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【連載:MOTリーダーのドラッカー「マネジメント」入門 (3)】

仕事の意味と目的(後編)
〜成果を出すために「協働」する〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
技術者にとって「仕事の意味と目的」を知ることは、自己実現に関わる問題である。自己実現のためだからといって、私利私欲に走っていいはずはない。「顧客は誰か?」の問いから事業を定義するのが、ドラッカーの顧客創造経営である。事業組織で働く人は、技術者であっても「顧客創造の目的」に沿った働きをすることで「仕事の意味と目的」を社会性も備えた自己実現に結びつけることができる。

■8つの目標領域

ドラッカーは、著書「現代の経営」(1954年)、「マネジメント」(1973年)において、事業及び企業の目的は顧客創造にあることを提唱した。またこれを実現するためには8つの目標領域((1)マーケティング、(2)イノベーション、(3)人的資源、(4)資金、(5)物的資源、(6)生産性、(7)社会的責任、(8)条件および制約としての利益)について、マネジメントは機能を果すことが重要であるとした。今回は(3)人的資源に補足を加えるとともに(4)資金の目標以降について解説する。

■経営資源の目標

人的資源の目標設定は、事業で必要とする人材像とその人数の目標設定からはじめる。採用に時間をかける必要があるのは、成果を出すのに強みを持った人材を見極めるためである。グーグルにしてもリッツ・カールトンにしても人の採用に時間をかけることは有名である。採用した人的資源については、企業内大学とまでいかなくても体系的な人材育成が必要になることはいうもでもない。カリキュラムは、技術や業務知識の教育に留まってはならない。技術者をはじめとする知識労働者の強みを生かし組織の成果を出すためには、ドラッカーの説く「マネジメント」を教養科目として教えることを検討すべきであろう。
物的資源の目標設定としては、製造メーカーであれば工場や製造設備は基本である。これらの能力については、マーケティングとイノベーションの目標を実現するために的確な量と質が確保されなければならない。また、機械や工場などの物的資源が期待した水準で能力を常に発揮させるための保守活動も必要になる。さらに資金の目標が設定されていなければならないが、これもマーケティングとイノベーションの目標を満たすこと、人的資源と物的資源を生かすことのために充分なものである必要がある。

■生産性の目標

事業は一般に経営資源を手に入れるところから始まる。手に入れただけでは何も生み出さない。事業活動というのは、経営資源を運用して経済的な成果をあげることである。この中核的な働きがマネジメントであるといっても間違いではないだろう。したがって、事業の目標設定には、生産性の目標が欠かせない。(注1)人的資源から見れば一人当たりの生産量、物的資源から見れば機械設備当たりの生産量、生産コスト当たりの生産量についての目標設定は、基本的なものだといえる。さらに、事業全体の生産性の尺度としては、付加価値(「製品・サービスから得られた収入」−「生産のために支払った支出」)があると、ドラッカーはいう。(注2)

■社会的責任の目標

粉飾決算、食品偽装、品質問題、公害問題など、企業の不祥事が後をたたない。しかも、経営者が関与しての組織的な不祥事も多い。金融商品取引法の改正(注3)や新会社法の施行(注4)などで内部統制が厳しくなったにも関わらず、このような社会的な不祥事が後をたたないのは経営者のモラルの低下だけでは済まされない。何故このようなことが続くのか。仕事をする人たちの「仕事をする意味と目的」の理解、およびそれを行動に移すときの方法や行動規範が一定の水準に満たないことにあるのではないかと思っている。この連載もそのような問題意識から書いている。
事業活動においては、製品やサービスという主たる成果を産出すれば、騒音や廃液、廃材、CO2などの副産物も社外に放出してしまうことが起こり得る。そもそも企業は「社会と経済によって有用かつ生産的な仕事をしているとみなされるかぎりにおいて、存続を許されているにすぎない。」(注5)としており、企業の社会的責任についてドラッカーは明解である。ユニクロの柳井社長も同じ意味のことを言っている。(注6)
一般的に、企業が放出する害をなす副産物は、限りなくゼロが目標であることは言うまでもないことだ。

■制約条件、未来費用としての利益

利益自体は経済環境や為替の変動の影響を受け易いし、そもそも財務上の数字に過ぎない面を否定できない。ここまで述べた7つの領域の目標を設定した後に、将来必要とすべき利益を考えることができる。ドラッカーは、利益は他の目標を達成するために必要であり、将来の費用であると述べており、利益の極大化についてではない、という。(注7)
多くの会社が利益目標を掲げ、それもできるだけ大きな目標を設定しようとしているが、その根拠は必ずしも明確でない場合が少なくない。昨年度の利益と比べて、来期はこれくらいにしようという利益目標の設定は、あまりに安易だと言わざるをえない。

