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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (15)】

機能する組織の条件(3)
〜情報を基盤としなければ存続すら出来ない〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
ある電力会社で、原発をめぐる情報事故が起きた。原発の再稼動をめぐる住民との意見交換を、自社側に有利に進めるために“やらせメール”を組織的に配信したというものだ。
考えてみれば、3.11以降の原発事故の情報開示についても、電力会社だけでなく関係機関の“情報に対する責任感”を欠いた行動であることは明白である。組織が、“情報”の取扱いを誤るという情報事故を起こせば、その存続すら危ぶまれる。

■情報とは何か 〜森で木が倒れても音はしない?〜

ドラッカーは、「誰もいない森で木が倒れたとき、音はするか?」という禅問答のような問いを投げかける。(注1)この答えは、「音はしない」が正解なのだが、それは何故か。森に誰もいないということは、「木が倒れたときに発する音波」のみが存在し、「人が聞く音」とは違うからである。木が倒れる音波は、単にデータに過ぎない。人がこの音波を聞くと、「今の音は何だろう」と、その意味を探り始める。「なんだ、木が倒れたのか」と知るだけでは終わらない場合がある。「仕事で溜まったストレスを軽減させてくれた」とか、「大好きなある音楽を思い出した」、「また来週、ここに来てみようかな」など、様々な意味を持ち得る。「木が倒れたとときに発する音波」を複数人が聞いたとしても、その音の意味は、人によってそれぞれである。「データに意味と目的を付加したものが情報である」(注2)とドラッカーは云う。
毎週、品質管理報告を作成する場合を考えてみよう。先週のある製造工程の管理図を見たとき、品質管理の担当者と製造技術の担当者では、同じ不良の発生状況のデータを見ても、そこから見出す意味は違って当然である。それは品質管理と製造技術の担当者では、仕事が違うために別々の目的(品質の改善や製造装置の改善につなげるため、など)を実現するために、データの意味を読み取ろうとするからである。

■組織が必要とする情報

機能組織にしてもチーム組織にしても、何らかの働きが出来るのは、情報によってである。例えばその情報が、顧客から発信される引合情報である場合。その情報を最初に受けたのが営業部署だとしても、顧客からの引合情報は受注システムを通じて、生産管理部署やその他の関係部署に伝達される。組織の関係部署は連携して、顧客の引合目的を満たすように仕事を行う必要がある。こうして情報を発信した顧客を満足させることによって、組織は成果をあげることができるのである。このように組織の成果とは、関係する部署間の情報連携による働きによって、顧客満足を実現することだといっても過言ではない。
ドラッカーは組織に必要な情報として、以下を挙げている。(注3)第一に、コスト情報である。これには、製造や物流にかかる原価(研究開発、部材の調達、製造設備や物流機材の稼動と維持、部材や製品の倉庫保管、顧客への配送、品質保証など生産管理にかかる費用)や顧客の獲得からその維持に要する原価(マーケティング、宣伝広告、営業活動、カスタマーサポート、経営管理など)が代表的なものである。
第二に、富を生みだす情報として、財務会計などの経営状況を判断する情報(資金繰り、債権と債務、キャッシュフロー、自己資本など)、経営資源(人、もの、金)の生産性に関する情報(一人当たり売上高、在庫回転率、営業利益率など)、自社の独自性や優位性のある知識や仕事に関する情報(市場占有率、市場認知度、顧客満足度など)、投資案件の効果に関する情報(投資案件ごとの投資利益率など)、人の配置と仕事ぶりに関する情報(従業員満足度、欠勤率、病欠率、従業員一人当たり教育時間数など)を挙げている。
さらに、ドラッカーは、成果を挙げるには、以下の外部環境の情報の活用が重要であるとしている。例を挙げれば、非顧客(ノンカスタマー)、顧客、市場、競争相手、金融情勢、国際情勢などとしており、動きの激しい情報ばかりである。

