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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (7)】

何のための管理手段か
〜部下が自ら育つ環境をつくる〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
部下の強みを生かして職場やチームの成果に結びつけようとすれば、部下のモチベーションに力をそそぐリーダー像が浮かび上がる。これが正しく実践されていれば、部下は、自分は上司から強く関心をもたれており、支えられているという実感をもつに違いない。 だからといって、そのような部下が上司であるリーダーの期待通りの成果を出してくれるという保証はない。これを放っておいては成果をあげるというマネジメントの第一の使命を放棄したことになる。チームの成果をあげる確率を高めるためには、結果がでるまで待つのではなく、パフォーマンス(状況や部下の働きぶり)をみる何らかの管理が必要であることはいうまでもないことだ。ドラッカーもいわゆる“管理(かんり)”を否定しない。

■一般的な管理手段の弊害

部下に対して何も管理しないという放任を除けば、何らかの管理を行っているという会社が一般的である。期初に行われる上司との面接を通じて、部下の業務目標を決め、半年後にその結果を評価する。このような目標管理制度(注1)は、かなりの会社で採用している。この目的は、一定期間内の成果を評価しようとするものであり、あくまで結果評価とでもいうべきものである。したがって、パフォーマンスは部下の胸の内であり、リーダーから見れば、ブラックボックス化された部下の仕事ぶりは不透明である。
著者が独自に調査したところによると、日常的な部下の管理の実態は以下のとおりである。部下の仕事ぶりの管理手段としては作業報告があるが、日報であろうと週報であろうと、習慣化されている企業はきわめて稀である。実行している企業のそれは、作業の記録としてかなり事細かに書いているものや、メモ書き程度のものまである。残念ながらいずれの場合も、書いた部下も書いた先から忘れるほどであり、リーダーも作業報告書に検印を押すという習慣化された作業を行っているに過ぎない。結果的にITに蓄積されたゴミになっているのではないかと思うほどである。
また管理手段が目的になってしまうほど窮屈なものはない。管理する側もされる側も管理のための管理手段として作業報告を使わされることほど苦痛なものはないし、管理手段さえ使っていれば、仕事をしているとの錯覚さえも起こりうる。

■ドラッカーの管理手段の考え方

ドラッカーは、「管理手段の目的は、人間の働く動機を方向付けすること」にあるといい、どうあるべきかについて以下の3つをあげている。(注2)
  1. データを取ることがビジョンを生みだすため、何のデータを取るかが大事である。
  2. 成果に焦点を合わせる必要がある。内部データだけではなく、組織の外に存在するデータをいかに入手するかを考えること。
  3. 定量化できない定性的なデータについても管理する必要がある。
その上で、仮に優れた管理手段によって優れたデータを手にした場合でも、マネジメントが行われていることにはならないと説き、管理手段はマネジメントに必要な一部の情報を与えるに過ぎないことを指摘している。

■成果をあげる管理手段の7つの条件

それでは実際に管理手段を考える場合、いかなる点について注意すべきだろうか。これに対して、ドラッカーは、成果をあげる管理手段の条件として以下をあげている。(注3)
  1. 経済的であること(economical);管理に要する労力やデータは少ないほど良い。最初に、最小限必要なデータは何かを明らかにしてから管理手段の設計を行うこと。
  2. 意味があること(meaningful);事業上の重要なデータに絞り込むこと、データに基準を決めておき定期的なサンプル調査を行うことなども有効である。
  3. 適切であること(appropriate);データは事象の構造に合った適切なものであること。ある部署に特有の現象であるにも関わらず、全社的なデータとして取り扱ってはならないなど。
  4. 事象の精度に合致すること(congruent);精緻さにこだわるよりも「より大きい」「より小さい」などの情報の方が効果的である場合もある。
  5. 時間間隔が適切であること(timely);「植物の種を撒き、芽が出たら引き抜いて根を観察するようなデータの取り方をしたら、植物は死んでしまう」から、そのようなデータの取り方(リアルタイム)は良いとはいえない。
  6. 単純であること(simple);人から管理手段の目的と方法を聞かれて、答えられないほど複雑なものは、その管理手段の設計をやり直したほうが良い。
  7. 実用的であること(operational);報告、調査、数字などデータとなるものはすべて行動を起こすべき人に伝達されるように管理手段を設計すること。
IT業界ではデータ処理はリアルタイムが重要だとの声を聞くが、ドラッカーは、リアルタイムにデータをとることは、マネジメントにおいて好ましいことではないとまで、述べており興味深い。

■部下本人がフィードバックできること

管理手段の例として業務報告をあげたので次頁の図を見て欲しい。部下に業務報告をさせることは、管理手段の第一歩である。「ホウ・レン・ソウ」の「ホウ(報告)」である。
それぞれの業務担当者である部下が「どんな仕事をして、その成果は何だったのか、どれだけの時間をかけたのか」が基本である。仕事には目的があるから、その目的を達成するための仕事ぶり(パフォーマンス)を知るためには、業務報告書式にあるこれらの項目データは必須であると考えられる。
その他の項目といえば、職場ラインの仕事にしても他部署との連携の仕事にしても、プロジェクトというとらえ方をするケースが増加していることから、どのプロジェクトに関係するデータかを合わせて報告してもらう。
ドラッカーによれば、「管理手段の目的は、人間の働く動機を方向付けすること」にあるから、報告されたデータは一定の間隔で担当者(メンバー)それぞれに伝達し、担当者自身がその情報をもとに自ら仕事の改善をするという、フィードバックができるように管理手段全体の仕組みを設計する必要がある。
品質や進捗(しんちょく)に関するデータについても、時間データと比較するなどして、品質の低下傾向や進みや遅れ傾向といった新しい情報をもたらす管理手段が望ましい。

■部下が自ら育つ人事マネジメントの必要性

いかに優れた管理手段と優れたデータを手にしても、人が仕事をする動機付けとしては、
一つの要因になるに過ぎない。人は機械のように数字で制御される存在ではないのであって、賞罰によって左右される傾向が強い。したがって管理手段の設計は、人へのマネジメントである人事管理を抜きにはあり得ないとまで、ドラッカーは云うのです。
マネージャーの5つの仕事(注4)にある人材の開発は、リーダーの自分と部下の人材開発を行うことである。その結果、部下がリーダーの期待に沿って成長してくれるという保証はない。だとしてもリーダーとして成すべきことをするのが仕事である。リーダーは部下を放任するのではなく、声をかけて励ましたり、得意分野のレクチャーをしたり、現場指導したりする姿をリーダーが自ら見せることが大切である。このようなリーダーを見れば、部下は心を動かされて自発的に自らの成長目標を決め、それに向けて自ら育つ意思を固めることも多くなるはずである。部下が期待した結果を出したとき、心を込めて褒めることもリーダーの仕事である。このような環境をリーダーがつくれば、フィードバック情報を得た部下は自分の力で育つのである。

■MOTリーダーの仕事

例示した業務報告を使うことで、進捗、生産性、品質、コスト、コミュニケーション、機密情報のやりとりに関するリスクを知ることも可能である。このような管理手段から、チーム全体のパフォーマンスデータを得ることで、適切なマネジメント活動を行うのがMOTリーダーである。

<注の説明>
(注1) 目標管理は、ドラッカーが「現代の経営」で用いた“Management by Objectives and Self-control”という管理概念が源流であるといわれている。ただ、残念なことに、提唱者のドラッカーの意図とは違った使われ方をしているがために、広く行われている目標管理の効果は限定的でありかえって弊害も指摘されている。
それではドラッカーが意図した“目標管理”とはどういうものかかについては、本連載の中で、後日、とりあげることにしたい。
(注2) (1)ppp158-164
(注3) (1)pp164-174 (2)pp498-505
(注4) テクノビジョン(2009.03)「PDCAを経営成果に結び付ける『もうひとつの技術』」に詳しい。
※参考文献
(1)「マネジメント(中)」ドラッカー名著集、P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社
(2)「Management: Tasks, Responsibilities, Practices」Peter.F.Drucker./Harper Perennial.


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