前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (23)】

イノベーションできる組織、できない組織(2)
〜こうすれば、既存企業は変われる〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
ベンチャーという言葉はかつてほど聞かなくなった。その理由は、バブル崩壊の蔭に隠れてしまっただけではない。国内を例にとれば、景気は低迷し、市場は縮小する、少子高齢化で消費構造が大きく変わり、個性化に見られる多様化も進み、一方で本物志向が根強い。ロングセラー製品は、本物と個性を求める市場に居場所を見つけているに過ぎないのかもしれない。新商品のライフサイクルは短くなるばかりである。

■グリコのヒット商品を生み出す背景

グリコグループの企業理念「Heart(おいしさの感動を)、Health(健康の歓びを)、Life(生命の輝きを)」を体現した商品開発のイノベーションを例にあげよう。グリコ乳業はグリコグループの中において主役的な存在である。読者の中に、プッチンプリンを知らない人はごく僅かであろう。この商品は1972年に開発したもので、いまでもデザート部門で売上げ上位を維持しているロングセラーであり、今年は40周年を迎える。同社は、企業理念をイノベーションに結びつける行動理念をグリコスピリッツ(創る、楽しむ、わくわくさせる)として表現し、日々の仕事の心構えの基本として大切にしているところにイノベーョンの成功要因をみることが出来る。その後もヒット商品を継続的に市場に提供している中で、ドロリッチという個性的な商品がある。2007年に開発した製品で、飲料とデザート商材の中間という新市場を切り開いた。ドラッカーの言葉を借りると顧客創造に成功した商品である。「新しい価値を市場に提案したい」と思っていた、マーケティング部のある担当者が、「新しい感覚のデザート」のイメージを膨らませていた。そのイメージを製品開発研究所の担当者にストレートにぶつけてみたという。製品開発研究所が顧客対象に行なっている定期アンケートで「プリンやゼリーはかき混ぜて食べる。その方が美味しい」という回答を得ていたこともあって、「新しい感覚のデザート」をつくるという目的が共有されることになる。そこから、マーケティング部(企画担当)、製品開発研究所、生産技術部、品質保証部、製造部生産企画・生産技術、営業本部、マーケティング部(広告担当)の巧みな連携によって新製品を生み出し、市場に投入するという仕組みが機能したのである。
またそのような部署横断的なチームづくりを習慣化した社風づくりにも成功している。もちろん一つの商品が成功したからといって、経営成果に直結するわけではない。何故なら、商品開発力をさらなる経営成果に結びつけていくという課題は、他社と同じように抱えていると思われる。

■変化を脅威ではなく機会とみなしイノベーションを受け入れる組織をつくる。

ドラッカーは、イノベーションを行なう組織になるための方法について述べている。まずドラッカーのイノベーションに対する基本的な考え方は、「企業家精神は生まれつきのものではない。創造でもない。それは仕事である。」(注1)と言っている。具体的にはグリコ乳業の行動理念にあたるものがあった方が良い。「創る、楽しむ、わくわくさせる」という共有できる動機づけが有るのと無いのとでは雲泥の差がでてしまう。「イノベーションが大切だ」と何度言ったところで、このようなキャッチコピー的なものの方が親しみやすく、忘れにくいことが、自然に「イノベーションこそ、組織を維持し発展させるための最高の手段であり、一人ひとりの成功にとって最も確実な基盤であることを周知させる」(注2)ことになる。(下図を見て欲しい。)


さらにドラッカーは、イノベーションを当たり前と考える組織にする具体的なステップを提示している。第一ステップとしては、廃棄を制度化することだという。組織が健康を維持するために、老廃物を排泄しないで自家中毒しないためにも必要だという。特に有能な人材がイノベーションのために動けるようにするためにも、定期的な意味も込めて廃棄を制度化する。何を廃棄すべきかについては、「もし手がけていなかったとしたら、今日これからこの製品、市場、流通チャネル、技術などを手がけるか?、この答えが、「ノー」であるものは、廃棄の対象である。」(注3)これ以上の経営資源の投入は止めるようにする。
第二ステップとしては、製品、サービス、市場、流通チャネル、工程、技術のいずれもライフサイクルがある。製品を例にすると、「今日の主力製品」「明日の主力製品」は今後とも経営資源を投入して伸ばすべきだが、「昨日の主力製品」「独善的製品」(経営陣の思い入れが強いが何年も上手くいっていない製品、捨てられない製品をいう)などは、改善の見込みが薄ければ廃棄を検討することが大切である。第三ステップとしては、どのような分野(製品、サービス、市場、流通チャネル、技術など)においていつまでにイノベーションを行なうかの期限を決めることだという。このときイノベーションの目標も合わせて決めるが、目標は実際に必要な規模の3倍以上にしておくことが成功の確率を上げることだという。第四ステップとしては、これまでの第一ステップ、第二ステップ、第三ステップと、それを行なう場合の経営資源(人、もの、金)を明らかにして、イノベーションの計画としてまとめる。

