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【連載:世界一の品質を取り戻す34】

検証・日本の品質力
日本モノづくりの礎、金型産業の危機
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

日本のモノづくりの土台の一角を築いてきた金型産業が今、大きな曲がり角に来ている。長引く国内経済の不振、新興国および周辺国の台頭、円高に08年のリーマンショックなどが重なって、元々脆弱な財務体質の中小・零細企業が多いこの業界はその重圧に耐え切れず、倒産、廃業、救済合併、海外企業による買収などに追い込まれる事例が相次いでいる。特にここ1〜2年、深刻度を増しているのが、上位リーディング企業のギブアップともいえる経営悪化である。
最盛期には1万5000社以上あった金型企業は昨年1万社まで減少、「今後この状況が続けば、後2〜3割は減少する」と日本金型工業会会長の上田勝弘氏は語る。ピーク時(06年)1兆5000億円を越えていた国内金型産業の総生産額もリーマンショック以降、つるべ落とし状況で1兆円を割り、回復傾向は見られていない。つれて産業従業者数も97年12万人いたものが08年には10万6000人、09年には10万人を切っている。また国際的地位も低下(金額ベース)、ずっと第1位を保ってきたが、昨年の統計を見ると1位ドイツ2位アメリカに次ぐ第3位に甘んじている。
その要因は何か。第一に挙げられるのが、韓国、台湾、中国など技術力の向上。20年ほど前から始まった日本の技術指導の成果もあり、彼我の技術差が縮まり、ライバルとして台頭してきたこと。2番目が10年ほど前から顕著になった中国など新興国への金型技術者の流出。いわゆる技術の空洞化である。3番目が大手メーカー同士によるグローバル競争の激化である。特にリーマンショック前後から始まった世界規模ののグローバル競争、特に中国の急成長を目標に、欧米(特にドイツ、米国、東欧)の金型メーカーがアジア市場に大量参入してきたことである。4番目が円高(特に最近のドル、ユーロ、ウォンに対する独歩高)。主要市場においていずれも価格競争に敗退している実情が見てとれる。そして最後の5番目が量的対応の欠如。つまり国内金型企業は長引く不況で財務が脆弱化、加えて人材の空洞化が進んだことから中国などから大量の注文が舞い込んでも、それに応じる投資(設備増強等)ができず、また人的対応ができず(金型職人の育成には10年以上かかる)せっかくのチャンスを見送らざるを得ない状況が続いている。
では日本の金型産業が再浮上するためには何が必要か。最近の上位企業破綻の要因を探りながら、今後ますます激化するであろうグローバル・サバイバル競争生き残り戦略の処方箋を探ってみたい。

