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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (26)】

「新しい現実」に相応しい意識改革(1)
〜逃げたライオンの責任を持つのは誰か?〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
通勤前にお握りと野菜ジュースを買うコンビニ店の前に、野獣のライオンがうろついているのが見えた。とても今日は買う気になれず、安全をとり横道を抜けて駅に向かった。「なんで、ライオンが居るんだ!」と心の中で叫ぶと同時に、とにかく飼い主に責任を問いたいと主人公の○○は思った。―――もちろんこれは、フィクションである。仮に現実にこのようなことが起こったなら、街中が大騒ぎになり、警察やライオンの専門家、捕獲のために動物園や当局の職員はじめ機動隊まで出動するかもしれない。

■複雑化した組織に特有の事故

「国内の化学工場で大規模事故が相次いでいる。22日未明には三井化学の岩国大竹工場(山口県和木町)で爆発が起き、周辺住民を含め22人が死傷。昨年11月の東ソー南陽事業所(山口県周南市)の爆発事故では従業員1人が死亡した。」と報じた。(注1)
戦後経済を担ってきた大型化学工場における一般的な事故原因としては、高付加価値の多品種少量生産に対応することで設備が複雑さを増したこと、安全管理の徹底が難しくなったこと、新規設備投資の削減による設備の老朽化などがあげられる。本当のところこれらの事故の原因は何だったのか。
その一部を紹介すると、三井化学の場合は、「爆発が起きたタイヤ補強材接着原料の設備ではなく、別の工場全体の共通インフラである蒸気設備に不具合があったため」であり、東ソーの場合は、「緊急放出弁が動かないという設備トラブルがきっかけ」であったという。
会社のため、日本経済のためと働く仲間が不幸なことに、このような事故に遭ってしまったことに対して、お悔やみの言葉を捧げたい。

■事故の原因は人にある場合も少なくない

情報システムのトラブルの場合、その原因は、ハードやソフトの不具合によるものが直接の原因とされるが、設計仕様のミス、プログラミングのミス、テスト不十分によるミス、操作教育が徹底しなかったことによる操作ミスなど、人的な不手際がトラブルや事故の原因として共通にあがってくる場合が多い。三井化学と東ソーの爆発事故については、人的な不手際によるミスがどの程度あったかについては、著者は充分な情報を得ていない。
しかしこれらの事故から、戦後日本を支えてきた製造業の大型工場が抱えている共通の問題点を知ることができる。その主なものは、「製造設備の複雑化からくる運転・保守の困難さ」「設備の老朽化からくる安定稼働の難しさ」「現場技術者の熟練度の確保の難しさ」などが、挙げられよう。製造設備の複雑さ、老朽化を補うはずの経営活動、熟練労働者の確保が難しいとなると、経営を根本的に見直さざるを得ない時期に入っていると言えるだろう。

■逃げたライオンの責任を問う

冒頭のフィクションの主人公が心の中で思った「ライオンの飼い主に責任を問いたい」という問いの答えを、ドラッカーは、ローマの法律家が唱えた野獣の原則をもって説明する。(注2)すなわち、「ライオンが檻から出れば、責任は飼い主にある。不注意によって檻が開いたか、地震で鍵が外れたかは関係ない。ライオンが狂暴であることは避けられない。」と説明する。ここ数年、我が国で起こった化学工場での大規模事故や原発事故と重なる。企業経営者はライオンの飼い主であり、当然のこと、職場のリーダーやマネージャーも飼い主である。「人的なミスが原因である」とするなら、従業員をしてミスを犯させた責任は、ライオンの飼い主に問われるべきである。大手企業でよく見かけるミスをした犯人を探しその人間に責任を取らせることで解決するものではない。ミスを再発させないためにマネジメントを改善する必要があることに気づく必要がある。これが意識改革の第一歩である。マネジメントは、経営のトップマネジメントによるトップダウンと職場リーダーからのボトムアップの両面から進める必要がある。