■既存企業におけるイノベーションの具体的な方法

さらにドラッカーは、特に既存企業におけるイノベーションの具体的な方法を述べている。第一の方法としては、月に1度の業務報告では、第1ページを2つつけなさいという。1つのページは、問題や課題を列挙する。もう一つのページは、期待や計画を上回った実績があった分野を列挙させる。これは、イノベーションの機会を見逃さないために必要なのだと。また、月例の経営会議においては、通常の会議とは別に、機会に集中する経営会議を行なうことが、機会に関心をもつという意識改革につながるという効果もあるとドラッカーは言う。第二の方法としては、半年に1回、各部門長をあつめて戦略会議を行なう。過去1年間で、企業家的なイノベーションを実践した事例を報告させ、成功した要因を分析する。何を行なったか、どのようにして機会を見つけたか、何を学んだか、今もっているイノベーションの計画は何かを互いに報告する。第三の方法は、トップマネジメントが自ら、開発研究、エンジニアリング、製造、マーケティング、会計などの部門の若手と会合することである。若手がそれぞれの視点から見た、新事業、新製品、新市場についての考えを、直接聞く。また、わが社の方針や市場における地位について、質問を受け答えると良いという。またこの場で若い人から提案があった場合は、その提案した人間に、提案の具体化を責任もってさせることが重要であるも述べている。(注4)

■イノベーションの成果を体系的に測定する。

イノベーションの計画をつくって実行したら、その結果を評価することが重要になってくる。評価の視点には、3つあるという。第一に、一つ一つのイノベーションの試み(プロジェクト)について成果を当初の期待と比べて(フィードバックして)評価すること。第二に、イノベーションに関わる活動の全体について、定期的に点検を行ない評価すること。例えば、どのイノベーションに力を入れるか、どのプロジェクトが上手く行っているか、上手く行っていないのかなど。第三に、イノベーションの成果全体について、イノベーションに関する目標、市場地位、全体の業績と関係づけて評価すること、特にリーダーシップを発揮している分野を確認し、リーダーシップが維持されているかを評価することが重要であるという。

■組織、人事、報酬について特別の措置を講じる。

既存組織でイノベーションを成功させるには、特別の措置が必要であるとドラッカーは言う。報酬、報奨、人事を企業家精神に報いるものとし、やる気を失わせるような企業家精神の足を引っ張ることがないように準備する必要があるという。例えば、新事業は既存の事業から離して組織することが原則である。既存の事業の行なう者を新規事業をも行なわせれば失敗は目に見えているという。また、新事業の核になる人の組織図上の位置は、かなり高いことも重要である。その人は、イノベーションを起こす計画、廃棄の制度化、レントゲン写真による企業診断(注5)、イノベーションの必要度の把握、イノベーョンの機会の分析、若手とのインフォーマルな会合からでてくる提案の評価にも責任をもつようにする。

■いくつかのタブー(やってはいけないこと)を行なわない

これだけではまだ足りないとドラッカーは言う。3つのタブーを挙げている。第一のタブーは、管理的な部門と企業家的な部門を一緒にすること。第二のタブーは、得意分野以外でイノベーションを行なおうとすること、第三のタブーは、ベンチャーに投資することによって起業家になろうとすること。これらのタブーは、意識的に行動しないとつい、現実に流されてしまい、せっかくのイノベーションの機会を潰してしまう。

■MOTリーダーの役割

それぞれの持ち場において、イノベーションに挑戦することは、MOTリーダーの第一の役割であり責任であるといっても過言ではない。日常的な仕事と、プロジェクトとして取組む仕事の成果を出すためには、両者のバランスをとることが常に要求される。それは、時間のマネジメントと部下のマネジメントの両立だといっても良い。イノベーョンベーションの基本と原則について、ドラッカーに学ぶ意義はますます大きい。

<注の説明>
(注1)p174.
(注2)p175.
(注3)p176.
(注4)p184.
(注5)p180.ドラッカーが「創造する経営者」(1964年)の中で述べた企業診断の考え方の一つ。
<参考文献>
「イノベーションと企業家精神」(1985年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。



前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト