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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (29)】

経営者(トップマネジメント)の仕事(2)
〜品質保証部門は経営者を支える〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
ドラッカーは、経営者の仕事はチーム(経営チーム)で取り組むべきだという。その理由は、トップマネジメントに要求される様々なことを一人で行うことは不可能なためであり、ワンマンによる独裁的な経営を避けるためでもある。デュポン、ユニリーバ、ジーメンスなどのグローバル企業が、1960年代までに作り上げた経営委員会がそれに当たるという。(注1)経営チームの呼び方は違っても基本的な構造とその機能は変わらない。

■トップマネジメントの数と構造

規模が大きく複雑な大企業やグローバル企業であれば、経営チームは、当然に複数が必要とされる。世界的な規模で企業全体をマネジメントするチームが必要であり、地域ごと、国ごと、事業ごとにも経営チームが必要とされるからである。
ドラッカーは、経営チームを検討する場合、その構造は如何にあるべきかを挙げている。(注2)
  1. トップマネジメントが行うべき仕事を分析して、その内容を明らかにすること。
  2. トップマネジメントが行うべき仕事のそれぞれについて、担当者を決定する。その担当者は、直接的、全面的にそれぞれの仕事について責任を負う。
  3. このようにしてトップマネジメントはチームとして組織され、責任は各々の専門や資質に応じて割り当てられる。
  4. トップマネジメントの責任を与えられた者は、肩書きに関わりなく経営チームのメンバーとなる。
  5. 単純な小企業を除き、トップマネジメント以外の仕事はしてはならない。
  6. 複雑な大企業では、事業単位など複数の経営チームを組織する。

■経営者になるのが目的ではない

ここで誤解を招かないためにも、経営者の仕事を知ることがMOTリーダーにとってどのような意味を持つかについて補足しておきたい。それは、MOTリーダーは経営者にならなければいけないということを言っているのではなく、「経営者の仕事を理解することで彼らの仕事に対して、MOTリーダーが貢献できる機会を知る」ことに意義がある。経営チームが行うべきことは、様々である。多くの事業を抱え、グローバル企業ともなれば、地域別、国別など複雑さは増加する。自分の上司が日本人ではないケースも増えている。職場が目指すべき成果は何か、そもそも職場の目的やミッションを考える必要があるのがMOTリーダーであり、その答えを知るために自分の職場の存在を規定する上位の部門や会社の意思決定機関である経営チームの仕事を理解しておくべきである。

■経営チームが機能する条件

経営委員会などと呼ばれる経営チームが組織されても、経営成果を出すために機能しなければ意味はない。ドラッカーはそのための条件を挙げている。(注3)下図を参照。

  1. 経営チームのメンバーは、各々の担当分野について責任をもつが故に最終的な決定権をもつ。例えば、あるメンバーの決定に対して、他のメンバーが異議を唱えてはいけない。
  2. 経営チームのメンバーは、自分の担当分野以外の意思決定はしてはならない。メンバー各位は、それぞれの担当分野について直接かつ最終的な責任を持つが故に、他のメンバーが自分の担当分野を超えて意思決定をしてはいけない。
  3. 経営チームのメンバーは、仲良くする必要もなければ、尊敬し合う必要もないが、攻撃し合ってはいけない。会議室の外で互いのことを批評してはいけない。褒め合うこともしないほうが良い。また、キャプテン(実質上のトップ)は、誰であろうと他のメンバーを批判したり非難したり軽んじるようなことを言わせてはならない。
  4. 経営チームにはキャプテンがいる。チームが意思決定する場合、キャプテンは拒否権をもつ場合、担当者を決める権限だけをもつ場合などがある。
    このキャプテンは、危機に陥ったとき、他のメンバーの責任を一手に引受ける意欲、能力、権限をもち、一貫した命令系統をもつ必要がある。
  5. 各々のメンバーが意思決定せずチームとして検討すべき問題がある。例えば以下のような問題である。(1)「われわれの事業は何か。何であるべきか」という事業の定義、(2)既存の製品ラインの廃止、(3)新たな製品ラインへの進出、(4)巨額の資本支出を伴う決定、(5)主要な人事。
  6. 経営チームのメンバーは互いに自分の考えを他のメンバーに周知させる必要がある。各メンバーの考えと行動がチーム内に周知されているとき、各メンバーの責任ある自立性をもった行動が可能になる。
以上からイメージされるように経営チームは、好き嫌いや人間関係(仲が良いなど)で機能させることは出来ないと、ドラッカーは説くのである。

