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【連載:世界一の品質を取り戻す35】

検証・日本の品質力
BCP(事業継続計画)の総点検を早急に
−レジエンス力向上は企業価値アップにつながる−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

東日本大震災は日本経済に大打撃を与えてしまった。大規模な地震・津波だけでなく、それから派生した福島第一原子力発電所の事故、計画停電、今夏の15%節電計画(東京電力圏内)、風評被害を加えれば、その被害総額は40兆円(GDPの8%に相当)にも達すると推計する向きもある。まだ安定化の目処が立っていないことから、更なる拡大も懸念されている。
大震災の不幸から浮かび上がったのは、東北地方太平洋沿岸地域産業の予想外の底力の強さだった。当該地で生産される高機能部品を使用している世界のメーカーは多く、被災による部品供給のストップは、これらメーカーを直撃した。中でも自動車部品や半導体などの電子部品では日本製品が高い世界シェアを持っており、サプライチェーン(部品供給網)の毀損は多くの世界企業の一時生産停止、減産を招いてしまった。
企業の諸活動には様々なリスクが何時、どんな形で降りかかってくるか予想できない。そのリスクを回避し、もし降り掛かって来ても、その影響を最小限に食い止めるために、事前に準備し計画を立てておこうというのがBCP(事業継続計画)、BCM(事業継続マネジメント)である。政府は6年ほど前から内閣府、経済産業省、総務省などがBCPの早期構築を推めてきていた。背景には阪神淡路大震災、中越地震、新型インフルエンザの世界的大流行(パンデミック)などの反省があったからだ。ISO(国際標準化機構)も2010年の規格化発効を目指している。“喉元過ぎれば・・・”の例に漏れず、有効性を理解していながらBCPシステムの構築を進まずに来ていた。これを機会にBCP体制の見直し、強化に取り組んで欲しい。

