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【連載:世界一の品質を取り戻す28】

検証・日本の品質力
電機業界世界No.1企業サムスンの「光」と「陰」
−そこから見えてくる日本の新・成長戦略−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

日韓併合条約の締結から丁度100年目の今年8月22日、韓国の聯合ニュースは「過去の対日コンプレックスを乗り越え、世界市場での日本企業を負かしたという朗報が国民に希望を与えている」と伝えている。近年韓国の企業が数字の上で次々と日本企業を凌駕している事実を指してのものだ。その代表的企業のサムスン電子(本社ソウル特別市、以下サムスン)だ。同社と日本の電機産業の最近の業績を比較してみると(サムスンは2009年12月期、日本企業は2010年3月期)、パナソニックが1000億円以上、ソニーが400億円以上の赤字に沈み、他の主要企業が不振にあえいでいるのとは対照的に、サムスンは約7300億円の純利益を出し世界の電機業界を席捲している。また株価の時価総額でも約9兆円とパナソニック、ソニーの3倍に達している。
海外の主要消費国で日本メーカーが苦戦を余儀なくされているのを尻目にサムスンは薄型テレビ、半導体メモリー、液晶パネル、携帯電話などの分野でシェアトップ、あるいは第2位の地位にある。
韓国も日本同様、先進国にキャッチアップするため、ベストプラクティス商品を徹底研究し、自前の技術を磨いてきた。大きく方向転換したのが1997年のアジア通貨危機。韓国はデフォルト寸前にまで追い込まれ、IMF(国際通貨基金)の傘下での再建を余儀なくされた。同国はこの危機を奇貨として、急成長への道を開いた。まず国策としてシンガポールが政府リードで産業を育成したように、各産業分野の統合による競争力強化を図ったこと。総合電機分野で言えばサムスンとLGエレクトロニクスの2社に整理してしまった。次に、一時30%以上に達したウォン安を逆手にグローバル市場をターゲットに輸出に全力投球したこと。そしてサムスンの例で言えば当時、急激に進展した「電子化」「デジタル化」に思い切って方向転換したことなどが挙げられる。従来の家電製品はマニュファクチャリング(工場制手工業)ないし「モノづくり」の世界であった。この領域では日本がダントツで他の追随を許さなかったが「電子化」の世界は異なる。中身が皆同じになるので、製品自体の品質は差がなくなる。差別化できるのは表面的にはデザインとコストのみになる。その典型がパソコンで、テレビやカメラも同じ方向に向かった。
この分野を強化するためにサムスンが行った施策は日本のエレクトロニクスメーカーからの技術者のヘッドハンティング、あるいは中小エレクトロニクスメーカーの買収だった。その間、日本企業は、技術は「自前主義」、そして広い裾野を持つ「総合化」の伝統を守ってきた。しかし電子化時代は、優秀な技術者が何人かいればモノづくりのような優秀な工員は不要で、あとは優れたデザインと低コストをいかに実現すればよいかに注力すればよいことになる。国内マーケットの中で同質的なメーカーが乱立し、お互いの市場を食い合ってデフレを加速させている日本の弱点に焦点を絞った韓国企業の戦略が現状、功を奏した格好だ。
最近の関連するマスコミの報道も「サムスンの強さの秘密」と言った礼賛の記事が多い。だが、その光の陰に潜む弱点はないのか。ここでは光と陰を探り、そこから見えて来る日本の新成長戦略を検証してみたい。

1.サムスンの急成長の秘密

韓国の貿易収支を見ると、他国には多額の貿易黒字を出しているにもかかわらず、日本に対する収支を見ると2倍以上の赤字となっている。つまり日本から部材、部品を大量に購入して製品を作り、外国に輸出をして儲けている構図が浮かび上がってくる。サムスンの経営幹部が携帯電話を例に言う。
「日本の携帯電話は質感から機能まで申し分なく、素晴らしい出来映えだ。サムスン製の携帯電話は日本の部品を使い日本の技術を応用しているので、いくらがんばっても日本製の85%程度のクオリティの製品しか作れない。しかし我々は日本製の定価の75%で販売することができる。この10%の差がサムスンの優位性を発揮しているのです。」
従来、日本企業がグローバル化を叫ぶ場合、アメリカ市場、西ヨーロッパ市場、アジア市場など別個に存在すると認識されてきた。しかし、サムスンを代表とする韓国企業はそれぞれの市場のボリュームゾーンは均一的グローバル市場があると見て、それに照準を合わせた。それを電子化の波が後押ししたのだ。その製品戦略に基づいてグローバル調達の目と腕を磨いてきた。トヨタが米国で引き起こしたアクセルペダルの品質問題(米国部品メーカーのペダルを使用)はグローバル調達の品質管理の難しさを示しているが、サムスンをはじめとした韓国企業の凄さは「他社の部品を活用して生産する」ノウハウを確立したことにある。世界調達で低コストの部品を縦横に活用しながら、肝心のところは日本製の高品質部品を使う。その見極めのノウハウを磨いてきたのだ。
もうひとつの特徴が「地域専門家」の存在である(世界68ヶ国に約4000名を派遣)。1年間、その地域に生活し、徹底的に風俗・習慣・地域特性・個別ニーズを探り(言語を含む)本社へレポートする、徹底した現地化政策である。それに基づいて、グローバル製品の中に1点だけ地域ニーズを加味し差別化を図る。例えばインドにおける「カギ付き冷蔵庫」の例がある。使用人に食品を盗まれてしまうためカギ付きでないとインドでは冷蔵庫は売れない。
そしてスピード感を持って決断すると同時に、投資を大胆に行う。例えば中国に工場を建設する場合でも日本の10倍の投資を行い、価格差を武器にシェア獲得を早めるという戦略を打ち出している。
かつて日本がモノづくりで成功したのは自社製造あるいは運命共同体的な下請け企業を育成し、そこで製造された部品を使用することで品質を担保してきた。ソニーやパナソニックなどの大手メーカーは傘下の企業を熱心に指導し、資金面でも徹底的に面倒もみた。こうして非常に優秀な下請け企業群を育て上げ、放っておいても優れた部品を作れる自律的なシステムが完成したのだ。しかし、この日本型システムはバブル経済崩壊以降の製造業の課題である「ハイスピード」「ローコスト」経営の足枷になってしまったことに、経営者皆気付きながら脱却できないできた。新しい分野に参入する、あるいはニューカテゴリー製品を市場投入する場合、この日本型システムでは時間とコストがかかりすぎて、せっかく高品質でよい製品を世に出しても極めて市場競争力の弱いものになってしまう。特にデジタル化商品ではその傾向が強くなる。
その日本の弱点に気付き、一点集中で日本のシェア奪取の戦略に出たのがサムスンだった。当初はR&D部門をなくし先端商品の開発は日本に任せ、それを徹底的に研究し尽くすことで新たな世界ボリュームゾーン向け製品を開発し直し、スピードと価格差を武器にシェア確保、利益増大を図ってきた。因みにサムスン社内では絶えず「パリパリ」(より早く)という言葉が飛び交っている。
サムスン経営のキーワードに「スピード」「コスト」「現地化」(グローバル化)などがあるが、そのほかに「デザイン」「ブランド」強化策がある。デジタル化の波は品質・性能・機能の均質化をもたらしているため差別化の方向はいかにコストを抑えるか、デザインで差をつけるか、いかに消費者にブランドイメージを植えつけるかにかかっているとサムスンは重視している。デザイン部門の拡充も急ピッチで、最近10年間で約20名程度だったスタッフ数を1000名強に拡大、東京デザイン質を設置、江戸文化などの研究も進めている。その成果として国内の工業デザイン賞をほぼ独占、380もの賞を獲得している。
またブランドイメージ作りにも熱心で世界の著名な展示会で常に最大の展示スペースを確保、さらに世界中の空港や幹線道路沿いに巨大な屋外広告を設置、これでもかとPRを強化している。

2.指摘され始めたサムスン経営「影」の部分

韓国企業における大企業の数は3000社程度だが、中小企業の数は300万社。その格差が日本以上に広がっている。大企業に勤める人は150万人、一方の中小企業はおよそ1200万人、その所得格差もまた拡大の一途を辿っている。
最近10年の韓国企業の躍進の背景には国民の中に存在する「ハングリー精神」(日本は失っている)があると言われるが、その反作用として過激な受験戦争に見られるような兆競争社会を出現させている。産業界においても伝統的な年功序列制が崩れ、行き過ぎとも思える成果主義が広がった。「コリアンドリーム」を獲得するには有名大学に入学し、大企業に就職し、出世競争を勝ち抜くことだが、結果として敗残者が数多く出現することにつながる。これが自殺者の増大につながっている。ソウル大学など一流大学の成績上位者はサムスンなど大企業に就職、人材の偏りがますます中小企業との技術差を拡大させている。
大企業に入社しても過酷な競争が待ち構えている。サムスンの場合社員数は約8万500名(国内のみ)だが、役員(年収は数千万円から10億円)にまで上りつめることができるのは1%弱。その大半も経営者一族が独占している。30歳台後半で課長になれるが大半はここで昇進ストップ。多くが退職を余儀なくされる。また部門によっては「ボトム10」(成績下位10%)切り捨て制度があり、その退職者にも韓国社会には再就職口が用意されていない。
韓国企業はウォン安を背景にグローバル戦略を拡大させてきたが、その結果として株式の外国人保有も進んだ。サムスンは49%、製鉄のポスコは50%強、現代自動車も約40%を外国人株主が占めている。しかし、一方で役員を財閥一族が占めるなど、ガバナンスのグローバル化は進んでいない。
また、前述したように世界調達によるコスト重視にシフトし、基礎技術の開発をおろそかにしてきたツケが回ってきている。代表的なのが世界各地で起こっているサムスンを被告にした大規模国際特許訴訟だ。例えば台湾の産業技術研究所(ITRI)が米国で提訴した携帯電話と半導体、ディスプレーなどキー部品の技術特許侵害訴訟、米国のフラッシュメモリー大手のすペンション社によるMP3、携帯電話、デジタルカメラ用フラッシュメモリー3件の特許侵害訴訟、日本の村田製作所によるセラミックコンデンサー製造特許侵害訴訟など世界各地で知的財産権問題が相次いでいる。
一方国内においても日本の優越地位の乱用に当たる下請けいじめに対する公正取引委員会によるサムスンの摘発が相次いでいる。内容は一方的に下請けに対する支払いを7〜10%削ったり、投資リスクを中小企業に押し付けたり、設備投資費用を下請けに一方的に負担させたり内容は様々だが、これも過度なコスト引き下げの結果ともいえる。また社内的にはコンプライアンス軽視の風潮が垣間見えるのも問題だ。このコンプライアンスとCSR(企業の社会的責任)が同社の大きな問題になると指摘する声が強い。
社会全般で見ると不十分な社会保障制度による貧富格差の拡大(サムスンは福祉制度の充実を懸命にPRしている)、超少子化で次世代を支える若年人口の不足、高い若者の失業率などが挙げられている。

3.韓国から見えて来る日本の新・成長戦略

経済産業省が新たに韓国部を設置して、同国急回復のポイントを研究し、次の成長戦略の参考にしようとしているようだが、研究するまでもなく日本の経営者は十分理解しているはずである。韓国がモノづくりの覇道を求めるなら、日本はそれの王道を究極まで求めることである。日本の産業の強さは全ての産業分野を網羅していることで、儲けが薄くともギリギリでも支えていること。そしてローテクからハイエンド商品まで最適に物が作れる能力を備えていることにある。今後の成長を図るためには、ベストプラクティスの技術開発を怠らないことに加えて、世界のボリュームゾーンを対象とした中級・ローコスト製品の投入にも心配りを怠らないことである。
今後、ますます下請け企業の淘汰が進むのは必然といえる。かつてオイルショックの苦境に喘いでいた中小下請け企業の中から、現有の技術を活かして新用途開発を行ったように、自立の道を開拓する努力をしなければ生き残れない。
セットメーカーについて言えば、一部グローバル商品を開発、世界のボリュームゾーンを対象とした製品戦略を打ち出しているが、まだ「自前主義」から脱却できず、限られた範囲内でしかコストダウンは進んでいない。そして、まだ見劣りのするのが「真の現地化」と「マーケティング力強化」である。その解消に効果を発揮すると思われるのが、消費地の周辺地域の企業と組むアライアンス戦略である。そしてOEMのような単純な下請け的扱いでなく、いわゆるODM(相手先ブランドによる設計製造)で、設計まで踏み込んだ委託契約に切り替える戦略に出るべきである。つまり上下関係でなく対等なパートナーとしての関係を結び、設計、生産計画、販売戦略まで一体化してゆく。それが日本の強みであった「自前主義」の呪縛から解き放たれることにもつながる。その有力国が台湾およびASEAN(東南アジア諸国連合)であり、同地域に日本の要望に叶う企業が育ち始めている。こうした戦略がカントリーリスクのヘッジにもつながる。


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