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【連載:世界一の品質を取り戻す44】

検証・日本の品質力
抜本的構造改革が急務の“造船ニッポン”
−「造船2014年問題」を克服するための新戦略を探る−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

かつて“造船ニッポン”として世界の海を制覇していた日本造船業の栄光が急速に失われようとしている。その象徴が2年後には造る船がなくなってしまうという「2014年問題」だ。
日本の造船業を窮地に追い込んだのが韓国と中国。日本の造船業界はかつて世界一の建造量(2008年の世界シェア約30%)を誇ってきた。しかしリーマンショックの前後から様相が一変した。ショック前は新興国からの発注が急増し実需が供給量を上回る状況が続いた。こうしたことを見越して韓国メーカーは大型ドックを相次いで開設、新興国の需要を取り込み、シェアを日本企業から奪っていった。
サムスン、LGなど韓国家電メーカーが逆バリ経営で日本メーカーが出来ない戦略を駆使し、新興国のシェア(ボリュームゾーンをターゲットとした)を拡大して行ったのと全く同じ構図である。
ショック後の09年からは低船価狙いの発注が再開され、予想を超える発注量となった。現在に至るまで激しいコスト競争が続いており、ウォン安が続く韓国、安い労働力を供給し続ける中国メーカーの独壇場が続いている。また中韓メーカーは短納期対応にも注力しており、新興国の大量に早く船が欲しいというニーズに対応している。つまり商品力を構成する3要素(品質、コスト、納期)において日本メーカーは品質でいくら勝っていると宣伝しても、他の需要で劣っていては勝負にならない状況が続くことになる。造船業は受注産業であり、数年先まで受注を確保し、空ドックをなるべく少なくし、効率化しなければならないという宿命を負っている。先行き受注がゼロとなる「造船2014年問題」は日本造船業の深刻な事態をあらわしたものである。
海に囲まれた日本は有史以来、船に対する思い入れは強い。明治以降の日本は富国強兵策の中で造船業に力を入れ、軍事・海運業とも世界の制海権を奪うほど、その覇を競ってきた。戦後においてもゼロから造船業を立ち上げ、瞬く間に世界ナンバーワンの地位に到達した。その造船ニッポンが今最大の危機を迎えている。その造船業に危機突破(ブレイクスルー)の道はあるのか。これから取り組もうをしている業界の戦略をあわせながら日本造船業の生き残る道筋を探ってみたい。

