中国特許包囲網を構築すべき時代に来ている。日本は長い間特許にあまり価値を見出すことなく米国の特許攻勢(1980年代のプロパテント戦略)に守りの姿勢で対処してきた。今後は“攻め”の戦略に転換すべきである。
    日本は現在、180万件の特許が保有されているといわれる。その40%が休眠状態にある。米国で現在アップル対グーグルに代表されるように、特許囲い込みを目的としたM&A戦争が勃発している。世界の企業は日本の企業が使いきれていない特許に着目、M&Aを仕掛けてくることが予想される。各企業ともIP(知財)ポートフォリオを作成、保有している知財が有効活用しているか分析するところからはじめなければならない。
    韓国サムスン電子は500名の陣容でIPセンターを組織、併せて世界各国に「パテント・パトロール隊」を派遣、攻めと守りの知財戦略を絶えず練っている。

  2. 新ビジネスモデルの開発
    現在米国は第2次ビジネスモデル開発時代にある。第1次は1990年代のビジネスモデル特許(例にトヨタのかんばん方式)が認められた時代である。そして現在の「ブルーオーシャン戦略」(未開拓市場の開拓)としての新ビジネスモデルの開発である。それを可能にしているのがスマートフォンに代表されるICT新時代に代表される情報の大量高速携帯流通環境である。
    ビジネスモデルの決まった定義は無いが「事業においてもっとも基軸となる差別化を図った高度な経営戦略」というところか。少し古いがビジネスモデルの成功例(米・日)を以下に示す。

    〔米国〕・アップル:S・ジョブズのビジョンの具現化
        ・アマゾン:サイバー上でのアラタナマーケットプレイスの構築
        ・サウスウェスト航空:規制緩和を活用してのLCC(低価格運賃路線)の開発
    〔日本〕・コマツ:GPSを活用しての建機の顧客稼動状況把握
        ・アスクル:SOHO向けビジネス消耗品のネット通販
        ・ユニクロ:SPAの強化。東レ等とのヒートテックの共同開発(ナノテク利用)

    ビジネスモデルをより強固にするためには特許技術を織り込むことが不可欠。しかしICT利用のビジネスモデルはライフサイクルが短いことにも注意する必要がある。

  3. 日本発技術の国際標準獲得
    グローバルスタンダードを取るためには2つの方法がある。デファクトスタンダードとデジュリスタンダードである。 デファクトスタンダードとは事実上、市場を押さえた標準品のことであり、デジュリスタンダードとは国際機関(ISOやIECなど)が決めた文書化された標準のことである。かつてはデファクトも可能であったが、現在では技術力が平準化し不可能。デジュリが一般的になっている。IECでは日本の技術が国際標準化されることが散見されるが、ISOではきわめて難しい。 現在EVの急速充電システム、LEDの規格、パワー半導体などの規格取得争いが続けられているが、劣勢に立たされているケースが多い。たとえば充電システム。日本はコンソーシアムを組んで「チャデモ」に規格統一、設備も数多く稼動している。しかし欧米はタッグを組んで「コンボ方式」に統一、パワーバランスもあって日本は劣勢になりつつある。日本は2000年代初め2段構えで国際標準を目指したことがある。国内でまずコンソーシアム標準を統一し、それを国際標準にしようとしたが、21技術を持ち寄ったが8技術しか標準化できず、国際標準化ではことごとく敗れた。もう一度戦略を練り直す必要がある。早急な、そのための人材も必要であるが、発想を国内にとどめるのではなく、アライアンスを組む、ネットワークを構築し、共同戦略を新たな戦略で取り組む必要があるのではないか。

  4. メーカーズの育成と囲い込み
    米国では現在製造業の復権が現実のものとなりつつある。それを可能にしているのがシェールガス革命であり、もう一方がメーカーズによるモノづくり革命である。シェールガス・オイル革命は自前のエネルギーが確保できたことから海外に出ていた製造業が戻りつつあり、海外企業も米国進出を計画している。一方のメーカーズとは個人のモノづくり専門家(起業家)のことであり、自分が作りたいものをコツコツとSOHOなどで開発し、市場が開ければファブレス等で製造委託、ビジネスを大きくすれば良い。EVのテスラモーター、掃除機のダイソン、アイロボットなどは皆そうして誕生した。
    それを可能にしたのがICTであり、3Dプリンター、デジタル工作機械であった。幸いなことに日本にマニアックなモノづくり愛好家が増えつつある。教育機関にも自作のラボが続々誕生している。「クールジャパン」といわれる漫画、アニメ、料理などが全世界で受け入れられている。質の高い絵、ストーリー、美味しい味を多彩に生み出す背景にはプロでは無い素人集団が重層的に数多く存在するからである。モノづくりは日本のお家芸。モノづくりマニアも増えつつあるし、小さな町工場にも人材は多彩だ。その人たちの知恵や技術資金をネットを使って集め、日本人メーカーズは自分の夢を実現することも可能になっている。
    マイクロソフトのビル・ゲイツが独の優秀な個人の技術に着目。「ガレージファクトリー作戦」と称して試作品製作を委託して回ったことがある。しかし、そこには36の規制があった。すぐに国・州政府と掛け合い、その規制を緩和し、目標を実現させた。
    日本にメーカーズを普及・育成する場合、住宅にラボを作る場合、建築、消防、環境関連法など多くの規制が数多く存在する。日本の成長戦略の要(かなめ)は規制緩和がスタートになることは間違いない。政府の成長戦略の真剣度はこの規制緩和の中身によって測ることが可能だ。
ある産業競争力会議の委員は「これまで日本は国際市場で、技術で勝ってビジネスで負けることが多かった。今後は国が司令塔となり、民間の技術を十二分活用できる新たなビジネスモデルの構築が不可欠だ」と主張している。
だが新ビジネスモデルを構築し、それをマネジメントしていく場合、従来は費用対効果を考えればよかったが、その間にリスクの分析をおかなければならない。どこにどんなリスクが存在しているか分からない。そのリスクを最大限解析し、極小化の手立てを講じてPDCAを回す必要に迫られている。


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