■歴史の峠に入った

意識改革につながる気付きはそう簡単には得られない。個人の意識改革を促進するためには、本人の世界観や社会観、価値観を意識改革の方向に向かわせるための何らかの影響を与える必要がある。ドラッカーの思考も同様である。「歴史にも境界がある。目立つこともないし、その時点では気づかれることもない。だが、ひとたびその境界を越えれば、社会的な風景と政治的な風景が変わり、気候が変わる。言葉が変わる。新しい現実が始まる。1965年から73年の間のどこかで、世界はそのような峠を越え、新しい次の世紀に入った。」(注3)と、およそ10年毎に世界観を整理する著作を書いているのがドラッカーである。
例えば、この間の米国を取り上げる。1965年、米空軍の北ヴェトナム爆撃開始、1968年、黒人運動指導者のキング牧師暗殺事件、ケネディ大統領暗殺事件、1969年、アポロ11号の月面着陸成功、1971年、ニクソン(共和党)政権がドル防衛策発表、1972年、ニクソン訪中・米中首脳会談、ウォーターゲート事件など、いずれも世界経済と政治に大きな影響を与えた歴史的な出来事が立て続けに起こっていた。
それでは歴史の峠の後に来るのは何か。「われわれは2030年の社会が、今日の社会とは大きく違い、しかも今日のベストセラー作家たる未来学者が予測するいかなるものとも、似ても似つかないものになることを予感している」(注4)と、ドラッカーはネクストソサエティ(次の社会)を予見している。

■働く人の主流は肉体労働者から知識労働者に転換した

歴史の峠に入ってから、大きく変化したことの中で、ドラッカーは、「先進国において働く人が、肉体労働者よりも知識労働者の割合が増加した」ことを強調する。知識労働者とは、学校教育で学んだことを仕事に活用することで働く人を指す。この知識労働者は、いわゆるホワイトカラーだといってもよい。欧米に遅れて日本も知識労働者の割合が増え始めたのが、70年代、80年代であった。この手の新しい働く人々の価値観は、「やりがいのある仕事を求める」「自分の個性を実現したい」「自分の能力を伸ばしたい」という動機があって働くという特徴がある。お金だけでは、労働意欲につながらない人々なのである。
先進国においては、このような知識労働者に相応しいマネジメントの方法に変えるべきだと説いたのである。このことに気づくことが、意識改革の第二番目である。

■知識労働者をマネジメントするには

それでは、知識労働者に対するマネジメントはどのように変わるべきなのか。ドラッカーは以下のようにまとめている。(注5)
  1. 人の強みを発揮させ、弱みを無意味なものにして、共同して成果をあげることを可能にすること。人の欠点には目をつぶり、組織の成果を出せるように仕事のプロセスや仕組みを整える。
  2. マネジメントの役割は同じだが、例えば国の文化の違いによってその方法を変える。
  3. あらゆる組織が、従業員のもつ価値観を組織の共通の価値観や目的へのコミット(互いに約束を守る)を要求すること。
  4. 組織は、従業員同士が互いに教え学びあうなど、全て学習と教育の機関として自らを機能させること。
  5. 組織の従業員には、意思の疎通と個人の責任を確立させること。
  6. マネジメントの評価基準は産出量や利益だけではない。マーケティング、イノベーション、生産性、人材育成、財務状況などの組織の健康度と業績を測るには、多様な尺度をもって評価すること。
  7. 組織の成果をつねに外部にもたらすようにマネジメントすること。

■MOTリーダーの役割

意識改革はMOTリーダー個人から始める。そして職場の部下に、組織の目的を共有し成果を産出する方向に互いの働く方向を向けるように影響を与える。部下への働きかけというマネジメントの力加減を行うには、トップマネジメントや上長のマネジメントからの働きかけに焦点を絞り、その意図に沿うことが重要である。

<注の説明>
(注1)日本経済新聞、2012年4月24日。
(注2)(1)p94.
(注3)(1)pp2-3.
(注4)(2)p67.
(注5)(1)pp259-261.
    (1)「新しい現実」(1989年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
    (2)「ネクストソサエティ」(2002年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



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