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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (20)】

顧客創造のマーケティング戦略(1)
〜事業戦略の基本を考える〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
一般に顧客創造の意味は、文字通り顧客数の増大である。そのために強力な営業を望み、効果的な広告宣伝、時期をとらえた販売促進策を必要とする。考えてみるに、この考え方は、製品やサービスを気前よく買ってくれる顧客が、自然に増加していく市場において有効である。国内市場の縮小傾向が続く中、多くの企業は発展途上国の消費力の増大を頼みにしているが、永遠に増大するのかは疑問である。顧客創造を成功させるためには、どうしたら良いのかをドラッカーに学んでみたい。

■事業の目的は、企業の外にある

最初に顧客創造についてのドラッカーの言葉を確認すると「企業の目的は、それぞれの企業の外にある。企業は社会の機関であり、その目的は社会にある。」(注1)とある。折りしも大手光学機器メーカーの長期的な巨額損失隠しと不正経理疑惑で旧経営陣を含めて関係者が逮捕されるという(日本経済新聞朝刊、2012.2.17付)不祥事があった。これは、違法までして企業をなんとか存続させようという、経営陣や関係者の思惑があったことの表れだといえよう。つまり事業や経営の目的を社会にではなく、自分の組織を存続させようという内部に目的を定めた結果であることは疑いの余地がない。まずこのような姿勢は、ドラッカーの説くマネジメントとは相容れない。

■事業の目的は顧客創造である

続けて「企業の目的の定義は一つしかない。それは顧客の創造である。」(注2)とドラッカーは言う。顧客を創造するということの意味は、顧客数を増大することだと思いがちだが、「顧客の潜在欲求を有効需要に変えること」(注3)だとドラッカーは言う。
例えば、アップル社に2つの例をみる。最初に、携帯電話をコンピュータ端末にまで変革(イノベーション)した製品であるアイフォーンがある。会話はもちろんのこと、音楽をダウンロードできカメラ機能があるだけではなく、アプリというソフトウェアを使うビジネスパーソンを支援する製品機能などを充実させた。次に開発したアイパッドは、高齢者にも使いやすい大型画面にタッチするだけで、インターネットや電子書籍も閲覧できる。 画面の大きさだけを見ても、携帯電話サイズから手のひらサイズ、そしてB5版程度の大きさの新製品を開発した。その結果、潜在利用者(高齢者、スマートフォンに関心が無かった人)のニーズが顕在化し新しい経済が生まれ顧客創造を実現したといえよう。

■4つの顧客創造戦略

それでは、顧客の潜在欲求を有効需要に変えるためには企業は何をしなければならないのか。これを考えることが事業戦略であり、マーケティングの仕事でもある。一般にマーケティングには、市場調査を行い新製品のニーズを収集する、また製品を売るための企画を行う、価格を設定したり、流通チャネルを検討したり、効果的な広告宣伝や時期をとらえた販売促進策を実施することなどが含まれる。これに対して、「顧客にとっての効用、顧客にとっての価格、顧客にとっての事情、顧客にとっての価値からスタートすることは、マーケティングの全てである。」(注4)とドラッカーは述べている。ドラッカーが考えていたマーケティングは、事業戦略と表裏一体のものであった。すなわち、顧客創造をするためには、マーケティングの視点、すなわち顧客から出発して事業戦略を立案することを説いたのである。具体的には、4つの顧客創造戦略について述べた。下記図を見て欲しい。それは、効用戦略、価格戦略、事情戦略、価値戦略の4つである。

