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【連載:世界一の品質を取り戻す42】

検証・日本の品質力
モノづくり大国ニッポンの危機は本当か
−要因・構造分析から見えてくる次の処方箋−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

今、日本のモノづくりの危機が叫ばれている。その根拠となっているのが2011年の貿易収支(モノの輸出入による国全体の収支を示す)の31年ぶりの赤字だ。リーマンショックの痛手から抜けきらないところに襲った東日本大震災(東電福島第一原発による余波を含む)、タイの洪水被害、欧州の信用不安、アラブの混乱、それに超円高の長期化が加わり、輸出に悪影響を与える出来事が立て続けに起こってしまったことが輸出大不振の要因。一方の輸入は原発の停止で、火力発電に代替しなければならず、天然ガス、石油の需要(しかも世界の奪い合いから価格の高止まり)が急増した。財務省はもう一つの貿易統計を発表している。それが「貿易収支」から輸送に要した運賃と保険料を引いたものが「国際収支」。昨年の国際収支は48年ぶりの1兆6000億円余の赤字となっている。では昨年の輸出不振は連続して襲来した数々の厄災から来た一過性のものなのか、日本の産業・社会が抱えている構造的なものなのが、今年1年の対策および経過を見なければならないが、昨年1年の実績から見えてきた日本の弱点を分析し、その研究を深める事で次の一手が見えてくる。

1.日本のモノづくり企業の決算総崩れ

2012年3月期の製造業の決算予想が出揃った。日本を代表する家電企業であるパナソニック、ソニー、シャープ3社が発表した業績予想を見ると、税引き赤字の合計が1兆2900億円に達するという。リーマンショック後の09年3月期(合計6036億円の赤字)の2倍の規模に達する。テレビ事業は3社の主力事業の一つだがソニーのテレビ事業の営業赤字は約2300億円と、ソニー全体の税引き後赤字幅を上回る見込み。「敗戦処理」も傷口を広げている。ソニーは韓国サムソン電子との合併解消に伴う損失を計上、パナソニックとシャープは、巨費を投じたテレビ用パネル工場をスマートフォンなど向けに転換する。その費用はパナソニックが2000億円、シャープが800億円に達するという。
災害の影響も色濃い。タイ洪水被害では、ソニーが約700億円、パナソニックは約600億円、シャープは約30億円が営業減益要因となっている。加えてパナソニックは経営統合した三洋電機の「のれん代」を損失処理し、赤字幅を拡大させている(三洋電機の白物家電部門は中国ハイアールに売却している)。国内においては、サラリーマンの可処分所得が減少しているのに加えて、震災の打撃、各社の地上はデジタル化後の需要減が予想されていたにも拘らず有効な手立てが打てなかったのが要因と言えるのではないだろうか。
そのほか、業績悪化(税引き後利益赤字)を予想した製造業はNEC(欧州危機と携帯電話事業の不振)約1000億円の赤、任天堂(ゲーム機「ニンテンドー3DS」の値下げで採算悪化)約650億円の赤、住友金属工業(グループ会社の巨額赤字の影響)約550億円の赤と軒並み有力企業が赤字転落を余儀なくされている。
一方、最近20年の輸出を牽引してきた自動車業界の2011年4〜12月の連結決算が2月上旬出揃った。それを見ると東日本大震災やタイ洪水による生産・販売への打撃から日産自動車を除く7社が減収となっている。内訳はトヨタ自動車12兆8811億円(前年同期比10.2%減)、日産自動車6兆6984億円(同4.3%増)、ホンダ5兆5430億円(同1.4%減)、ダイハツ工業1兆1160億円(同4.1%減)、富士重工業1兆294億円(同12.4%減)となっている。営業収益を見るとマツダが約542億円の赤字に転落(税引き後で1128億円の赤字)するなど、三菱自動車を除く7社が前年同期に比べ減少または赤字となっている。
しかし、これら業績不振企業を概観すると、すべてBtoC(不特定多数を対象としたビジネス)企業である事が分かる。家電を扱っている企業でも重電、モーター、設備機器などBtoB(特定企業対象ビジネス)をバランスよく織り込んでいる日立、東芝、三菱電機などは健闘している事実がある。また産業界全体で輸出依存型企業でも産業機械・装置、部品専業のBtoB企業は同じ厄災を蒙りながらも痛手は少なくてすんでいる。圧倒的シェアを持つ新素材メーカーも同様である。では何故、花形だった家電産業、自動車産業が昨年沈んでしまったのか、その要因を分析してみたい。
まず第一にこれら企業は全てセットメーカーである事。幅広い裾野を持ち、それらから集めた部品を集合させて商品を組み立てるという特徴を持つ。日本のメーカーは傘下に自前のグループを形成し、そこからの調達に限り門戸を閉ざしてきた。自前グループによる緊密な関係(WIN・WIN)はQ(品質)、C(価格)、D(納期)、S(安全・サービス)のすべてにバランスのとれた商品づくりには有効に作用するが、スピード感に遅れを取るという欠点がある。つまり平時には強みを発揮するが急激な変化には対応遅れをきたす(異常時)デメリットがある。
バブル経済崩壊後の停滞期、21世紀の経営はスピード(即応性経営)、フレキシブル(柔軟性経営)、グローバル(世界的視野経営)の3つがキーワードだと言われた。しかし日本企業は掛け声倒れでその対応に遅れた。韓国サムスンやLG、車の現代(ヒュンダイ)自動車(売り上げ利益率14%はポルシェを抜いて世界最高水準)などは日本の弱点を衝いた施策を次々と打つ事で躍進が著しく、日本のシェアを奪っている(災害がないことやウォン安などの甲斐もあって)。サムスンは世界のボリュームゾーン(新興国を中心に25億人が存在)にターゲットを絞り、調達も世界的視野でフレキシブル大量購入でコストダウンを実現している。
日産がこの大変化時に安定した収益を確保しているのは「ゴーン革命」(カルロス・ゴーンCEO就任時からの経営改革)の成果。従来の硬直化した部品調達システムを解消し、自由に目的別最適調達を可能にしたからである。
2番目が日本企業が不得意とするブランドづくり。「良い商品をつくり続ければ信頼して消費者は付いてくる」は正論ではあるが、広告・宣伝・PR・デモンストレーション・キャンペーン、消費者とのコミュニケーションなどは、ブランドづくり、差別化の有力手段である。韓国サムスンはこれらを大々的に世界レベルで展開している。デザイン強化も有力なコミュニケーションツールである。サムスンはこの点でも相当力を入れている。
3番目に同業に多くの企業が存在し過ぎることも硬直化を招いている。家電業界に8社もひしめいている例は世界にない。国内の同業他社の動向に目を奪われ、その競争に打ち勝つ事が最優先となりグローバル展開は後手に回る(それがガラパゴス化となっている)。自動車業界も同様だ。独も同様の状況にあるが、ポルシェ(超高級・マニア向け)、ベンツ及びBMW(高級)、アウディ(中級)、フォルクスワーゲン(大衆)とクラス別に棲み分けている。
日本もかつてソニーがニューカテゴリー製品開発、松下(現パナソニック)がそれを大衆化したように(車業界ではソニーの役割をホンダが、松下の役割をトヨタ、日産が果たした)、役割を分担して業界発展を進めてきた。こうした産業構造を集約化しなおすのも今後の進むべき道かもしれない。