1.東北地方部品工場の被災が世界の大メーカーを直撃

東日本大震災で素材・部品工場が被災しサプライチェーンが寸断された問題は、日本産業の思わぬ弱点を浮き彫りにした。大震災が起こったのが3月11日。その3月の大手自動車メーカーの国内生産台数は約60%減。要因は部品の供給不足。自動車約3万点の部品が必要で1つでも欠けると生産できない。トヨタ自動車によると、一時は約500点の部品が滞っていたが、まだ150点の部品の供給に不安があるという。
不足が懸念される主な自動車部品と被災企業の生産の現状を見ると、次のようになっている。エンジンやブレーキなどに使われる半導体(マイコン)を生産していたルネサスエレクトロニクス那珂工場(茨城県)が被災、同社出資している日立製作所やNECなどの、3000名近い応援を受けて、総力戦で復旧に取り組んでいるが再開は6月中旬以降にずれ込む見込み。ルネサスは自動車用マイコンで世界トップシェア(42%)を持ち「ルネサスのマイコンを積んでいない車は世界に無いほど」(業界関係者)と言われている。5月には在庫分でカバーできるが、6月には自動車生産がストップする。
ブレーキ関係では、ブレーキパッド(ディスクと接触しての摩擦を強め止める)を生産していた日本ブレーキ工業の子会社が被災、同工場は福島第一原発から20km圏内にあるため、生産再開の見通しは立てられずにいる。また自動車ボディの光沢を出すために塗料に混入する塗料用特殊素材を生産している独メルク社の小名浜工場が被災、米フォード社などがこの塗料調達で支障をきたし、4月初旬、5日間操業を中止せざるを得なくなった。
バンパーなど車体の一部用途に使用されるポリプロピレンを製造していた三菱化学の鹿島事業所の2工場が被災したが懸命の復旧作業に努めた結果、何とか5月下旬以降、順次再開の見通しが立った模様。
こうした東北地方に点在する自動車部品、素材関係工場の被災は日本企業ばかりでなく世界の自動車メーカーの生産を直撃、フォードの他、ゼネラル・モーターズ(トラック生産を一部停止)、ルノーサムスン自動車(減産)、プジョー・シトロエングループ(ディーゼルエンジンに影響)、オペル(スペイン工場の操業を一時停止)、日系自動車メーカー中国工場(4月以降の部品調達不足懸念)など生産に支障をきたしている。その影響度合いは「全世界の車生産の30%以上に何らかの影響を与える」(関係者)ほど、この大震災はインパクトが広がっている。
そのほか被災した日本企業の世界シェアの高いハイテク機器部品・素材を見てみると、リチウムイオン電池の電極バインダーを生産しているクレハ(世界シェア約70%)のいわき市内の工場、半導体の基盤に不可欠のシリコンウエハーのトップ企業、信越化学工業(シェア32.4%)の白河工場(福島県西郷村)第2位のSUMCO(シェア29%)の米沢事業所(山形県)、携帯電話などに使われる表面のフィルターの世界トップシェア企業・村田製作所(シェア約40%)の仙台工場などの例がある。
米アップル社が販売している多機能性携帯端末「iPad」の新モデルは高精細画面用ガラスやコンデンサー類を被災地から調達していると言われ、部品の入手が困難に陥っている。日本メーカーのライバル韓国のサムスン電子やLGエレクトロニクスも液晶パネルに使う半導体や素材などを日本からの輸入に頼っており、調達不足に陥らないよう、日本部品メーカーと緊密に競技を重ねている。
在庫を極力持たず「必要なものを、必要なときに、必要な量だけ」調達し、生産する効率的な生産体制(ジャスト・イン・タイム生産方式)は日本の強みだったが、今回はそれが裏目に出た格好。今後、効率的な生産体制を維持しながら有事への備えをどうするかが、日本企業にとって大きな課題となりそうだ。
もう一つの課題も浮き彫りになった。なぜ技術大国の日本で部品を揃えるのに、これほど時間がかかるのか。それは「部品や素材は特注品が殆ど技術力のある少数の企業が生産を担っているのが日本の現在の下請けの特色。汎用品でないため他社が短期間で生産するのは難しい。たとえ生産できたとしてもコスト高になる。しかも自動車は安全性第一なので部品が出来上がっても何度もテストして安全確認をしっかりやらなければならない。結局、被災した部品工場が正常化するのを待つほうが早いからだ」(関係者)という。
また、どんな工場が、どんな部品を生産しているのか、サプライチェーンの全体像を把握するのに時間がかかり過ぎたことも今後の課題だ。国内の自動車関連の部品メーカーは7000社を超えると言われる。とにかく裾野が広い。しかし自動車メーカーが把握しているのは3次下請けの1部まで。4次・5次の下請工場の被災状況まではつかみ切れなかった。今回判明したことだが、下請けをたどって行ったら各社が同じ部品工場を3次下請け、4次下請けとして使っていたケースがあったという。こうなると自動車メーカーは総倒れになってしまう。徹底的な再検証が急務になっている。