■効用戦略

「効用戦略では価格はほとんど関係ない。顧客が目的を達するうえで必要なサービスを提供する。顧客にとって『真のサービスは何か』『「真の効用は何か』を追求する。」(注5)とドラッカーは言う。これは一言でいうと、「手間がかからないなど便利さを提供する」戦略である。顧客にとって実用的かつ有益さにおいて、競合と比べて優位である状態をつくりだすことが、顧客創造を実現する事業戦略の一つである。
この事例としては、佐川急便が「玄関でカード払い」によって宅配便事業を拡大した戦略が挙げられる。当時、個人宅への配送の決済手段のうち代引きについては、現金決済が主流であった。それに対して、佐川急便は、2000年にe-コレクトサービスという情報システムを構築して、カード決済機能付きの専用の情報端末をドライバーに持たせた。テレビコマーシャルや新聞の広告もこの機能を強調するマーケティングを展開することによって、顧客数を増大させたのである。今は、競合他社も同様の情報端末と決済サービスを開発したために、玄関でカードによる代引き決済ができるということだけでは、競合に対する優位性を確保できない。
次に、花王の「クイックルワイパー」が挙げられる。これは、主婦にとって身体的な負荷が高い雑巾がけという家事を、手軽で身体的な負荷が少ない作業に変えた。1994年には、汚れを吸着したり塵を集めたりする部分を、取替えシートという消耗品として開発し発売した。さらに2009年、手持ち部分については、天井や壁の高い場所の掃除にも使えるように、長さを収縮調整できるロング持ち手を開発した。この間、手持ち部分と取替え部分の改良を重ねている。身体に無理な姿勢を強いる作業を大きく変革しただけでなく、これまで敬遠していた場所まで手軽に安全に掃除ができるという効用を提供することで、新たな市場を開拓した。もちろん、テレビコマーシャルと新聞や雑誌の広告によるマーケティングも顧客創造に貢献したのである。

■価格戦略

「支払いの方法を消費者のニーズと事情に合わせればよい。消費者が実際に買うものに合わせるだけのことである。供給者にとってのコストではなく、顧客にとっての価値に対して価格を設定すればよい。」とドラッカーは言う。(注6)これを解りやすく言えば、「これで充分だという品質を安く提供する」ということである。つまり一般的には高いものを安く売る、支払いの方法を消費者のニーズと事情に合わせて価格で勝負するという戦略のことである。
この事例としては、理容店で散髪すればその代金には髭剃りも含まれている。髭を剃る目的に限定すれば、何千円も支払う必要性はなくなる。単に髭をそるだけの価値には、顧客はいくら払うのであろうか。1890年代から1900年始めにこのことに着目したのが、キング・キャンプ・ジレット(1855-1932)である。ジレットという会社は、「髭剃りに対して対価を払うから、使い捨て髭剃りが売れる。」として、安価な使い捨て髭剃りを開発したところ、良く売れたという。これが、今では当たり前のようにスーパーの店頭に陳列されている使い捨て髭剃りの草分けである。市場は確立され、持ち手の部分の改良、電動式髭剃器(シェーバー)として発展しているものの、商品と価格設定では、100年も続いている顧客創造の戦略である。ドラッカーは続けてゼロックスの例も挙げている。コピーをするのにコピー機を買う顧客はいない。何枚かのコピーそのものに対して対価を払う。外出中にコピーしたくなったときには、コンビニでコピーをする場合がある。これは、コピー機を買っている行為ではなく、単にコピーの機能とその結果であるコピーされた紙を購入していることになる。あくまでも提供者にとっての価格ではなく、顧客が買う価格を設定しそのための商品やサービスを開発し顧客に提供することで、顧客創造を実現している事例である。

■MOTリーダーの役割

顧客創造は事業存続の条件である。自社の都合ではなく、企業の存在目的は組織の内部ではなく、外部にあることを忘れてはならない。と、同時に、自部署の成果も同様に仕事をやりとりする他部署にある。仕事はその結果を受け取る人の評価によって、成果にもなれば単なる結果であるかが決定する。MOTリーダーは何をすべきか、顧客創造の視点から考え直すことが求められている。
<注の説明>
(注1)(1)p73.
(注2)(1)p73.
(注3)(1)p73.
(注4)(2)p307.
(注5)(2)p298.
(注6)(2)p301.
<参考文献>
(1)「マネジメント」(1973年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)「「イノベーションと企業家精神」」(1985年)同上。


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