2.日本のモノづくりの特徴と産業構造

日本のモノづくり(製造業)の特質を、伊藤洋一氏(住信基礎研究所主席研究員)は次のように評価・分析している。

  1. 抱えている産業の幅が広く、また奥行きも深い。それは多様な産業群を擁するということであり、しかもその群の中には必ず世界的企業(ナンバーワン・オンリーワン企業)が入っている。逆に言えば、日本で失われた企業は少ないといえる。円高で打撃を受けても何らかの形で生き延びて再生の努力をする。
  2. 持っている技術力が高く、また幅も広い。素材からバイオ、ナノテクまで日本は最先進国、最先進企業との比較の議論(彼我の差)をするが、比較相手の国はその産業分野では強くとも、その他の分野の産業を保有していないケースが多い。これだけ幅広い技術・産業を抱えている国は少ない。だとしたら、ここの分野で最強・最先端の国・企業と比べて多少劣っていても、総合力では日本が上となる。日本の産業基盤はIMDの調査でも常に上位にランクされる日本の技術力がある。
  3. しかもその技術力を使って最終製品を消費者の厳しい目に晒して、合格できる水準まで引き上げ、仕上げる事ができる。日本製品が持つ「最終仕上げ」の見事さは未だ世界に追随する国がない。目の肥えた口のうるさい国内消費者(成熟したコンシューマー)に育てられてきたといってよい。
  4. 産業基盤を支えた一つの要素は高い教育水準である。特に基礎教育のレベルの高さが国民の知的レベルの向上に貢献した。島国で海外に対する知的好奇心が高かったのも幸いした。
  5. 「宗教の縛り」が少なく、多様化を是認する価値観と文化を育んだ上に、「官」を尊びながらも、それをいつも斜めに見る余裕と批判精神を持ち、江戸時代からバランス感覚を持ちながら、民間経済を独自に運営してきた。その中で技術から製品、販売方法に至るまで国内で競い合ってきた。
筆者はこれに資源の少なさを挙げたい。江戸時代には世界最高レベルのリサイクル社会を実現、少ない資源を極力有効活用する技術、社会システムを構築してきた。それがオイルショックをバネに軽薄短小技術を世に送り出し、世界市場を席巻したのはそれほど昔の事ではない。ピンチをチャンスに変える。日本はそのポテンシャルを今も持ち続けていると信じたい。
日本の産業構造の特徴はローテクからハイテクまで幅広く、重層的に世界のニーズに対応してきた事である。ローテクであっても匠の技まで高め、新たな用途に活用、転機に対応してきた。しかし、少子高齢化の進展は匠の技の持つベテランの大量退職によって、日本のオールラウンドプレイヤーとしての存在が脅かされようとしている。では今後も百貨店として世界の消費社会をリードしていくのか、かつての米国のように選択と集中によって収益性の高いもの(航空・宇宙・医薬・IT・金融など)にシフトしていくのか、大きな岐路に立たされている。私見だが、幅広く重層的な奥深い“技術のオールラウンドプレイヤー”構造は今後も残すべきと考える。つまり、それが世界の賢い消費者(成熟したコンシューマー)の期待に応える事でもあり、世界の技術消費社会をリードする事にもつながる。確かに早く高い収益が望めるものでないかもしれないが、また、試作品国家といわれるかもしれないが、日本の知的環境、生真面目さという心情に合致しているといえる。

