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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (11)】

マネジメントは何のためにあるのか
〜自然災害から“守る力”と“復興する力”〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
わが国の首相は、東日本大震災の発生後1週間の記者会見で、「戦後最大の危機にくじけているわけにはいかない。一緒に頑張ろう」と国民に呼びかけた。(注1)被災者とそのご家族を思うと言葉を失うし、心からお見舞い申し上げたい。現在も福島第一原子力発電所の事故の収拾に向けて命がけで対応する方々には、心の底から感謝と応援をしたい。残された私たちの仕事は、被災者の方々を支援するとともに「未来を築くこと」に違いない。

■大震災からマネジメントの教訓を得る

この甚大な災害の被災者支援や地域の復旧は、高尚な英知と勇気だけでは解決しない。有効なものは、ガソリンや灯油、電気といったエネルギー、水、食料、衣料、医薬品、情報・通信機器、医療従事者、介護従事者など人間生活で必要な具体的なものであり、人である。しかも、これらの具体的な必需を被災地に迅速かつ正確に送り届ける自動車、トラック、タンクローリー、鉄道、船舶、ヘリコプターや航空機が不可欠である。被災者の避難についても同様であり、受け入れ先の手当てを先行して行うべきであることは言うまでもない。放射線と戦う勇気とこれ以上事態を悪化させないという使命感に裏づけされた行動が、原子力発電所の事故を収束に向かわせると信じたい。原発の放射線による災害をこれ以上拡大させないための一切の活動は、的確にマネジメントされるべきである。
一方、みずほ銀行では、全国規模でシステムトラブルが数日間にわたって解消されず、ついに休日返上で従業員が店舗にて当面の生活資金の払い出しに対応することになった。このトラブルの原因は、災害義援金の口座の開設と振込みが急増したことが原因の一つだという。このような銀行のシステムトラブルにしても原子力発電所の事故にしても、人類の英知によって築いた現代文明は、自然災害の直接、間接的な影響を受けやすいことが判明した。さらにこれらのトラブルを解決するには、大きな代償が伴うことを知ることになった。起こった事故は収拾しなければならない。これらの人工物が引き起こす(原因が自然災害であれ)事象を解決する働きにもマネジメントが必要である。
ドラッカーは、米国自動車メーカーのGMを取材する中で、マネジメントは4次元でとらえられることに気づく。(注2)下記の図を見て欲しい。
  1. 組織の目的と成果を達成する
    組織は、社会に何かを貢献する目的をもって生まれる。自動車でも、機械設備でも、食品でもそれは変わらない。そこに働く人々は、組織の目的に賛同し、その成果をもって社会に貢献したいと望んで組織に属している。マネージャーは、所属している組織の目的を良く理解した上で、社会に貢献すべき成果の大切さを強く自覚した人々であるはずである。欠陥製品を社会に送り出そうと本心から思う従業員がいるとは思えない。
    しかし、人知を尽くしたはずでも厳しい現実がある。10mの防潮堤を築いていた宮古市の田老地区では、この大地震の津波により壊滅的な被害を受けてしまった。これは津波の高さが10mの想定をはるかに超え、防潮堤を乗り越えてしまったためだ。TVの報道では、難を逃れた町の人が出ていたが、「防潮堤があることで人々に油断があったのではないかと」と話していた。むしろ私たちはそれ以上に、10mの防潮堤をつくったマネジメントを問うべきである。防潮堤をつくる仕事には、科学者や技術者、防災に関係する学識経験者もいたはずだ、それを取りまとめたリーダーや責任者もいたのだ。設計を承認して資金を拠出した人や機関もあったはずだ。防潮堤があることで油断した被災者を責めるのは論外である。むしろ油断は、防潮堤の建設に携わった関係者、防災訓練の関係者のマネジメントにあったと見ることもできる。
    一方で、みずほ銀行のシステムトラブルは、ATMによる取引データが急増したために処理できなかったことが、原因の一つだといわれている。これは、1月に起こったJR東日本のシステムトラブル(注3)との類似性を否定できない。共にキャパシティ不足である。このようなシステムをつくりあげた当時のマネジメントに反省の余地はないだろうか。 防潮堤の高さにしてもシステムの容量にしても、これらを作り上げたマネジメントに欠陥はなかったのだろうか。この厳しい問いを発することは、国民の関心が一気に復興に向いてしまう前の今しかないかもしれない。
    津波を防ぐという目的を果たせなかった防潮堤と、預金決済を安定的に行うという目的を果たせなかった銀行のシステムを、「自然災害に人は勝てない」という言葉で片付けてよいはずはない。この教訓から、マネジメントは「目的と成果を達成する」という強い信念であることを再確認したい。
  2. 人と組織の能力を発揮させる
    組織の目的と成果を実現するには、組織で働く一人ひとりの強みや能力を結集する必要がある。マネージャーだけが旗を振っても期待通りにならないのは明らかである。
    女川原子力発電所と福島第一原子力発電所とでは、場所も震源地からの距離も配置も違うから一概に比較は出来ない。しかし、明らかに違っていたのは、原子炉建屋と冷却装置やその電源装置が設置されている敷地の海水面からの高さである。女川が15mであったのに対して、福島第一のそれは10mであった。結果、この5mの差が大津波をして、核燃料棒の冷却装置の電源設備を福島第一原発から奪わせたのだった。(注4)この2つの原発の明暗を見るとき、原発の建設地や敷地を選択する過程がどうなっていたのか。そもそも原子力発電所を建設する国や県をはじめ事業会社の方針は、どうだったのかという根本問題に行き着く。科学者、技術者や学識経験者、原発建設のプロジェクトの立ち上げ段階からのマネジメントに問題はなかったと言い切れるだろうか。
    「安全だ」といって、3重にも仕組まれた原発の冷却装置と非常用電源ですら、成果を出せなかったのは事実である。女川原発で起こらなかった事故が、福島第一原発で起こってしまったからには、この現実と誠実に向き合い、原発の建設に関与すべき人々の強みとプロジェクト組織の能力を十分に発揮できたのかどうかを再確認すべきである。
  3. 社会的な責任を果たす
    ドラッカーは、「社会へのインパクト(影響)は皆無ないしは、最小とすべきである。」(注5)という。当然のことながら、製品を企画設計する段階から世に送り出すまでには、自らの製品がおよぼすかもしれない社会に対するマイナスの影響や副作用は、皆無に、最低でも最小にしておかなければならないというのが、マネジメントの社会的責任である。
    人類は、スリーマイル島の原発事故(1979年)、チェルノブイリの原発事故(1986年)、でどれだけ教訓を得て学習をしたのだろうか。とりわけ日本人は、広島と長崎の被爆体験をもっており、放射線が人に及ぼす被害の恐ろしさをどの国の人よりも知っているはずなのだ。にもかかわらず福島第一原子力発電所については、事故の原因がなんにせよ「安全稼動」という成果を出せなかったことは、事実である。「自らに能力のない仕事を引き受けることも無責任である。」(注6)ともドラッカーはいう。みずほ銀行やJR東日本のシステムトラブルの一つの原因が、ITのキャパシティ不足と「想定を超えるデータ量」だったとするならば、「適切な時期に容量を増やし機能改善などシステムにお金をかけておけば解決できた可能性が高い」との専門家の意見も聞こえてくる。
    マネジメントの社会的責任は、事故や社会的な不祥事の後処理ではなく、事業計画や製品の企画設計の段階において、誠実に組み込んでおくべきだと考えたい。
  4. 時間を意識して働く
    ドラッカーは、「現在と未来をともに満足させることができないとき、富を創造するための資源としての資本は破壊されていく。」(注7)といっている。
    今回の東日本大震災については、約数十年〜百年ごとに繰り返される三陸沖地震の類型だとか、貞観地震(869年)の岩手、福島、茨城沖までの震源域と同様であるとして約450年〜800年ごとに繰り返される巨大地震の類型であるという説もある。しかし、日本の大地震の歴史を追っかけてみても、地球の自転や公転に見られる正確さを読み取ることはかなり困難である。しかし、歴史に学べば、予想を超える津波の恐ろしさを示唆する歴史は上記のようにけっして無いわけではなかった。防災訓練の有効性を指摘する被災者は多い。海抜10mに設置した福島原発の本体が津波にさらわれなかったことは、不幸中の幸いであった。
    このような不幸を「経済市場主義に対する天罰だ」と片付けるわけにはいかない。人類が自然と調和して生きていかなければならないのは覆せない現実である。原発事故にしてもシステムトラブルにしても専門家の知見を最適に統合するためのマネジメントが出来ていたのかどうかを猛省する必要がないとはいえない。マネジメントには、常に現在と未来の双方を見ることが要求されるとドラッカーは説く。(注8)

