前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
【連載:世界一の品質を取り戻す25】

検証・日本の品質力
国際標準を目指し実証実験が
スタートするスマートグリッド

山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

“先物買い”に熱心な証券業界において今注目されている言葉が「クラウド&スマグリ」。クラウドとはクラウドコンピューティングのことで「メール、ワープロ、表計算、顧客管理システム、ファイル、画像などのソフトや施設を自前で持たずに外部のシステムを利用すること、ネットワーク上にこうしたソフト機能が分散する有様を、雲つまりクラウドの形で表すことから名付けられた。システム構築比や運用管理費が大幅に節約できるし、料金は利用したサービス料に応じて支払うだけですむ。外部に情報が漏れる危険性を防止できれば、特に企業にとってメリットは大きいという特徴がある。
この分野ではグーグル、マイクロソフトやヤフーなどを中核とする米国勢が大きく先行しているが、日本も国を挙げて追撃体制を強めつつある。国土交通省は来年春にも北海道か東北に特区を指定、最大500億円を投じて国内最大のデータセンターを構築する計画を明らかにしている。この中には将来国や自治体の情報システムも格納する。民間のシステムも今後急拡大することが予想され数年後には国内市場規模が2兆円に膨れ上がると期待されている。
一方のスマグリとはスマートグリッド、つまり次世代送電網のことである。これはIT(情報技術)を活用して電力の高度な需給制御を行うシステムのことで自然エネルギー(再生可能エネルギー)の大量導入を可能にする技術として注目されているのである。スマートグリッド実現のためには、低価格の太陽光発電のほか、送電ロスの少ない電線や電力の出力を安定化する大容量蓄電池、通信機能付のスマートメーター(電力計)など幅広い技術の開発が必要となる。送電網全体を効率よく運用するため太陽光発電の出力や蓄電池の充放電などを遠隔地から正確に指示するITも課題の1つになる。研究の現状と将来、その最前線をレポートしてみたい。

1.官民連携で始まった内外の大規模実験

日本の技術は従来から、個別の技術・品質・機能は最高クラスにありながら、関連する技術をまとめ、パッケージ化し、システムとして集約し、それをマネジメントするトータル戦略がなく、またそれが弱点とされてきた。その弱点を解消するには、最先端の技術と知恵を持ち寄り、コンソーシアムを組んで海外に売り込んで行くこと。それが日本の新戦略「チーム・ジャパン」構想だ。まず手始めにエネルギー(電力・ガス)、水、交通(特に鉄道)の3分野に焦点を絞り、次世代インフラ網を構築し、チーム・ジャパンで新興国、途上国に売り込んで行こうというのが経済新戦略となっている。その3分野の次世代インフラをまとめて経済産業省では、スマートコミュニティ構想と称している。
一方で日本は温暖化ガス排出量を2025年まで95年比25%削減を国際公約している。そのために全エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーを飛躍的に高める必要に迫られている。
再生可能エネルギーとは自然界に存在し繰り返し使えるエネルギーのことで太陽光、風力、水力、地熱、波力、バイオマスなどが含まれる。それらは二酸化炭素(CO2)を排出しない発電を可能とする。日本は全エネルギー消費量に占める再生可能エネルギーの割合を2020年までに20%に引き上げたいとしている(2005年実績は8%)。因みにEU全体でも目標は20%(09年実績は9%)。その際に課題となるのが導入コストの削減。昨年11月、国策として太陽光発電の余剰分を電力会社が買い取る制度が始まった。再生可能エネルギーの発電量は天候などに左右されるため、安定的な電力の供給、効率的な電力の使用にスマートグリッドの整備が不可欠とされている。
この次世代の電力インフラは環境問題やエネルギー問題解決の切り札として期待されており、米モルガンスタンレーの予測によると、2030年にはその市場規模は1000億ドルに達するとしている。米国は45億ドルの予算を計上。実験を開始したほか、欧州、中国、韓国などでも、政府の肝入りでスマートグリッドの構築に動き出している。そしてこの市場にはIBM、グーグル、GE(ゼネラルエレクトリック)など、多くの企業が続々参入し、わずかに日本をリードしているといわれている。
わが国においても今年度から各地で大規模な実証実験が立ち上がることになっている。経産省は今年度から開始する「スマートコミュニティ」構想の一環として5年間で1000億円の予算を確保、公募に応じた全国20ヶ所のうち、横浜市、愛知県豊田市、北九州市、関西文化学術研究都市の4ヶ所を選定、夏から本格実験を開始する。
その中で一番規模の大きいのが横浜市。みなとみらい、港北ニュータウン、金沢グリーンバレーの3地域で住宅約4000世帯、オフィスビルを選び、通信機能を備えた次世代電力計(スマートメーター)を取り付け、エネルギーの需給を自動的に調整し、留守中や夜間帯の電力を調節できるようにする。太陽光パネル、太陽光発電所、燃料電池など再生可能エネルギーで約2万7000キロワットの電力を作り出し、この送電網で供給する。また合計2000台の電力自動車(EV)を導入し、家庭の太陽光発電で賄う仕組みも構築する。
横浜市ではこのスマートグリッド関連事業でCO2の排出量を2025年までに04年比で30%削減したいとしている。総事業費は562億円。実験にはコンサルティング大手のアクセンチュア、東京電力、東京ガス、日産自動車、パナソニック、東芝のほか、NAS(ナトリウム硫黄)電池関連で大崎電気工業、日本ガイシなどが参加を表明している。
豊田市の実験は、家庭の充電器、コンビニや企業に急速充電設備を普及させ、3100台の次世代EVを利用できる体制にする。またCO2の排出量を30年までに05年比で40%削減する計画。参加企業はトヨタ自動車、デンソー、中部電力、東邦ガス、サークルKなど。
関西文化学術研究都市では京都府が事業主体となり、各家庭にスマートメーターを設置、消費電力がひと目で分かるようにする。期間は5年で予算は焼く40億円。参加するのは関西文化学術研究都市推進機構のほか、京都大学、関西電力、大阪ガスなどが参画する。 北九州市の実験は70の企業と200世帯の間でエネルギーのやりとりをする。参加企業は新日鉄や富士電機システムなど。
前述の通り、この4地区での大規模実験の予算は今後5年間で約1000億円、参加世帯数は5000、オフィスビル約1000棟(商業施設含む)、参加企業は延べ50社以上となる。
一方、日本風力開発はトヨタ自動車、日立製作所、パナソニック電工などと組んで、スマートグリッドの実証事業を青森県六ヶ所村で今年8月から開始する方針。日本風力開発が運転する風力発電から専用の送電線を敷設し、村内に建設する住宅やマンション、EV用充電施設で使用する電力を自然エネルギーだけで賄う仕組みを構築する計画。住宅には太陽光発電装置を付けるほか、家庭用の小型蓄電池やスマートメーターなどを設置し、必要な電気量を見極め足りない分を風力発電からの供給で補うシステム。同時に住宅にはEV、プラグインハイブリッド車の充電装置も設置、村内に急速充電ステーションを3、4ヶ所新設する。そのほか今秋には沖縄で沖縄電力と東芝が実証実験を開始する計画もある。

