前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:世界一の品質を取り戻す33】

検証・日本の品質力
スマートフォンを支える技術と企業群
−世界のニーズが日本の技術に追いつき始めた今がチャンス−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

消費者の厳しい目と高い要求に応えるため独自の発達を遂げてしまった日本の技術的状況を、ダーウィンの進化論になぞらえ“ガラパゴス化現象”と称されてきたが、ようやく世界の市場ニーズが日本の技術に近づきつつある。その代表例が携帯電話だ。
ほとんどの日本製品にいえることだが、品質、性能、機能とも高すぎたり、多彩すぎて新興国や途上国では歓迎されない(コスト高という面も強いが)で世界市場では苦戦してきた。しかし使い離れてくれば、より高い品質、機能を望むのは消費者の心理の自然の摂理だ。そこに登場したのが米アップル社のスマートフォン(高性能携帯電話)「iPhone」(発売は2008年)だ。
中級以下の機種に飽き足らない思いでいた世界の携帯ユーザーの目がスマートフォンに注目し世界の携帯業界地図を一変させようとしている。逆に言えば、日本の便利な仕組みや技術のインフラがまだ整っていなかったことを意味する。一方アップル社の動向を注視していた日本の関係各社は昨年末、一斉にスマートフォン市場に参入した。世界のスマートフォン環境が整いつつある現在は日本のメーカーのチャンスである。だが、世界のニーズが日本の技術に追いついてきた今を活かすことが出来なければ、評価を下げることにもつながりかねない。背水の陣を覚悟して望むべきである。ここではその岐路に立たされている技術と企業群の動向をレポートしてみたい。

1.携帯端末メーカー6社に集約し、世界へ再チャレンジ

国際電気通信連合(ITU)は今年始め、世界のインターネット人口が2010年末で20億8000万人に達したと発表した(世界の総人口は約68億人)。また携帯電話の契約件数も50億件を超えたと言う。ITUのトゥレ事務総長によれば「2000年初め時点での世界のネット利用者数は2億5000万人、携帯契約件数は5億件に過ぎなかった」と言う。ともに10年間で約10倍伸びたことになる。今や世界の3人に1人がネットを利用していることになり、そのうちの57%が開発途上国になっていると言う。利用者数では中国を筆頭に、アジア太平洋地域が多いが、人口当たりの利用率では欧州がトップ、次いで北米・南米地域、旧ソ連国、アラブ諸国の順となっている。
今後、スマートフォン市場において注目されているのが、世界経済の表舞台に踊りだそうとしているアフリカ地域だ。中でも期待されているのがサバンナの集落で携帯電話を駆使する生活改革に歩みだしたマサイ族、中国の進出で携帯電話ネットワーク整備が急ピッチで進むエチオピア、地下資源をインターネットを武器に「中進国」を目指すタンザニアやボツワナなど北アフリカとは違った独自戦略を進めている国々に注目が集まっている。人口9億人を抱える巨大市場・アフリカに日本企業も深くコミットメントして欲しいものだ。
世界の携帯電話販売台数シェア(2009年=米IDC調査)はノキア(38.3%)、サムスン電子(20.1%)、LGエレクトロニクス(10.5%)、ソニーエリクソン(5.1%)、モトローラ(4.9%)、その他(21.2%)となっており、フィンランドのノキア、韓国のサムスン、LG勢が市場を席巻していた。しかしスマートフォンの利用の高まり、将来の期待から世界の携帯地図が変化しようとしている。ノキアの対応遅れからシェアを落とし、今後ますます高機能化が進むと判断して、日本の端末メーカーがもう一度海外市場へ打って出ようとしている。
日本メーカーは、通信方式がアナログだった1990年代前半まで、例えばNECは欧米で30%のシェアを誇っていた。2000年時点でジャパン携帯のシェアは20%程度あったが、その後低価格競争に敗れ、相次いで2000年代半ばまでに海外から撤退した。09年時点での日本勢のシェアは3%未満だといわれている(ソニーエリクソンを除く)。
しかしIDCジャパンの調査によると、世界の携帯電話出荷台数に占めるスマートフォンの割合は09年が約15%だったものが14年には総出荷台数16億6000万台中スマートフォン5億2000万台と、30%を超すと予測している。
これに対応して日本勢は体制を立て直し、相次いで海外市場に再チャレンジする。その第一がメーカーの集約である。ピーク時、10社がひしめいていた端末メーカーが昨年末、6グループに集約された。富士通と東芝は携帯電話事業を統合しNECもカシオ計算機、日立製作所と統合会社を設立、スマートフォンの開発費を軽減、世界市場開拓の体制を整えた。これで日本のメーカーはシャープ、富士通・東芝グループ、NECカシオグループ、ソニーエリクソン、京セラグループの6社に集約された(シェア順)。