2.必要性を意識しながら進捗度で遅れ気味のわが国BCP

今回の大震災によるサプライチェーンの一角が崩れた場合、一番危惧することはその間隙をついて市場を奪われることであり、その結果、競争力の低下、ブランド力の低下に直結することである。例えば阪神淡路大震災までアジアのハブ港として機能していた神戸港はその地位を韓国釜山港にその座を奪われ、現在でも回復するどころかますますその差が広がっている。それを食い止めるためには、被災した際にいかにその被害を最小限に抑え、スピードを上げて平常時に戻す手立てを日ごろから準備しておくかだ。そのためのマネジメントシステムがBCP/BCMである。日本も6年前から行政も基本的考え方を示し、各産業界に推進を図ってきた。しかし実態は掛け声の割にはシステム構築・意識徹底は進んでいないことが浮き彫りになっている。
BCP普及に積極的に取り組んでいるインターリスク総研は6年前からこの実態調査を実施している。昨年8月が最新のものだが(4回目で今年1月公表)、機運の高まりは徐々に向上しているがまだ今回の大震災の前ということもあって実態の甘さが目立つ。調査は全上場企業を対象とし回答のあった企業は420社(回答率11.3%、そのうち7割が製造・情報通信業)。
調査結果を見ると「BCPを策定済み」と答えた企業は前回調査(08年)から倍増しているもののまだ29.5%にとどまっている。「策定中ないしは計画中」は初めて半分を上回り58.3%、またBCPに関する訓練・シミュレーションを定期的に実施している企業は金融・サービス業が多く、裾野が広い製造業においては石油石炭関連業(大規模施設が多い)は関心が高いが今だしの感が強い。
約80%がBCPの有効性を認識していながら専任部署を設けているのは6%にとどまり、プロジェクト編成担当部署を指定している企業を合わせても50%強。これでは今回のサプライチェーンの末端の被害状況を把握するまで時間がかかったように日常時に末端の現況を把握していなかったことが透けて見えてくる。
事業継続上、関心のある事象に関する質問では(1)IT関連のトラブル・ダメージ(2)地震・台風などの自然災害(3)通信トラブル(インターネットを含む)(4)火災(5)企業イメージ・ブランドへのダメージが5大関心事になっており、この調査では前年に新型インフルエンザの世界蔓延(パンデミック)があったことから上位に食い込んでいる。サプライチェーンの被災・崩壊は20項目中第9位で環境リスクよりも強くなっている。
「許容できる業務停止時間は」の項目では8時間以内が約40%、1日が20%、3日以内が28%、一週間以内が7%、一週間以上は1.2%にとなっている。
また取引先に対してBCPの有効性の問題に対しては、その必要性を感じながら(87%)、まだその要請をしていない(82%)実態も浮き彫りになっている。
英国規格協会は07年、世界に先駆けて第三者認証規格「BS25999」を公表、ISOも来年を目標、国際標準化「ISO22301」を進めているが、「認証取得を計画しているか」の質問では「検討している」のは0.2%、「取引先からの要請があれば」が12%とまだ関心は薄い。
だが関心を持つ企業も出始めている。古河電気工業は今年初め「光半導体デバイス事業」を対象としたBCM規格「BS25999」を認証登録した(BSIジャパン)。同社は電気通信事業者向けの光半導体デバイスや光ファイバーケーブル、電力会社向けの電力ケーブルなど、企業や消費者の日常生活への直接的な影響を及ぼす社会インフラ製品を提供している。今回の認証取得の目的は同社が災害の発生といった非常事態への適応力が強いことを証明するとともに、今後も事業継続において顧客の要求に応え企業価値を高めていくことを狙いとしている。因みにBSI(英国規格協会)はすでに欧州、アジアを中心に世界で130社以上に認証を発効している。

3.早期復旧の底力を見せることが日本製品の信頼向上につながる

幸いなことに大規模システムダウンの声は聞かれなかった。しかし今回の大震災は奇しくも日本の素材・部品産業の高い国際競争力を示した。いかに日本には「オンリーワン企業」がひしめいていたかの証明でもあった。被災工場の目を見張る復旧・復興力を示すことが「日本のモノづくりの強靭さを示す」好機にもつながる。
経済産業省の実態調査によると、被災製造業55社の70工場のうち、2ヶ月経過時点で64%がすでに復旧し、7月末までに90%以上が復旧する見込みだと言う。経産省の仲立ちという条件付ながら日本独自の取り組みも試みられている。それは非常時故、日本経済全体の復興を優先するため被災企業がライバル企業に素材や部品の製法など秘伝のレシピを渡し(ブラックボックスの解放)委託生産を進めたことが復旧を早めたことにつながった。「被災企業が復旧したら、レシピは廃棄し顧客は被災企業に返却する」事を条件付けした異例の協力だが、相互信頼関係が無ければ成り立たない方策で、日本企業の結束力を見せ付けた格好になっている。
人員や資金の経営資源の少ない中小企業のBCP策定の課題とも共通することだが、「代替不可能という現実を突きつけられたとき、解決策はあるのか」という点。その答えがすでに震災前からあった事例だが、ライバル企業も含めて、業界、業種、組合、取引企業、サプライチェーンの隅々まで見渡し、協力・連携体制の確立、常日頃のコミュニケーションを怠らないことである。
BCPでは企業の「災害に対応するだけの力量」を「レジリエンス」と呼んでいる。今回の大震災は日本産業のレジエンス力が試されたことになる。弱点も強味も見えてきた。ステークホルダーの隅々までの現状と力量をくまなく把握し直し、新たな視点でBCPを再構築しなければならないことも啓示している。(17頁参照)


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