3.学ぶ点が多い、技術大国の先輩ドイツのBtoBビジネス

31年ぶりの貿易赤字転落を受けて「日本のモノづくりはもはや世界に通用しなくなった」とするマスコミ論評が多くなった。しかし前述したようにその要因はBtoC製品が世界市場で苦戦した結果に他ならない。これは歴史の必然でもある。世界の技術の平準化が進めば組立型製品は世界から安く部品を購入し、安い労働力で生産し、安い為替を活用して安価な製品を作り、ボリュームゾーンにターゲットを合わせれば売れる事は間違いない。日本はBtoC商品であっても世界最先端の製品作り(ハイエンド製品を世界の成熟した消費者向けに)の不断の努力を続けなければならないが、まだ日本が独壇場の分野が数多く残っている。それが高機能部品であり、新素材・ナノテク・製造設備などBtoB製品群である。
そこでGDPで日本の約半分という独の産業構造は参考にならないという意見もあるが、独のBtoBビジネスの努力のあとは大いに参考になると思うので記してみたい。
古都アウグスブルク市にベーヴェ・システック社という企業がある。同社はメーリングシステム機器(文書を自動的に封筒に入れ封緘する)の世界トップメーカー(シェア47%)である。同社の最高速システム「ターボ・プレミアム」は1時間に2万2000通を封入できるシステムで世界シェア90%近くを占める近年はwebで請求書を送ってくる企業は多くなっているが、まだ世界には「請求書は印刷・封印された文書で受け取りたい」というニーズも多い。よって着実に売り上げを伸ばしている。
日本で同社のシステムに注目したのがNTTグループ。1995年当時、約6000万枚(月間)の請求書を利用者に送っていた。約3年の共同研究の結果、NTTのニーズに応じた「ターボ」を開発、稼動させた結果、作業効率が大幅に向上し、自動封入機を従来の150台から45台に減らし、文書センターも15ヶ所から5ヶ所に減らす事ができたという。しかも、誤封入率はほぼ0%と使用側の評価も高い。
紙数の関係で多く記す事はできないが、独には顧客先のニーズに合わせた機械、装置を作り続けている企業が数多く存在する。しかし、こうした企業はビッグビジネスではなく、中堅企業以下の規模だ。独の技術者は日本の技術者とメンタリティーで似ているところがあるという。両国の技術者とも完璧主義者が多い。決してあきらめない品質・機能・性能の追求で手を抜かない。細部の仕上がりにも妥協を許さない。こうした技術者の真摯な態度は次のリピート注文にもつながっていくと同社の技術者は言う。それが顧客企業にとってはオンリーワン企業になり、自国に工場を置くことを可能にし、海外移転しなくともよくなる。長期間の安定顧客化は、ひいては雇用の安定、ビジネスの安定化にもつながる。
日本にもこうしたBtoBビジネスで顧客を大事にする老舗企業は数多く存在する。しかしこれまではこうした企業は国内にしか目を向けてこなかった。今後は自社の技術を必要としている企業を世界に目を向けて探すべきである。そのためのBtoBコミュニケーションの展開法を独自に研究すべきである。


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