1.遅ればせながら始まった業界再編の取り組み

今年1月末、鉄鋼大手のJFEホールディングスと造船・重機大手のIHIはそれぞれ傘下の造船子会社を今年10月に合併することで基本合意に達したと発表した。すでに10年近く前から韓国・中国メーカーの台頭が著しく、日本メーカーは企業規模で劣り、生産効率でも競争力で勝てない時期がいずれ到来することが予想され、その弱点をカバーするにはまず業界再編を実現させることに注力しなければならないと指摘されていた。こうした声に押されて計画されたのがJFEとIHIの造船子会社同士の統合だった。経営統合の水面下で交渉が始まり、方針が固まり発表されたのが08年4月のこと。しかしリーマンショックがあり、また当時3、4年分の受注残があり、ショックの混乱もあったことから詰めの交渉が遅々として進まなかった。その間にも韓国、中国は時には1兆円を越える大型投資を断行し、新興国の海運需要を先取りする戦略で日本のシェアを奪って行ったのは前述の通りである。延期されていた合併交渉を急速に進めなければならない状況に陥ったのは、この中韓メーカーの規模拡大と欧州経済危機による影響で経営環境が悪化し“待ったなし”の危機に。国際競争力を回復するためには早期合意が不可欠と判断、4年越しの合意形成なされたもの。このあたりにも近年の日本経営の時代対応のまずさが出ている。意思決定、合意形成のスピードの欠如である。
合併するのはJFEの造船子会社で国内第2位(建造量=総トンベース)の「ユニバーサル造船」と、IHIの造船子会社で国内第7位の「アイ・エイチ・アイ マリンユナイテッド」(IHIMU)。両社の造船業実績(2010年)は合計約370万総トンと国内では今治造船(約455万総トン)に次ぐ第2位となる。新会社はユニバーサル造船を存続会社とし、会長にはIHIMUの蔵原成実社長が、社長にはユニバーサル造船の三島慎二郎社長がそれぞれ就任する。今年10月に発足する新会社名は「ジャパン マリンユナイテッド」。
なおユニバーサル造船は02年10月、旧NKK(日本鋼管=現JFE)と日立造船の造船部内同士が経営統合したもので日本の造船業界の大型再編は約10年ぶりのこととなる。
世界の造船大手の建造量(2010年実績)は(1)CSSC(中国)=781万総トン、(2)大宇造船(韓国)=681万総トン、(3)現代重工(韓国)=653万総トン、(4)今治造船(日本)=454万総トン、(5)三星造船=446万総トン、(6)CSIC(中国)=375万総トン、(7)現代三湖(韓国)=290万総トン、(8)ソンドン造船海洋(韓国)=260万総トン、(9)ユニバーサル造船(日本)=246万総トンの順となっている。IHIMUは123万総トンで世界第17位。ユニバーサル造船との合併で建造量369万総トンとなり、世界第7位に位置づけられることになる。
現在の世界の造船業を概観すると中国が38%とシェアを伸ばしており、韓国が33%で、日本は20%程度に急落している。日韓の船価の差はウォン安だけで25%の格差が付いており、完全に水をあけられた格好である。そして世界の船舶市場は2015〜6年頃まで供給が需要を大きく上回る状況が続くものと予想されている。
ではJFEとIHIの新会社はどういった戦略で生き残りを図るのか。まず両社が保有する生産拠点の重複する部分を船の種類を造船所毎に一元化し、効率化を図る。また両社が得意とする「省エネ船舶(エコシップ)」の開発を強化し技術力の向上でコスト高を補う方針。「合併により新分野を開拓する技術者の数が一気に増大する効果は大きい。」と期待を寄せる。つまりコスト競争に巻き込まれることなく技術力を前面に出し、賢いユーザー(海運会社)を対象としたセグメント戦略を展開する考え。

2.造船の雄・三菱重工の新戦略

日本造船業の代名詞といえば三菱重工業だが、業界再編に対しては現状孤高を保っている。だが、同社の造船部門だけを見ると、世界市場全体でコスト競争の波に飲み込まれ、シェア(造船量ベース)17位に甘んじている。
同社の船舶・海洋部門の売り上げは前年度・今年度を比較すればほぼ横ばい(部門別シェアは約10%)だが、今後の見通しを見ると漸減傾向が著しい。営業利益はコスト競争の激化、円高の長期化もあって極めて厳しい状況が続く。こうした環境を打破するために同社は相次いで構造改革を断行しようとしている。その狙いが「小回りの効く生産拠点の集約化」である。つまり造る船種別に機能を集約することでムリ・ムダ・ムラを省き、ヒト・モノ・カネ・技術・情報のリソース(経営資源)を効率的に集中しやすくすることで技術力のさらなる向上を図り、コストダウン・短納期化を同時に実現しようというわけである。
同社の造船所は長崎、下関、神戸、横浜の4ヶ所あるが、今年3月9日、神戸造船所は最後の進水式を行い、閉鎖した。神戸造船所は従来自動車運搬船や探査、研究にケーブル敷設船など特殊船舶を造っていたが、下関造船所に移管する。また横浜造船所は修理・改造・エンジニアリング業務に特化する。
昨年伊のクルーズ船が座礁・転覆し事件になった。にもかかわらず豪華クルーズのニーズは高い。同社は長崎造船所香焼に13万総トン級ドックを2基用意し大型客船の受注に注力している。大型客船を造れるのは日独伊の3カ国のみ。同社は昨年末、世界最大のクルーズ運行会社「カーニバル・コーポレーション&PLC」から受注した2隻は同社が建造する客船としては過去最大(受注額は非公表だが計1000億円程度と推定)。納期は2015年3月の予定。
同社はまた地球深部探査船「ちきゅう」、海洋資源調査船「白嶺」、有人深海潜水調査船「しんかい6500」など特殊船開発に強みを発揮しているが、この分野は韓国、中国は参入できずにいる。同社は一昨年、ノルウェーの資源探査大手のPGS社から最新鋭資源探査船を受注した。これを弾みに今後は海洋資源探査ニーズは高まることから同社はこの分野の世界戦略を強化する方針。
今後話題になるであろう「エコシップ」開発にも注力する(同社の取組事例は後述)。コスト競争が著しいタンカー(オイル・LNG・LPGなど)、貨物・コンテナ船分野では高付加価値化で対抗する。つまりイニシャルコスト(船価)ではなく、高性能・機能・品質の低燃費、長期耐久性、メンテナンスのしやすさなどライフサイクルコスト面のトータルコスト安で差別化を図る。
生産拠点の海外進出では川崎重工の中国でのドック建設程度(三菱重工はベトナム進出したが後撤退)しか事例がないが、成長著しい新興国インドにはまだ海運・造船業が育っていない。その立ち上げの強力申請が同社に寄せられていることから、人、技術の両面で応ずる方針。また中国シノパシフィック社から技術売却の要請があり、ブラックボックス化した図面の販売で要求に応えている。
同社は幅広い技術、高い技術を保有・実績があり、“技術のデパート”と呼ばれている。この技術を駆使し船舶海洋事業部門に、進化・組み合わせて転用することで世界のあらゆるニーズに対応する方針。近頃船舶エンジニアリング機能強化の具体策を公表している。これを基本として今後、船舶エンジニアリングビジネスをワールドワイドに展開していく方針。また業界再編を見越して中堅造船会社との連携を強化し、WIN-WINの関係を築きつつある。