1.上位企業5社が相次いで経営苦境に

日本の金型産業は自らがヤスリを握り、油まみれになり、厳しいセットメーカーの要求に応え続け、匠の技を磨いてきた。それ故に中小・零細、町工場が多く、極めて弱い財務体質で景気の波に翻弄されやすかった。日本の優れた製品の90%以上は卓越した金型技術に負っていながら世間の価値評価は低いまま据え置かれてきた。バブル崩壊とリーマンショック、その後遺症が長引けば、日本の金型産業は壊滅的打撃を受けると関係者は早くから指摘していた。その見通しが現実のものになってしまった。
08年頃から始まった上位メーカーの総崩れである。まず衝撃的ニュースとなったのが09年、日本の大手金型メーカー、オギワラの筆頭株主にタイの大手部品メーカー、サミットが躍り出たことである。タイ・サミット社は自動車(65%)、オートバイ(30%)、家電(5%)の部品メーカーで自動車関連はボディ、インパネワイヤハーネス、内外装プラスチックなど小物部品を得意とし、一方のオギワラはボディやシャーシの型技術、スタンピング技術、品質の高さでは定評が以前から相互補完関係にあった。その両社が08年6月、合弁で中国福建省福州市に自動車用パネル部品の生産会社「福州オギワラ・タイサミット」を設立している。オギワラの金型技術に注目した企業がもう一社ある。中国の新興メーカーBYDである。BYDはニカド電池メーカーとして創業(1995年)。その後、携帯リチウムイオン電池で大成功、世界No.1電池メーカーに躍り出た。
その余勢をかって自動車分野に進出(BYDオート設立)。ガソリン車からスタート、プラグインハイブリッド車、電気自動車(EV)と業容を拡大している。同社の技術戦略は「ローエンドから徐々にハイエンドへ、を自前主義で目指す」ことを標榜しており、その一環として豊富な資金力にものを言わせた優秀な技術のM&A戦略があった。オギワラの技術に着目したBYDは昨年4月、オギワラ館林工場(群馬県)を買収した。買収後すぐに80名だった従業員数を100名に拡充、同グループの上位の金型設計、製品設計に役立てる方針で、今後進むであろう品質の高度化、量的拡大に対応する基礎的生産技術体制を整えたことになる。
上場企業の急速な経営悪化の救済に乗り出したのが企業再生支援機構。同機構は民主党政権の肝煎りで2009年、3兆円の資金、5年の時限立法で傷んでしまった地方の中小企業を再生することを目的に設立されたもの。最初の大型案件が日本航空の再生スキームの立案だった。
その企業再生支援機構が相次いで有力金型メーカーの救済処置を実施した。まず昨年9月実施したのが富士テクニカ(静岡県清水町)と、宮津製作所(群馬県大泉町)の支援事業である。
富士テクニカ(ジャスダック上場)はスズキやホンダ、上海GM、上海VW、インドのタタグループに車ボディ用プレス金型を納入する業界でも有力企業(2010年3月期売上高158億円)だったが、コスト競争などで経営が先細り、ゴーイングコンサーン付記(経営継続に疑義のある場合、決算書に付記が義務付けられる)会社に陥っていた。一方の宮津製作所は同じ車用プレス金型のメーカーだがプジョー(仏)、奇端汽車(中国)、プロトン(マレーシア)、タタモータース(インド)、スズキ等外国企業に多く納入先を持つ企業(2010年売上高72億円弱)だが、コスト競争で苦境に立ち、赤字経営に陥っていた。同機構の支援再生スキームは両社の合併(存続会社は富士テクニカとし、宮津製作所を吸収、新社名は富士テクニカ宮津)。両者はともに車用プレス金型で高い技術力を持つ企業同士、富士テクニカは国内メーカーが主納入先、宮津製作所は海外メーカーが納入先で、合併すればシナジー効果が発揮しやすいと判断、「グローバル競争に晒された金型産業の今後の再編のモデルケースの試金石」に位置付けている。改革のポイントはグループ国内生産拠点の集約(6拠点から3拠点へ)により、過剰供給能力の削減を受注採算管理の強化を図るとともに、約35%の人員削減により生産性向上を進め、スリム化によるムダ排除、財務体質の基盤強化を進める。高精度大物金型以外の領域も充実させ、新興国の拠点活用による受注拡大を目指すことにしており、中長期的に新興国を主に製品間分業モデルを確立し、溶接・組立工程も含めた車全体のパネル制度をトータルに保障できる、独自の強みを持った車体製造エンジニアリング企業に脱皮させたいとしている(アライアンス計画も同時進行)。当面の経営計画によれば2014年3月期、売上高170億円、営業利益6億円を見込む。
企業再生支援機構が2番目に行った金型関連企業の支援事業がアーク(大阪市、東証一部上場)の再生(2011年3月)。アークは新興国開発における企画、デザイン、設計、試作品、金型の政策、プラスチック成形品の製造などを行う、わが国最大のモデリング企業。同社の価値連鎖領域は開発支援、金型、成形、加工組立の上流から下流まで網羅しており、36グループ68社で企業群を構成している。また海外には4極(アセアン、中国・韓国、北米、欧州)に24社を展開しており、急速な拡大路線を歩んできていた。同社の特徴は「連峰経営」(同社の造語)に表されるように、それぞれの領域が独自性を伸ばして発展させるというユニーク性にあった。しかし、これが近年の景気低迷、コスト競争のグローバル化、さらにリーマンショックの仕事量の減少が追い討ちをかけ、窮地に陥った。直近の業績(2010年3月期)は連結売上高122億円強、営業利益50億円の赤字、単体売上高85億円、営業利益2億円の赤字だった。
業績の悪化は海外M&Aの失敗(シナジー効果の欠如による財務の悪化)ばかりではなかった。連峰経営というグループ内の差別化戦略はあまりに独自性に重きを置いたが故に、ムリ・ムラ・ムダに対する切込み不足というガバナンスの欠如、マネジメントの不徹底という経営品質の毀損をもたらし、企業再生支援機構の支援を仰ぐことになった。
同機構による支援スキームは(1)90億円の出資、(2)74億円の融資、(3)経営人材の派遣などにより、第一義的に財務改善による体質強化で競争激化による体制強化を進めること。
具体的には現状68社を30〜40社に集約、選択と集中により事業ドメインを「開発・設計支援事業と開発・設計支援事業主導で生じる少量品一括受注サービス」に再設定し直す。国内9拠点を4〜6拠点に集約、人件費も国内金型・成形部門を中心に130名を削減する。海外戦略については世界4極展開は維持し、国内を先端技術開発・展開のコアと位置付け、それぞれの地域の特性に合った事業特性を築き、それぞれ連携を図りシナジー効果を一層深掘りする。例えば車モデリング事業では欧州で培った技術支援のノウハウをテコに北米エリアに横展開する。中国市場においては中国企業のOEM開拓も視野に入れている。
その他、国内有力金型メーカー、インクスも昨年経営破綻、現在自力再生中である。

