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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (19)】

21世紀に生き残る企業の条件
〜新しい「読み」「書き」「そろばん」が仕事の品質と生産性を上げる〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
高齢者がなかなか仕事の現場から手を引かない。これには、いくつかの理由がある。一つは、高齢化社会に対応した企業側の施策である。雇用延長や年金支給年齢が上がったことへの対応だけでなく、技術や製造の現場で働く高齢の熟練技術者を、後継者が育たない状況では辞めさせられないという事情もある。現場の仕事の性質によっては、後継者を育成するのに5年〜10年もかかる場合がある。これらの一部の高い熟練度を要求する仕事を除けば、現場の仕事は標準化と定型化の対象である。

■21世紀の企業が生き残る条件

グローバル化の議論は、TPP(環太平洋経済連携協定)だけではない。世界で活躍できる人材育成については、多くの企業で課題となっている。英語をはじめ他国の言語が話せること、異なる文化や価値観をもつ人達とコミュニケーションをとり一緒に仕事をする能力の必要性を説く学識経験者は多い。しかし、それだけで組織として、グローバル化したことにはならない。日本流の仕事の仕方、経営の仕方をそのままにして、他国語を話し、他国の人と一緒に仕事をしても、職場の生産性が上がり品質を維持するなどの経営成果をあげることにはならないのである。
そこには、マネジメントが不可欠である。ドラッカーは、「明日を支配するもの」(1999年)の中で、これからの企業は「世界最高水準の域に達することができなければ、いかにコストを削減し、いかに補助金を得ようとも、やがては窒息する」と述べている。ここでいう、世界最高水準の域に達するとは、卓越した業務プロセスのことを指しているのである。一例としては、インターネットによる書籍通販サイトのアマゾンがある。この会社の扱うものは、書籍だけではないことは誰でも知っている。家具や玩具まで売っている。注文を受けてから顧客に納品するまでのほとんどの仕事を、ITにやらせることによって高い収益性を実現している。まさに卓越した業務プロセスを確立することによって、世界的な事業運営を維持している典型的な事例である。

■「日常の仕事でさえ、人手で何とかしようという常識」を破る

仕事の難易度によらず、その仕事を熟知しているだけでは、仕事をより良く行うことには限界がある。人間は誰でも年を重ねるに従って、かつてのような結果を出せなくなるときが必ず訪れる。その時になって、誰かに引き継ごうとしても、遅いという事態になりかねない。また人さえ多く投入すれば、すぐに出来るという考え方の落とし穴は随所にある。ITのソフトウェアがそうだ。納期がぎりぎりになってから、大量に人手を増やした場合、テスト時点で単体のプログラム同士がつながらないことや、連携して働くべき機能が仕様どうりに動かないということが起こり易くなる。このことは、人は仕事を機械のようにはできないことを示している。寿司職人のように握ったシャリの米粒の数がいつも同じであり、機械のように正確である熟練者でさえ、握れなくなる年齢が必ずくる。そもそも一人の寿司職人でできる事業規模は限定されている。組織の仕事のあり方を卓越性に照準を合わせる場合には、「人手で何とかしようという常識」は捨てなければなるまい。

■仕事の機械化と知識労働の変革

人手に限界があるのであれば、機械化ということになる。大量に物を運ぶ必要性から、馬車を使い、蒸気機関の発明から鉄道が発明された。産業革命である。それまで人手に頼っていた物流を大きく変革したという意味でもこのような発展は今日でも教訓として多くの示唆を与えてくれる。これまで人が行っていた仕事を機械に行わせる。前述したが、通信販売にインターネットを使い、ITを駆使して受注から出荷までを行う仕組みを確立したアマゾンから、私たちは多くを学ぶことができる。それは、インターネットを使った顧客の注文データが、社内の倉庫処理と事務処理へと連携する。従来の通販会社においては、肉体労働と知識労働の双方が同居していた現場である。業務の標準化と定型化を行った上でITを駆使した結果、省力化、省人化という業務の卓越性を実現したのである。
製造メーカーでは、仕様書の作成から図面、製造ラインの制御までの多くのプロセスが今やITを組み込んだ機械化によって、生産性と品質を向上させている。寿司職人の職人技でさえ、寿司ロボットのような機械化のアイデアに一部は置きかわっている。21世紀にはいって肉体労働も知識労働も再び、大きな変革の機会に直面している。