3.本格的「エコシップ」時代を控えた技術動向

地球温暖化対策は全世界の喫緊の課題となっている。海運業界にもその規制の輪がかぶせられようとしている。現在全世界の外航船の全CO2排出量は年間約8.7億トンで独1国の排出量に相当する。国際海事機関(IMO)は2025年から3%排出削減を義務付ける新規制を導入する方針を固めた。環境規制では欧州と北米では特別に厳しい。
この環境配慮型船舶(エコシップ)の開発で世界をリードしているのが日本。川崎汽船は2015年就航を目指す自動車運搬船に世界で初めてエンジンエネルギーにLNG(液状天然ガス)を用い外航船とする。舶用エンジンは通常重油を使用する。同船は全長143メートル、車を2000台積載出来るものだが、船首を丸くすることで空気抵抗を少なくし、燃費効率を良くし甲板部にはソーラーパネルを敷き詰め船内の電気はこれで賄う。これらの工夫によってCO2の排出量は重油に比較して40%削減、大気汚染物質の窒素酸化物は80〜90%、硫黄酸化物の排出はゼロで厳しい排ガス規制を充分クリアする。LNGタンクは船底に2個置く。
世界の海運会社、造船会社はエコシップの開発に乗り出した。欧州連合(EU)は大型船のLNG燃料エンジンの開発支援に乗り出しており、韓国の造船会社もガス公団を共同研究でLNG船の研究開発を急ピッチで進めている。
だが、LNG船には大きな課題も存在する。国土交通省によるとエンジンタンクに関する国際的な安全基準が充分に整備されておらず、燃料補給の方法も確立されていない。「日本の造船業界に有利な安全基準が国際基準に採用されれば世界に先んじるチャンスにもなる。」(国交省幹部)とし、来年にもIMOに安全基準を提出、日本がこの分野で世界をリードすることを目論んでいる。
ほかにも実用段階から開発途上のものまで種種のエコシップへの取組みがなされている。他の業界同様、オイルショック以降、省エネ型船舶への挑戦は古くから世界をリードしてきた。目新しいエコシップの開発事例を紹介すると…。船首を球体にして風の抵抗を最大50%減らした自動車運搬船を実用化したのが旭洋造船(山口県)。2年前から日産自動車がバルト海を中心に運行している。同船は2010年「シップ・オブ・ザ・イヤー」賞を受賞している。
三菱重工は船底に人工的に大量の泡を作って摩擦を抑制したり、回収した排熱を蒸気にしたりしてタービンを回すことによってCO2排出量を35%削減した新型コンテナ船を実現している。
商船三井は今年6月、停泊中にCO2を排出しない自動車運搬船を完成、就航させる予定。これは三菱重工、パナソニックなどと共同開発するもので、太陽光発電システムとリチウムイオン電池を組み合わせ航行中に発電した電気を電池に蓄えられるため停泊中にディーゼルエンジンを稼動させる必要がない。
日本郵船は2030年完成を目標に風力を利用する帆や太陽光パネルを使ってCO2排出量を2010年比で約70%削減する「NYKスーパーエコシップ2030」構想を打ち出している。
低燃費型船底塗料の開発でエコシップを支援するのが日本ペイントと、その子会社・日本ペイントマリン。両社はフェリーなど約180隻にすでに採用されている低燃費型船底塗料「LF-Sea」の燃費をさらに改善した塗料の開発を推進中。LF-Seaは従来品より4%燃費改善を実現しているが、来年3月を目途に燃費改善率を10%高めた新型塗料を市場投入する。国交省の支援事業で商船三井と協力し、就航している船舶で効果を解析中。国際海運船舶のCO2排出量は世界の全CO2排出量の3%(8.7億トン=前述)に相当する。新塗料が開発・普及すればCO2排出量も従来型より10%削減できることになる。
IHIMUは今年初め従来型より燃費を15%以上改善したエコシップ型貨物船(載荷重量9万7000トン)3隻を第一中央汽船から受注した。石炭運搬船として使用される。引渡しは来年の予定。IHIMUは推進効率を高めた独自技術を盛り込んだプロペラを採用し、燃費を改善を実現している。IHIMUがエコシップを受注したのは初めて。
日本造船業の建造量(総トンベース)は02年に韓国に抜かれ、09年には中国にも抜かれ(10年に中国がトップに)3位に転落している。そして「2014年問題」と造船ニッポンの苦境は続いている。エコシップ構想は高騰する燃費の削減にも寄与することから、各社の浮沈をかけた開発競争がますます加熱している。エコシップ競争で世界をリードし安全その他の基準で日本の技術が国際基準を獲得することが造船ニッポンの再建に直結する。