2.今後の市場を激変させる3つの環境動向

日本の携帯市場は通信網の敷設、サービスの提供、端末の使用から販売まで電話会社が一手に担い、世界市場と無縁の形で発展して来た。しかも日本の携帯市場は世界標準と異なる通信方式を取り入れ、93年から完全に鎖国状態に陥ってしまった。世界有数の携帯会社の日本上陸を拒むために欧米で売ることを放棄したとの見方も出来るが、世界標準に転換したときにすでに日本メーカーの出番はなかった。国内市場という狭いコップの中で激しい競争を続けている。日本のトップ企業シャープでさえ、世界シェア0.9%という数字が顕著に示している。通信政策の大失態といえる。
そこで今後の携帯電話市場を占う上で、3つの大きな変化を紹介する。第一が次世代通信網の開発動向である。日本には携帯通信会社(キャリア)が3社あるが、NTTドコモがLTE「Xi」をソフトバンクがDC-HSDPA「ウルトラ・スピード」を「au」を展開するKDDIが「ウィン・ハイスピード」を次世代通信方式を今春から本格投入した。スマートフォンは大量の情報をハイスピードを送信しなければならないことから、ドコモ「LTE」の速度37.5Mbps、ソフトバンク「ウルトラ・スピード」42Mbps、au「ウィン・ハイスピード」9.2Mbpsでauはきわめて不利。次の戦略が急務となっている。
ドコモとソフトバンクを比較すると、ドコモは5メガヘルツで37.5Mbps、ソフトバンクは10メガヘルツで42Mbpsであり、同じく10メガヘルツで換算すればドコモは75Mbpsになりドコモ有利となる。よってソフトバンク、auともにドコモのLTEが普及した時点で安く通信回線を借りる戦略に転じると予想する人も多い。そして次の国家戦略としては日本生まれの通信方式を世界標準にすることである。その一環としてNECはこのほどLTEインフラ事業を成長分野のひとつとして位置づけ、中国の通信機器大手との協業を足がかりに海外展開を図る方針を発表している。
次がスマートフォンのOS(オペレーティングシステムソフト)の主導権争いである。現状、携帯電話全体でのOSシェアは(1)シンビアン(2)アンドロイド(グーグル)(3)リサーチ・イン・モーション(ブラックベリー)(4)iOS(アイフォーン)(5)ウィンドウズフォン(マイクロソフト)の順になっているが、スマートフォンだけを見るとiOSとアンドロイドの2大OSの争い。先行したiOSをアンドロイドが追撃しているのが現状だが、グーグルがアンドロイドをオープンで無償化すると発表、なだれを打ってアンドロイドを組み込んだスマートフォンが登場することが予想される。ここでも日本メーカーは世界標準規格争いに晒されることになる。
第3がSIMロック解除問題。SIMとは利用者の番号を特定するための契約者識別モジュールで個人情報が書き込まれたチップのこと。従来、このチップは通信キャリアが利用者を囲い込むために使われてきた。これが解除されると利用者は自分の利用環境に合わせて自由に選択できることになる。ここではアプリケーションソフトの問題には踏み込まないが、日本のソフト会社も、ガラパゴス化解消のため、各種アプリの多言語化を進め海外展開を視野に開発する時期に来ているのかもしれない。