■目標設定のための3つのバランス

以上8つの目標領域は、それぞれが独立して存在するのではない。目標間には3つのバランスが重要であるという。マネジメントは、第一に、利益と他の7つの目標領域とのバランスを考慮する必要がある。他の目標を達成するために見合った利益を計画することが大事になってくる。他の目標達成との関係性、バランスを考慮しないで単に利益の目標を設定した場合には、他の7つの目標領域の達成に対して足を引っ張ることにもなりかねない。第二には、現在と将来とのバランスを考慮することが必要である。工場別の生産性の目標を設定する場合、来期と3年後の目標設定が必要であることになる。人的資源の生産性についても、来期の研究開発成果の目標だけでなく、3年後や5年後の目標設定も考えなければ、イノベーションの目標設定に負の影響を与える結果となる。
第三には、異なる目標間のバランスをとることが重要である。新製品を市場に投入するというマーケティングの目標を掲げたとすれば、それを実現できる製品イノベーションの目標が設定されなければならないし、必要な人的資源を強化する目標設定も必要になる。 さらには、一方の目標設定を集中すれば、他方の目標設定をあまり高くしないなど、目標間のトレードオフも必要になってくる。(注8)
この目標間でバランスをとるという考え方は、バランススコアカードの考え方の源流であるとされている。(注9)

■目標を実現するための戦略計画

誰に教えられたわけでもないが、人は成果を出してこそ目標を実現できることを誰もが知っている。高邁な目的や的確な目標をもっていたとしても無計画であれば、現実にそれらを得ることはできない。ということは、目標を実現するためには「誰が、何時、何を行うか」を決定しておかなければならないということを意味する。これが戦略計画であり、明日以降目標を実現するために何を行うかを決めておくことに他ならない。
これまで行ったことでそれを継続することが、未来を作る行動時間を奪っているとすれば、「昨日を廃棄する」ことが重要となる。成果を生まなくなったもの、昨日までの成果を維持することに多大な時間とコストがかかるようになったものについては、廃棄することが最善であることが多い。戦略計画には「新しく何を行うか、それをいつ行うか」を組み込むことで目標の実現に対して合理的かつ体系的な計画となる。新しいことを行うのに何がしかの知識が必要となる。これさえも戦略計画に組み込むことで成果を出しやすくすることが可能となる。

■目標は日々の仕事を通じて現実化する

戦略計画は、人が目的的な仕事をすることを通じてはじめて目標を満たしうる成果を生む。そのためには仕事をする人の意識に目標が明確であり、実行する仕事に責任と、締め切りと、成果の尺度が、仕事自体に組み込まれていることが前提である。(注10)
仕事をする本人が仕事の意味と目的を知り自覚しつつ仕事をすることによって、目的や目標に具体性を与えることが可能となるのだ。予め仕事に組み込まれた尺度によって、自らの仕事の成果を自らが評価することができれば、意欲も湧いてくるし、仕事を改善する機会も得られる。職場はコミュニティであり、助け合うことも必要である。このような個人が組織で共に働くとき、“絆”や喜びをも「仕事の意味と目的」に見出すことが可能となる。

■MOTリーダーの取組むべき課題

MOTリーダーは、自ら企業の目的は顧客創造であることを理解し、8つの目標領域の設定について、積極的に参画し検討すべきである。また部下もそれぞれの上位の目標設定の場に参画させることによって、戦略計画を策定することが重要である。このことによって部下は「仕事の意味と目的」を理解しやすくなる。その結果、日々の仕事に責任をもって取組むことができるようになるのである。

<注の説明>
(注1) 「あらゆる企業が、人材、資金、物的資源という3つの経営資源について生産性の目標を設定する必要がある。同時に、生産性全体について目標を設定する必要がある。」参考文献(1)p145
(注2) (1)p146
(注3) 金融商品取引法の改正;平成19年9月30日に施行されたもので、「四半期報告制度」、「内部統制報告制度」及び「確認書制度」が改正の目玉となり、企業の統治能力を強く要求するものになった。
(注4) 新会社法の施行;平成18年5月1日に施行されたもので、「商法第2編」、「有限会社法」、「株式会社の監査等に関する商法の特例に関する法律」、「商法施行法」などを一つの法律としたもの。
(注5) (1)p147
(注6) 「それぞれの事業を通じて、社会や人に貢献するからこそ、企業はその存在を許されているのだ」(「成功は一日で捨て去れ」pp204-205、柳井正著、新潮社)
(注7) (1)pp147-149
(注8) (1)p149
(注9) 「ドラッカー入門」pp114-115、上田惇生著、ダイヤモンド社に詳しい。
(注10) (1)p162
※参考文献(1)「マネジメント(上)」ドラッカー名著集、P.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社。


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