4.オールジャパンで造船ニッポンを支援

日本の造船業は2001年まで高い技術とともに世界一の建造量を誇り、世界の海をリードしてきた。しかし中国、韓国勢が低価格競争を進め円高など不利な条件も加わったため昨年の輸出契約は前年比20%減の869万総トンと5年前の3分の1に落ち込み急速に競争力を失ってしまった。こうした船舶輸出の不振を打開するため、オールジャパンで金融面で支援する共同出資会社「日本船舶投資促進」を設立した。三菱重工、IHIMUなど造船大手約20社がコンソーシアムを組んで出資し、それに国内メガバンク、日本政策投資銀行、総合商社などが追加出資する(資本金8000万円でスタート)。アジア新興国の海運会社などに日本の船を購入した場合に利用できる特別融資制度を紹介し、国内造船業界を金融面から支援するのが目的。新会社は頭金なし、低金利の長期融資制度を用意する。実際の融資は制度の枠組みを使って、融資総額の20%程度必要とされる頭金を国内造船業界が肩代わりし、残りの80%は金融機関が低利融資する。つまり資金面で日本製の船の購入をためらう海外の海運会社に対し、国内造船各社が受注獲得の「切り札」を活用してもらうためだ。当面3年間の期間限定とする方針。
かつて世界に冠する造船大国ニッポンは国の後押しで急成長を続ける中国・韓国勢に圧倒され、今は見る影もない。中国・韓国の大型投資に比べ日本は企業規模で劣り、生産効率が悪い。この弱点をカバーするのが中小造船業が林立する造船業界の現況を打破する統廃合だ。JFEとIHIの統合は4年越しで成立したが、中小造船の統廃合は国の施策として急ぐ必要がある。「日本が島国である以上造船需要はなくならないが、競争力強化には中小規模造船所の統廃合が急務である」は業界全体の声。ヒト、モノ、カネ、技術、情報を集中化させ、中国・韓国の弱点を攻める戦略に早急に転換すべきだ。


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