■経営チームを支えるスタッフが必要

ドラッカーは、組織を人体に喩えることはできないとしながらも、経営チームを頭脳に喩えて説明する。人間の頭脳が取り入れた酸素とエネルギー源の半分を消費するように、企業の頭脳たる経営チームは、栄養と刺激と情報の供給源を必要とすると説く。(注4)そのような機関の例として、ドラッカーは、ジーメンスがドイツ銀行に設けた本部セクレタリーアート(企画部)の意義を述べている。トップマネジメントの必要とする情報は、現業のマネージャーが要求するものと異なる。「トップマネジメントのための情報は何か。何であるべきか」の問いに答えるには、現在の目標、組織、課題、情報とは別の視点から事業を見なければならない。この組織の頭脳というべき経営チームを支えるセクレタリーアートの仕事は、「われわれの事業は何か。何になるか。何であるべきか」を左右する重要事項を明らかにして、トップマネジメントが今日行うべき意思決定に必要な情報と知識を提供することであると云う。

■品質保証部門の仕事も経営チームを支える

セクレタリーアートだけが経営チームを支える機関ではない。例えば品質保証部もそのひとつである。品質保証部門の目的は、自社が取り扱う製品だけではなく仕事の品質をも外部に対して保証することにある。品質保証部の仕事の範囲は、研究開発部、設計部、生産技術部、製造部、工場管理部、物流部、調達部、営業部、技術サポート、カスタマーセンターなど、企業全体のプロセスの品質向上に貢献する活動である。中でも、従業員に対する教育や訓練に関しては、人事部や人材開発に任せっきりでいいはずがない。経営チームの意向に沿って、外部が認める品質保証体制を作り上げるだけではなく、従業員の活動の全てが品質保証に値する活動であること、すなわち外部から認められる水準に育てることは、人事部や人材開発と連携をとってこそ初めて実現できることである。
経営チームに対して情報や知識を提供すべき部門、従業員に対して教育したり、従業員の自己開発を支援するべき部門は、品質保証部門とは限らない。経理部や人事部、人材開発部、法務部、管理部なども同様に経営チームを支援するスタッフである。

■キリンビールの経営者になったある決断

昨年3月にキリンビールの社長に就任した磯崎功典氏は、入社10年目に米コーネル大学にてホテル経営を学んだ留学経験をもつ。(日経産業新聞、2012年11月15日付)92年に「管理職」に昇進したが、その時は肩書きだけで部下もいなかったという。そして、経営者になるべきキャリアパスに乗る決断のときを迎えた。それは、97年に当時の社長である佐藤安弘氏からあるホテル開業の話を切り出される形で訪れた。磯崎氏は「死ぬ気でやってやろう」と即決したという。ホテル開業を成功させ1年半にわたりホテルの総支配人を務めた彼は、部下の育成にも強い情熱をもって取り組んだという。2007年には、キリンホールディングスの経営企画部長に就任した。そのとき、手塩にかけたホテルを売却したというから、すでに経営者感覚は出来ていた。3月の就任以来、国内30箇所以上の工場や営業所を訪れ、従業員との対話を続けているという。現場感覚も持ち合わせた理想的な経営者像と云える。

■MOTリーダーの役割

職場の一人の技術者、従業員ではあっても、経営者のつもりで考え、働くのがドラッカー「マネジメント」である。経営チームの仕事を理解し、職場の目的、目標を設定することで方向性を正し、部下の育成に情熱をもって取り組む。やがては経営チームの一員になる日が訪れる。経営者のつもりで考えて働くMOTリーダーは、すでに経営チームのメンバーである。
<注の説明>
(注1)pp21-22.
(注2)pp24-25.
(注3)pp26-29.
(注4)pp30-33.
<参考文献>
『マネジメント』(下)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



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