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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (10)】

上司をマネジメントする
〜行うべき事、してはいけない事〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
「自分は評価されていない」と嘆く人は多い。その割には、上司に関心をもつ人は意外に少ないのではないだろうか。どこの会社の管理者教育でも、部下のモチベーションをあげる方法や部下の能力を発揮させるコーチングなどの教育が盛んである。その反面、上司のモチベーションをあげることに役立つ教育が少ないのは、バランスを欠いているのではないだろうか。今回は、「上司を如何にマネジメントするか」をドラッカーに学ぶ。

■上司のマネジメント(管理)とは

日本語の“管理”という意味が、三つの点で誤解されてきた。第一に、お役所的な(書式と手続きを組織に徹底させる)仕事であり、第二に部下の成果を査定する面が強調されてきたこと。もう一つは、デミングの提唱した品質管理サークルであるP(Plan)D(Do)C(Check)A(Act)の手順に沿って部下を動かす、という誤解であった。(注1)ドラッカーのいう上司のマネジメントとは、「上司に効果的な働き方をさせ実績を出させる」(注2)ことである。上司に向けて行われる管理者教育の目的の多くが「部下の成果を引き出す」ことにあることと正反対である。

■上司が効果的に働けるように手助けをする。

ドラッカーはこうも言う。「昇進していく上司の部下になることが、成功のための最高の方法である。」(注3)上司が出世していくことによって、部下の自分も新たな役職を得て役割と権限が増加したという経験を持つ人は少なくないはずだ。技術部門にとっても上司が出世していくのは、高学歴という理由だけではない。ヒット製品を生んだ中核的な技術を開発したとか、製品を改善することによって会社の業績が伸びたが、その改善モデルを設計したのがたまたま自分の上司であった、などである。これは、上司の昇進を後押しした成果は、部課やチームの成果をもたらした上司の働きぶりが効果的だったからに他ならない。このような中核的な技術の開発や製品の改善設計についても、それを実現したのが上司の単独の力であることは、多くの場合、稀である。つまり何人かのメンバーとの協働によって実現したケースが多い。とすれば、メンバーの誰かあるいはメンバーの複数人が、その上司自身の仕事の目標(部門の目標ではない)を手助けしたに違いない。 MOTリーダーにもその上司がいる。主任であれば課長が上司であり、課長であれば部長が上司である。技術部門や製造部門などで働いているとしたら、退職までの間は、上司のない職場はまず考えられない。上司の働きを会社が期待する成果の実現に効果的に働かせることによって、自分も評価される機会が増すと考えられる。

■上司の個性を認めそれを活かす。

下記の図を見て欲しい。自分がそうであるように、上司にも個性がある。合理的でいつも冷静な人もいれば、冗談が好きで情緒的なものを優先する人もいる。科学的に分析したがる人もいれば、人間のモチベーションなどの心意気を大事にする人もいる。このような気質にかかわることだけでなく、マネジメントの仕方にも個性が見られる。自分からやって見せるタイプがいれば、部下に好きなようにやらせておいてダメ出しを好む上司もいる。過去の実績を重視する人がいれば、読むことを好む人、聞くことを好む人がいるという具合である。
「もっと上手く部下をマネジメントしてくれと」と心の中で叫んでも、上司と自分の関係は、ストレスの種が大きくなるだけで決して良好な関係には進化しない。上司を再教育したくなるが、そんなことを提案しようものなら、多くの場合、上司と部下の関係はさらに悪化するのが落ちである。それだけ上司は、部下から指示されることを最も嫌うのだと思われる。従って、上司の仕事の仕方だけでなく部下のマネジメントの仕方についても、それを上司の個性として認めることからスタートせざるを得ない。このスタートラインに立たなければ、上司と協力して成果を達成することはできない。
朝に強い上司には、自分の心身のコンディションを朝に合わせておくのはもちろんだが、午後、上司が消極的になる場合、それを補う積極的な言動が好まれる場合も少なくない。
陽気な上司もいれば、陰気な上司もいる。酒好きもいれば酒嫌いもいる。ドラッカーは、上司も部下もそれぞれの相手の欠点に目をつぶれという。さらに上司の弱みを補完し安心感を与えて部下への信頼を持ちやすくすることが大切であると説くのである。(注4)

■報告と相談すべきこと。

上司であるということは、部下の仕事を知っていて説明できる(例えば、上司の上司に対して説明する)責任があることはいうまでもない事だ。「経営管理者とは、正しく定義するならば、自分の仕事にかかわりをもつすべての人の仕事ぶりについて、責任をもつ者である。」(注5)とドラッカーは言う。
このような上司の仕事を手助けするためには、進んで報告や相談をすることが大切である。それも定期的に行うことが大切である。このような報告と相談の場面でも上司の個性を知っておいた方が効果的である。例えば、読むことを好む上司には、数字やしっかりとした説明文が好まれるだろうし、読むことが好きではない上司には、グラフや図解が好まれる傾向があるから、それに合わせて報告書を作成する必要がある。一般に会議が定期的に開かれることが多い日本の職場では、定例の会議以外にどの程度の報告をどのようにしたら上司の役に立つのかを日頃から上司の本音を聞いておくことが求められる。また臨時の報告の仕方は、上司から求められた場合だけで良いのか、どうか。その場合は、書いたものが良いのか、口頭でも良いのかなどである。
相談すべきことの場合は、かなり事前から相談をしておいた方が好まれる場合もあれば、仕事の節目を定例会議などで前もって伝えておき、その節目のところでまとめて相談する方が好まれる場合もある。特に仕事に関わる悪いことについては、いち早く報告相談することが、信頼を得る鉄則であることは言うまでもない。これはドラッカーが一番大切にする誠実さ(注6)に関することでもある。

■上司を予告なく驚かせてはいけない

定期的に報告することが必要であっても、上司の不意をついて驚かせることは危険が伴う。例えば、重大なクレームを定例の会議で上司に前もって知らせずに披露したらどうなるだろうか。自分と上司との信頼関係が崩壊するだけに留まらないだろう。一方、良いことであった場合でも、会議の出席者には新鮮に聞こえても、事前に知らされなかった上司は、軽んじられていたことを皆の前で明らかにされたことで、不快感を感じても不思議ではない。「不意打ちから上司を守ること。(たとえそのようなものがあったとしても)喜ばしい不意打ちからさえも上司を守ることが、部下たる者の仕事である」(注7)とドラッカーはいう。確かに不意打ちされた上司は、部下に裏切られたと感じるかもしれない。上司は部下となんとか信頼関係を築こうと思っていると善意に考えたい。その場合、予告なく、しかも上司が驚くような情報や言動を皆の前で披露することは、上司との信頼関係を自分から崩壊させる愚行だと思われる。

■上司を見下してはいけない

会議での発言も少なく、普段の仕事のやり方にもどこか頼りなさを感じる上司がいたとしよう。そのような上司は、部下から信頼を得られることはないと思われる。しかし、その上司が部下をもっているということは、過去に何らかの実績を会社から認められたからに違いない。会社の人事であるから理由は必ずある。たまたま偶然にそうなったということはまず考えられない。かといって上司が自分の上司になった理由をあれこれ詮索しても意味が無い。簡単に解ける方程式で人事が決まった例がまずないからである。「上司を高く評価しておくことには何の危険もない。最悪の場合でも、ごまをすっていると感じられるぐらいのものである。」とドラッカーは説く。(注8)

■MOTリーダーの心得

組織の中では、一部の例外を除いて、誰にでも部下がいて上司がいる。つまりMOTリーダーは、上司であるMOTリーダーのメンバーであり、部下のMOTリーダーの上司であるということである。ドラッカーが説いたマネージャーの5つの基本的な仕事(注9)の中で、人をマネジメントする重要な行動は、「部下とコミュニケーションすることで、動機づけられたチーム意識を築くこと」「仕事の結果をもちいて部下と(あるいは上司と)一緒に成長すること」である。会社から期待されている目標を、上司と部下が達成するには、相互にマネジメントするしかない。これが現実だとドラッカーは説くのである。
<注の説明>
(注1)(注9)テクノビジョン(2009.03)「PDCAを経営成果に結び付ける『もうひとつの技術』〜自己目標管理で技術者の能力を120%引き出す〜」に詳しい。
(注2)(1)pp199-202.
(注3)(1)p199.
(注4)(1)pp201-202.
(注5)(1)p200.
(注6)(2)p30.
(注7)(1)p203.
(注8)(1)p203.
※参考文献
(1)「未来企業」P.ドラッカー、上田惇生、佐々木実智男、田代正美訳、ダイヤモンド社。
(2)「マネジメント(中)」ドラッカー名著集、P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。


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