■情報を基盤とする組織

このような情報を重要視してマネジメントする組織を、ドラッカーは情報基盤組織(information-Based Organization)と云っている。病院、大学、オーケストラなどで働く専門家を例に挙げ、「同僚や顧客との情報交換を中心に仕事の位置づけと方向付けを行う」組織であるとしている。(注4)さらに、「1人の指揮者のもとで100人の音楽家がともに演奏できるのは、全員が同じ楽譜を持っているからである。...病院の専門家たちも、ともに患者の治療という共通の任務についている。病院では、カルテが楽譜の役を果たし、レントゲン技師、栄養士、理学療法士たちにとるべき行動を教える。」(注5)と説明している。
またこの組織は、以下の特徴をもつという。(注6)第一に、情報基盤組織の組織構造は薄くなる。いわゆるフラットな組織である。一般に、経営者は現場の第一線で働く人の知識やもっているデータの助け無しには、的確に意思決定できない。従って、経営者の現場のデータや知識を迅速に正確に得たいとの欲求力が、知識や情報の視点から組織階層を薄くする効果があると考えられる。第二に、実際の仕事は、問題ごとにチームで行われるという特徴を有する。情報基盤組織は、機能組織であろうとチーム組織であろうと、特定目的の実現や問題の解決に対して、適確に機能できる組織であるといえよう。(最近では、プロジェクトマネジメントが取り上げられることが多くなったが、時代が情報基盤組織を要求しているからではないかと思う。)

■どのように情報基盤組織をつくるのか

それではどのようにしたら、情報基盤組織をつくることができるのだろうか。(注7)
ドラッカーは以下のように説く。
第一に、具体的な行動に翻訳できる明確で単純な共通の目的があること。
例えば、ユニクロを運営するファーストリテーリンググループでは、「服を変え、常識を変え、世界を変える」という明確で単純ともいえる目的を掲げ、グループ企業の一人ひとりに自覚を促していること。
第二に、あるべき成果を中心に組織する。
目的を実現するために各部署が責任を持つべき成果はなんなのか、部署においても各自が責任を持つべき成果は何かが、明確にされており、各自がそれぞれの成果を自覚して仕事ができるように方向付けしていること。
第三に、期待と成果についての体系的なフィードバックを中心に組織する。
マネージャーは、自分が責任をもつ部課について、期待と実績について、定期的かつ体系的にデータにもとづいてフィードバック(期待と実績のデータを継続的な改善活動に結びつける活動)を行うことを定着させていること。
第四に、全員が情報に関して責任を持つこと。
ドラッカーは、経営者だけではなく一人ひとりが情報責任を持つこと、そのためには情報リテラシー(情報活用に優れた能力)を身につける必要があるという。(注8)
例えば、下図にあるように、各自は互いに自分が必要とする(input)情報と提供する(output)情報を明らかにして、その情報と伝達活動に責任を持つことは、まさに情報リテラシーの基本である。さらに自分が提供すべき情報責任を重視すべきだともいう。
第五に、自己目標管理が情報基盤組織を統合する原動力となる。
組織を動かす人間関係の基盤である上司と部下において、自己目標管理(注9)を定着させること。

■MOTリーダーの役割

またドラッカーは、「情報は、コミュニケーションを前提とする。情報とは記号である。情報の受け手が記号の意味を知らされなければ、情報は使われないどころか受け取られることもない。情報の送り手と受け手の間に、予め何らかの了解、コミュニケーションが存在しなければならない。」(注10)として、安易にITに頼れば良いという考えに警鐘を鳴らしている。MOTリーダーとしては、技術部門や製造部門に限らず、一度、自分だけではなく部署と部下が必要とする情報について、体系的に整理することが有効であるに違いない。その上で、ドラッカーの「情報の目的は知識ではない。正しい行動である。」(注11)を肝に銘じておきたい。
<注の説明>
(注1)(1)38章.
(注2)(2)p238.
(注3)(3)pp126-157.
(注4)(2)p235.
(注5)(2)p241.
(注6)(2)pp235-243.
(注7)注6に同じ。
(注8)(4)pp108−119.
(注9)(1)34章.テクノビジョン(2009.03)「PDCAを経営成果に結び付ける『もうひとつの技術』〜自己目標管理で技術者の能力を120%引き出す〜」に詳しい。
(注10)注1に同じ。
(注11)(3)p154.
<参考文献>
(1)「マネジメント」1973年。P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。
(2)「新しい現実」1989年。
(3)「明日を支配するもの」1999年。
(4)「ネクストソサエティ」2002年。



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