3.世界のスマートフォンを支える日本の技術

世界のスマートフォン市場を開拓し、リードしたのがアップル社の「iPhone」。そのアイフォーンの最新機種に組み込まれている部品類の35%弱は日本製だといわれている。従来、ノートパソコンで作業していた多くのアイテムが100〜150グラムのスマートフォン1台でカバーできるようになる。その超薄型化を支えているのが約40年のキャリアを持つ日本の軽薄短小技術である。韓国サムスン電子はスマートフォン市場に参入すると瞬く間に世界で1000万台、日本市場に「ギャラクシーS」を投入するとあっという間に100万台を売り上げた。それを支えているのが独自開発を進めている心臓部に組み込まれたプロセッサー類、メモリー類である。今後、あらゆる面で日本人メーカーの脅威になることは間違いない。
スマートフォンの利便性を高めた技術の一つにタッチパネルがある。画面に触れるだけでスクロール、拡大、縮小と自由自在にコントロールできるこの技術はアイフォーン、携帯端末「アイパッド」などに採用されると評判になり、瞬く間に世界市場で半年間3000万台売り上げ後続機種では必要不可欠の要素となり、現在タッチパネル市場は5000億円にまで拡大している。
タッチパネルは今から33年前、帝人の技術者だった三谷雄三氏が開発したものでガラス盤に通電性フィルムを貼ったもの。通電のために酸化インジウムスズを塗布している。1985年にGMがカーオーディオにこの技術を採用したが、三谷氏の事業化提案を帝人は却下、同氏は独立して東京・八王子にタッチパネル研究所を設立、現在でも研究を続けている。この通電性フィルムをITOフィルムというが、これがなければタッチパネルは成り立たない。現在のタッチパネルの世界最大メーカーはグンゼが握っている。また5年後のタッチパネル市場は2倍の1兆400億円に膨らむと予想されることから東レもタッチパネル向け工学フィルムの生産能力を倍増する方針。そのほか、タッチパネル関連では日東電工やアルプス電気、KIMOTO、日本写真印刷などが注目されている。
スマートフォンの薄型化、低燃費電力化を満たすには超小型電子部品や製造工程での高密度実装技術が欠かせない。そこで小型・大容量の積層セラミックコンデンサー(MLCC)で世界最先端を走る村田製作所が注目されている。同社は海外生産比率を現在の2倍の30%に引き上げコスト競争力の強化を図る方針。
システムLSIの大手メーカー、ルネサスエレクトロニクスは次世代通信規格のLTEの本格普及に合わせてLTE向けシステムLSI事業を強化、携帯世界最大手、フィンランドのノキアの無線通信モデム事業部門を買収、通信処理を行うベースバンド処理LSIの拡充を図るとともに、ノキアが中国で展開するLTE携帯向けにシステムLSIを納入する。
タッチパネルの下で性格にボタン操作が行われているのが、信越ポリマーのキーパッド技術。触れるだけで反応する同社の高い圧電技術がキーパッドには生かされており、世界が注目、そのシェアはナンバーワンの25%を占めている。
スマートフォン時代の大容量情報通信のインフラといえば光ケーブルだが、そのメーカーは住友重工、フジクラ、古河電気工業、日立電線と米コーニング社と数少ない。その光ファイバーの接続機で世界の50%のシェアを握るのがフジクラ。同社の極めて特殊で難しい接続技術で作られる融着接続機は正確性に優れ、高い作業率とともに評価が高まる一方だ。
スマートフォン製造の陰の主役となっているのが、プリント配線板に0.3ミリ以下の超小径穴を開けるPCBドリル(プリント配線板用超硬ドリル)を製造するユニオンツール。PCBドリルの世界シェアは40%とダントツ。さらに同社は今後の世界的需要増を見込むとともに、原価低減ドリル(25%コストダウン)の開発にも注力するという。
DRAM市場ではこのほどエルピーダメモリが台湾の力晶科技、茂徳科技と経営統合し、首位を走るサムスン電子(世界シェア40.4%)の追撃体制を整えた(台湾株式市場にも上場)。今年以降は特にスマートフォン向けに高付加価値品に注力し、シェア50%を目指す考え。
東芝はスマートフォン向けNANDフラッシュメモリーで首位を行くサムスンからトップ奪取を目指す。

4.国内メーカーのターゲットは世界へ

国内の携帯市場は少子高齢化もあって、07年をピークに減少傾向にあり、14年にはピーク時の60%に落ち込むと予測されている。よって携帯メーカーは生き残るために高機能端末を武器に海外に打って出るしか道はない。背水の陣で厳しい勝負に出ざるを得ない状況にある。国内大手のNECカシオモバイルコミュニケーションズ、パナソニックモバイルコミュニケーションズ、シャープの3社は昨年末、相次いで海外への再挑戦や本格攻略戦略を公表した。NECカシオは今年早々、北米にスマートフォンを投入、欧州、中国にもその輪を広げる。そして海外販売比率を40%に拡大する。シャープは昨年7月、スマートフォンを中国で販売開始、今年中に米国、インドでも販売を計画している。パナソニックは来年、7年ぶりに海外販売に再チャレンジする方針となっている。
日本ケータイの海外再挑戦は新しい製造コストの削減の一層の再チャレンジでもある。従来の全て自前で端末製造を行う「垂直統合型」の製造体制から、製造委託企業による端末製造を行う「水平分業型」の製造体制に整備しなければならない。スマートフォン時代の本格到来は厳しい世界規模の大競争時代の幕開けでもある。そして協業の精神で世界標準を担うのも視野に入れた新たなグローバル戦略を構築しなければならないだろう。


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト