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【連載:世界一の品質を取り戻す27】

検証・日本の品質力
2012年までの世界自動車メーカーのEV戦略が出揃う
−ベンチャー企業林立と国家間の技術開発競争が激化−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

トヨタ自動車(トヨタ)と米国電気自動車(EV)メーカーのテスラ・モーターズはこのほど、トヨタのスポーツ用多目的自動車(SUV)「RAV4」をベースにしたEVを2012年に米国で販売することで正式に合意したと発表した。トヨタはテスラ社と共同開発中の試作車(「RAV4」をベースにしたもの2台)を8月までに完成させ、同社の米開発拠点で安全性や耐久性を確かめる走行実験を実施する計画を明らかにしている。テスラ社との共同試作車は日本製のパソコン用リチウムイオン電池を約6800個つなぎ合わせたEV用電池(30種の特許を保有)を搭載する。
またEV計画を明確にしていなかった本田技研工業(ホンダ)は7月20日伊東孝紳社長が今後のハイブリッド車(HV)、家庭の電源で充電できるプラグインハイブリッド車(PHV)などとともにEVの将来戦略を明らかにした。それによると同社はトヨタと同様、2012年までに日米両市場にEVを投入する。米国ではカリフォルニア州などでEVの販売を義務付ける法律が施行されることになっており、これに対応するためEV開発体制を強化すると共に米グーグルなどと共同で今年中に実用化に向けた実証実験を始める計画にしている。これで世界の主要自動車メーカーのEVへの取り組みがすべて出揃ったことになる。
最近のデータによると、国別エネルギー使用量(石油換算)で、中国が米国を抜いて世界一になった。今後ますます人口大国である新興国の所得中間層の飛躍的増大によってエネルギー争奪戦が激化し、石油コスト高(枯渇時期が早まる)が加速することは明らか。よってガソリン車からEVに切り替わる時期は予想外に早まるかもしれない。
2012年のEV新時代に向けて、今はその助走期といえる。EVのキーコンポーネンツはモーターとバッテリー。世界中でEVベンチャーが林立する中で、従来の自動車メーカーとの技術競争も激化している。他の車への応用も含めて、EVの動向をレポートしてみたい。

1.米国市場では3回目のEVブーム

EVの歴史は今から100年以上前、エジソンが電気の社会生活への応用の延長線上として誕生した。よってガソリンエンジン車よりも歴史が古い。しかし、その後間もなく米国を始め地球上で油田が次々と発見され、安いガソリンが大量に出回るようになり、ガソリン車が急速に発展、モータリゼーションの発達が石炭の英国と米国の石油をバネとした自動車産業が世界をリードするようになり、世界最大の経済大国になるとともにEVの研究は後方に追いやられた。
2度目に注目されたのが1970年代。「ローマクラブ」により石油の将来に限界が21世紀初頭には来ると発表、オイルショックも重なって、石油に依存しない車の開発が再び注目された。ソーラーカーが出現し、GMはロジャー・スミスCEOの時代に「コルベット」のEV仕様車をモーターショーに出展、注目を集めた。次にGMは本格的EV「EV1」を戦略車「サターン」の販売網を通じて販売、生産を開始した。「クールで速い」「音も静か」「家庭のプラグにつなぐだけで便利」というEVユーザーの高い評判に同社は2003年までに全自動車生産の10%をEVにしたいという強気の将来像を描いてみせた。フォードも追随した。だが、その後のGMの経営者はEVの販売にそれほど熱心ではなかった。約4000名の「EV1」スタッフを用意したが、それはリース要員だった。
その後、石油業界の強い後押しで大統領になったG・ブッシュは10億ドルの予算で燃料電池車の開発計画を発表、一部の批判である航続距離・最高速度・価格高・充電設備(パワーステーション)の未整備などのEVの弱点が声高に主張され、大気資源局の反論などはかき消され、公聴会でEV普及の夢はつぶされていった。結果、EVはリースのみとされ購入は認められなくなった。GM、フォードへの抗議も殺到、GMは1日4台というコスト高もあって2001年にEV1の生産を縮小、2004年の最後の1台で生産中止、社会からEVを抹殺してしまった。結果、世界をリードしてきた米国のEV開発の歩みは大きく遅れることになる。ビッグ3の新カテゴリー車開発の停滞が米国自動車産業の衰退の遠因になってしまったという指摘もある。そして3度目のブームがベンチャーを主体とした現在のEVブームということができる。

2.EV技術で先行する日本、急追する欧・米・中の構図

1970年代、米国に第2次EVブームが起きたのは当時の学説では21世紀初めにはオイルピークが訪れると予測されたことによるもの。それが一気に沈静化してしまった背景には新油田の開発、海底油田の開発、その後にもオイルシェールが控えていて、コスト高は進むもののオイルピークはまだ30年、50年先という楽観論が出たことによる。だが最近、エネルギー(石油換算)使用量で中国が米国を追い抜いたことが報じられたように、今後人口大国の経済成長がオイル争奪戦に拍車をかけることが明らかとなり、世界的な地球環境保護の高まりと相まってポスト石油時代の自動車(その他移動手段も含めて)の開発を急ぐことが眼前の課題となって浮上してきた。
オイルショックで一番痛手を被ったのが日本だった。この危機をバネに省エネ、省資源技術の開発に力を入れ(軽薄短小時代を世界に先駆けて拓く)環境技術で世界をリードしてきたのは周知の事実である。自動車の分野においてもエコカーの開発に力点を移し、ハイブリッド車の開発、EVの分野でも現在のところ世界をリードしている。
バッテリーでモーターを動かし、ペダルを漕ぐ力を補う電動アシスト自転車。この分野にいち早く産業化したのも日本だった。世界で初めてヤマハ発動機(ヤマハ)が1993年、電動アシスト自転車「ヤマハPAS」を発売、徐々に認知度を上げブームを作った。2001年には年間販売台数が20万台を超え、2008年には年30万台を突破、このところ年間2ケタ成長を続けており、市場の縮小が続いている。50ccの原付バイクを追い抜いた。電動アシスト自転車市場において現在のトップシェアを保持しているのはシェア40%のパナソニックサイクルテック。
電動バイク市場は今年、本格普及元年を迎える。この分野に初めて進出したのもヤマハ。2002年に電動バイクを開発、市場投入した。しかしバッテリーの不具合から2007年に販売を中止した経緯がある。しかし今年9月、「EC−03」で再参入することをこのほど発表した。一方、ホンダも今年12月から業務用発動バイクをリース販売する計画を持っている。
ヤマハの「EC−03」は原付1種に相当、重量はガソリン車より30%程度軽い56キログラム。家庭のコンセントから充電でき、フル充電(約6時間)で航続距離は一般使用で約25キロメートル。価格は25万2000円(政府の補助金最大2万円の交付あり)で今年度、国内1000台の販売を目指す。計画では来年、欧州と台湾で発売し、業務用などの機種も拡充する。そして5年後には世界を視野に50万台まで伸ばし「将来はこの分野で世界トップシェアを図りたい」としている。問題はまた航続距離に難があること。これを伸ばすには電池搭載量を多くすることだが、そうすると重くなり、価格が上がってしまう。競合するガソリン車のスクーターが13万円前後、現在では中小輸入代理店が中国製電動バイクを20万円以下で販売していることから、強力なライバルとなる。ヤマハでは1回の充電の電気代が約18円という経済性や、中国製に勝る性能・信頼性を強調しているが、今後のリチウムイオン電池の量産によるコストダウン、性能向上に期待している。これに対応したのが三洋電機。このほどヤマハの電動バイクに搭載する新リチウムイオン電池システムを発表した。長さ6.5センチメートルの円筒形のリチウムイオン電池112本を組み合わせたもので充電は家庭プラグから。約6時間の充電で時速30キロメートル、航続43キロ走行できるもの。 自動車に目を移すと早くから低公害車、低燃費車に積極的に取り組んできたのが日本。現在エコカーブームを牽引しているのがハイブリッドカー(HV)といえる。今後を見てもガソリン車での燃費向上は20〜30%しか望めないところから、またEVの解消しなければならないネック項目の解決に20年程度かかるとして、その間はHVに頼らなければならないという事情がある。そのキーとなるのが家電やパソコン・携帯電話などで培ったリチウムイオン電池技術。日本で開発されたこの技術の性能向上合戦がHV、PHV(プラグインハイブリッド車)、あるいは当面のEVにおいてもキーコンポーネントとなる。
EVで先行しているのは三菱自動車と富士重工業。ともに昨年、三菱自は「アイ・ミーブ」を、富士重は「プラグインステラ」(法人向け)を市場投入している。また、日産自動車(日産)は今年末に「リーフ」を発売すると発表済み。
海外に目を向けると今年11月にはビッグ3の先陣を切ってGMが個人向けEV「シボレー・ボルト」を発売する予定。またドイツのダイムラー社は今年3月、中国のリチウムイオン電池メーカーの比亜迪(BYD)と中国向けEVの共同開発で提携したと発表している。そのBYDは今年3月、初のEV「e6」を深<セン>市のタクシー業者に100台納入すると発表している。韓国は2011年からEVの量産を開始、20年には国内のEV普及率10%を目指す計画を発表している。
一方、北欧のノルウェーではシンク社が小型EV「シンクシティ」の生産を再開している。シンク社は1999年EV事業を開始したが資金が続かず中断していた。米フォード社からの資金援助を受けて生産を再開、充電インフラが整いつつある首都オスロ市でシティコミューターをEVとして販売を開始した。同社は最長航続距離180キロメートル、最高速度100キロメートル、充電時間は9時間から13時間。伊藤忠商事はこのシンク社と提携し、シンクシティを独占販売する。伊藤忠商事は、シンク社は4億5000万円を出資(発行済み株式の4%に相当)、日本を含むアジア市場で、2015年までは年間3000万台以上販売したいとしている。冒頭で紹介したとトヨタとホンダのEV戦略が明らかになったことで、既存の大手自動車メーカーが次の一手をどう打ってくるかが注目される。

3.ベンチャーが活躍しやすくするEV環境

EVの価格を決めるのはモーターと蓄電池の性能だというのは前述した通り。ガソリン車は一般的に3万〜5万点の部品で構成されているのに対し、EVは1万点程度だといわれている。よって既存の自動車産業のような広い裾野を持つピラミッド型の部品産業群は必要ない。EVはいってみれば動く家電製品ともいえる。ベンチャーが参入し易い環境にある。中国など新興国が固定電話(配線が必要)を跳び越して携帯電話を一気に普及させたように長い時間をかけて産業群を育成する必要がない。いつでも誰でも参入できる環境にある。そこですでに参入したEVベンチャーの例を紹介してみたい。
産学連携で昨年8月に立ち上がったのが「シムドライブ」。慶応大学の清水浩教授の提唱するEV技術普及のためのベンチャー企業である。その特徴は(1)インホイールモーター(車輪内に駆動モーターを直接組み込む)、(2)コンポーネントビルドイン式フレーム(電池やインバーター、コントローラーを床下内に納める)――などの技術を推奨し、動力の有効活用や居住スペースの増大、構造の単純化などの利点を追求する。また、この技術を公開することによって、デファクト化、異業種の参入もし易くする。2013年には10万台の量産化を目指す方針。目標は1回のフル充電で走行距離を従来型EVの2倍の300キロで、価格は200万〜250万円を目標としている。
京都のベンチャー企業、オプトニクス・エナジー社は鳥取県米子市の日本たばこ(JT)の工場跡地を買い取り、EV工場に再生すると発表している。また工場全体に太陽光発電設備を多数導入し、街全体をエコタウンにするとともにEV充電設備を配備し、EV普及のインフラ整備を目指すことで自治体と調印した。EV試作車を早急に作り現在開催中の上海万博に出展させたい考え。そのため日産や独アウディのデザインで活躍した和田智氏を新たに採用している。今後、モーター、電池の開発が進み差がなくなると残された競争はデザインということになる。現在、すでに有名デザイナーの囲い込み競争が始まっている。
広島市の対馬エレクトロニック社は新技術モーターの開発に努め、改造EVの普及に乗り出す方針。改造キットを12万円(配線図のみ)で販売し、エアコン不要で最高60キロメートル、航続距離40キロメートルのチョイ乗り用EVタクシー用に販売する計画。
そのほか、自動車の都市、静岡県浜松市では車関連の中小企業や静岡文化芸術大学などが集まって、2008年11月に立ち上げたNPO「浜松スモーレスト・ヴィークルシステム・プロジェクト」(HSVP)などがある。大学が設計したモーターやプラットフォームに、参加した中小企業が持ち寄った部品を組み合わせたEVを作成するというのがプロジェクトの目的。
このように世界では1週間に1台の新しいカテゴリーのEVが発表されるほど、ベンチャーの参入が相次いでいる。

4.EVの競争は国家間の競争でもある

前述したホンダの伊東社長がこれまでの沈黙を破ってEVに進出することを表明した背景には、ポスト石油時代の自動車産業の生き残るためには今後10年の次世代車を研究しておく必要を痛感しているからだといわれている。EV、燃料電池車など幅広くチャレンジしておかなければならないというのだ。
世界では官民あげてEVの研究を進めている。日本では(独)新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)が昨年度から7年プロジェクトで「革新型蓄電池先端科学基礎研究事業」を、予算210億円でスタートさせている。京都大学のほか6大学、トヨタ、ホンダ、日産、GSユアサ、パナソニックなど12の企業、3つの研究機関がコンソーシアムを組んで、現在の先端蓄電池の3倍以上のエネルギー密度を有する新充電池を開発しようというもの。
一方、中国も上海に中国科学院上海ケイ酸塩研究所と上海電力公司が共同で大規模な電池研究基地を開設、急ピッチで研究を進めている。NAS電池ではすでにバッテリー容量100キロワット級の蓄電システムを開発済み(特許取得)。すでに中国は日本に次ぐ蓄電池の技術および生産大国となっている。
米国はオバマ大統領の方針で2015年までにPHVを含むHVを100万台普及させる方針。独も2020年までにEVの100台普及を目指す考え。
EVにおいて勝負を決めるのは、以下に容量の大きい充電池および高効率のモーターを開発するかだが、インフラとしてのパワーステーションの拡充整備、劣化の早い充電池のリサイクルシステムの確立など課題も多く残っている。


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