■MOTリーダーの心得

今回の被災直後の段階では、携帯電話が基地局の被災などでほとんど役に立たなかった。また、放射線からの避難指示と屋内退避をめぐって、政府のあいまいな指示も被災者はもちろん国民の不安をあおることになった。現状と事実に関する情報が把握できず、必要な人に正しく情報を伝えられないことでマネジメントに支障をきたしてはならない。
力強く復興に向けて活動を開始すべきわが国では、首相官邸、原子力安全・保安院、東京電力、福島県庁間での情報共有や指揮命令系統などを組織化し、マネジメントを機能させることが緊急の課題である。今回の大震災の影響を受けた企業は、多いはずだ。
MOTリーダーはそれぞれの職場において、情報と指揮系統の組織化とマネジメントを機能させることについて、いま一度、見直してみることが求められよう。
<注の説明>
(注1)菅直人首相は18日夜、東日本大震災の発生後1週間の記者会見を開き、その質疑応答の中で述べた。(日本経済新聞、朝刊、3月19日)
(注2)GMの調査からまとめた「企業とは何か」や「マネジメント」第4章;マネジメントの役割の中で述べている。
(注3)1月17日のJR東日本のシステムトラブルのこと。原因は、福島県内の2つの駅で雪のためポイントが切り替わらなくなったため、ダイヤ変更を入力したところ、新幹線管理システムの容量を超える修正(変更)箇所がIT内部で生じたため、処理能力を超えた。(日本経済新聞、朝刊、2011年1月19日)
(注4)「津波への対応、女川との差。電源を失った発電所」(日本経済新聞、朝刊、2011年3月20日)。
(注5)(1)p372.
(注6)(1)p398.
(注7)(1)p49.
(注8)(1)p50.
<参考文献>
(1)「マネジメント(上)」ドラッカー名著集、P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。


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