■生産性と情報

技術者の業務において“生産性”は、重要なキーワードである。ドラッカーは、仕事を生産的なものにするには、仕事の分析、プロセスへの統合、仕事の管理、仕事のツールの4つの要素が必要であるという。実際に仕事を実行する段階では、プロセスに着目して管理を行うことが重要であると説く。例えば、「管理は、仕事の成果からのフィードバックによって行わなければならない。仕事自身が管理のための情報を提供するようにしておく。仕事そのものを常時チェックしていかなければならないというのでは、管理できない」(注1)と述べているように、プロセスの成果とその情報を活用することによって、仕事の生産性を上げることが出来ると説いている。一般に、生産性は投入(インプット)に対する産出(アウトプット)で表すが、いくつもの顔を持っている。分母と分子にどのようなデータを使うかによって、この計算式の答えである生産性の情報は意味を変える。一例としては、時間を分母に、プロセスによる成果を分子にすれば、当該プロセスにおける時間当たりの成果物の生産性が算出される。さらに、人材、資金、物的資源、いわゆる経営資源全般について、生産性の目標を設定する必要性をいう。その理由としては、生産性は、企業間に差をもたらすマネジメントの質の違いを図る尺度であるとドラッカーは述べている。(注2)

■品質と情報

ドラッカーの有名な言葉に「事業の目的は顧客創造である」(注3)というものがある。そのためには、顧客が望む価値を満たすことが必要だと説く。これは品質マネジメントがいう基準を定めてその要求事項を満たすことに通じるものである。しかも、顧客は二種類以上いること、その全ての顧客の要求を満たすこと、仕事の受け手が仕事を評価することを述べている。顧客の要求は情報と見ることができる。それを満たすべきアウトプットを作り出すプロセスは、情報がなければ成り立たない仕事と見ることができる。品質基準で設定した情報が、設計仕様にインプットされる。設計仕様を作成する仕事においても、例えば過去の事例や新たな技術情報を必要とする。完成した設計仕様の情報は生産技術という仕事にインプットされる。要求元である仕事の受け手や顧客が、アウトプットを評価し要求を満たしたときに顧客は創造されていくのである。

■仕事の卓越性に不可欠な情報リテラシー;「読み」「書き」「そろばん」

高い生産性や品質は仕事の卓越性の代表格である。ドラッカーは、仕事の卓越性を実現するためには、「情報を使ってものごとをなしとげるという情報リテラシーの域に達しなければならない。」(注4)といっている。情報リテラシーは、IT時代の「読み」「書き」「そろばん」に相当する。実務ではITを使って業務改革することを指す。
特にITは知識労働の生産性を飛躍させる道具として代表的なものである。データに関する一連の処理(収集、記憶、検索、統計的処理など)という知識労働について、産業革命に匹敵する変革が起こっている。製造業を支えている人の熟練による仕事振りだけでは、グローバルな競争で勝てる分野は限られている。雇用を提供している製造現場をはじめ多くの職場が、グローバルな競争の激化の中で息絶えていくようなことがあってはならない。そのためには、業務の標準化と定型化を行った上でITを駆使し、省力化、省人化という業務の卓越性を実現する必要性がますます高まってきたといえよう。人材を新しい事業分野に投資していくことが合わせて求められていることは言うまでもない。下の図を見て欲しい。情報リテラシーは、顧客の創造を実現するために最も基本的な個人と組織の能力であるといえる。

■MOTリーダーの役割

職場業務の生産性と品質を向上させるために、ITを使って日々改善に務めることは、MOTリーダーの仕事である。その改善活動は、ITに仕事をさせる、知識労働をITによって効率を上げることなどが主なるテーマとなる。グローバル企業との競争は、卓越した業務プロセスをめぐっての競争であり、海外だけでなく国内にもある。日々の業務の中で会社と部門の期待に応えるMOTリーダーの役割は大きい。

<注の説明>
(注1)(1)p269.
(注2)(1)pp145-146.
(注3)(1)p73.
(注4)(2)p116.「情報リテラシー」については、テクノビジョン(2010.03)「MOTリーダーによる『情報リテラシー』教育〜情報マネジメントなくして『品質神話』の復活はない」に詳しい。
<参考文献>
(1)「マネジメント」(1973年)P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)「ネクストソサエティ」(2002年)同上。



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