2.世界の金型フロントランナーを維持・発展するための処方箋

日本の金型産業は中小零細、町工場が多く、財務体質が弱く経済の変動の影響を受けやすいという構造的弱点があったところに、国内の高コスト体質がグローバルコスト競争の渦の中に投げ込まれ急速に弱体化の度合いを深めたのは前述の通りである。
まだ多くはトップ(経営陣)の腕(匠の技術を含む)と勘に頼っているのが現状で、納入先の部品・アセンブリメーカーも金型技術・産業は大事に育てたいと口では言うものの、短期利益を追求するあまり酷なコスト削減を求めて真の産業育成には目をつむってきた面がある。
一方の金型メーカーも納入先の顔色を伺うのみで、自社のマネジメント能力の向上を怠ってきた。金型技術者を育てるには少なくとも10年はかかるといわれたのは昔の話。CAD/CAMの登場とその教育の進歩で「品質の70%は設計で決まる」(中国の金型技術者の言葉)というように汎用品であれば、世界中どこでも簡単に金型が作れるようになってしまった。日本の金型技術者は依然として競争相手は隣の金型メーカーだという思いから抜け切れていない(そのメンタリティーは農業従業者と同じ)。問題解決は世界のコンペティターの個々の実力を正確に把握するところからスタートすべきである。そこから自社特有の技術面を見出し、グローバル視野でコアコンピタンス戦略を再構築すべきである。それに付随するのがグローバルマーケティング力と営業力の強化である。自社の固有技術が活かせる顧客は世界のどこにいるのかを探り、また相手先の創造に力を尽くすべきである。加えて営業コミュニケーション力もつけながら。
日本の金型の特徴は「超複雑」「超精密」「超大型」「超耐久性」など高付加価値金型にあるといわれている。しかし、この分野も日本の金型産業が世界で存在感を薄めつつある中で、もう一方の金型大国・ドイツの存在感が中国で増しつつある。その元になっているのが日本の元になった技術のルーツはドイツにあるという伝説の広まりである。日本は官民挙げてドイツとは異なった匠の技のPRを世界に向けてすべきである。そのためにはステークホルダーが一枚岩になって取り込む必要がある。
もう一つの戦略をここでは紹介しておく。伊藤製作所が進めている「ノアの方舟」作戦と称される徹底した現地化政策である。つまり自社の保有しているずべてを海外の拠点に映し、その経営資源を現地および周辺企業とアライアンスを組み、グローバル視野で国際競争に立ち向かおうという戦略である。
一方で国内には金型産業の自由闊達な活動を阻害する無駄な規制が多すぎる。金型産業の国際競争力が落ちることは日本のモノづくりの敗北に直結する。今こそオールジャパンで金型産業の再生に取り組むべきである。


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