2.進む個別技術開発

この次世代電力インフラを支える個別技術の開発も急ピッチで進んでいる。まずスマートメーター。大阪府内で住宅に設置する電力計量メーターがデジタル表示の新型メーターに切り替わりつつある。関西電力では今後10年間を目途に管内約1200万世帯にこの通信機能つきスマートメーターに交換する。関西電力では現地へ行かなくとも専用の通信網を通じて電力使用量の計測が可能となり、利用者も使用量がパソコン上で1時間単位で分かる。つまり双方の電力の「見える化」である。供給側も新しい省エネ提案が可能となり、管理業務においても大幅な人員削減ができる。IBMもGEも挙ってスマートメーターの開発に取り組んでいる。
東京電力も今年10月から東京・清瀬市と小平市で住宅9万件で通信機能を備えたスマートメーターの実証実験を開始する。新メーターは各住宅の電気の使用状況を30分に単位で記録、顧客は東京電力のホームページで自宅の電気の利用状況や料金を確認することができる。東京電力にとっては検針のための訪問が不要になり、業務の効率化につながる。同社では実証実験後、住宅を中心とした約2700世帯の契約者を対象にスマートメーターの設置を進める方針。
青森県六ヶ所村の二又風力発電所には発電した電気を蓄えるNAS電池の視察に訪れる世界各地の電力会社幹部などが絶えない。
NAS電池の蓄電量は通常の鉛電池の3倍、寿命も15年程度と鉛電池の3〜5年と比べて長い。これはセラミックメーカーの日本ガイシが2002年に世界で初めて事業化したもの。07年に六ヶ所村に導入され評判となると欧州や中東から注文が相次いで寄せられている。
住友電気工業が大阪府熊取町で2015年以降の実用化に向けて開発を進めているのが“究極の電線”といわれている超電導電線。現在使われている銅やアルミ製の電線は、送電中に発生する熱で電力の約5%が失われるという。日本での全喪失電力は原子力発電所6〜7基分に相当する。セラミック製のこの「究極の電線」はマイナス196度まで冷却して抵抗を無くし、電力の損失を半減できる。細いケーブルでも大量の電気を流すことができ、地中への敷設も容易というメリットがある。高度成長期に一斉に敷設された電線が30〜40年経ち、今こう新規を迎えていることから、超電導電線のビジネスチャンスは大きい。
三菱重工業と日立製作所の2社はそれぞれスマートグリッドの重要技術である蓄電技術においてリチウムイオン電池で実用化の目途をつけた。両社とも新エネルギー・産業技術総合開発機構(NEDO)の支援を受けて開発を進めてきたもの。
三菱重工は132キロワット時の大型リチウムイオン電池を開発した。448個の電池を組み合わせたもので供給不足の場合でも素早く電気系統に放電できる。今年度から長崎県諫早市の諫早工場で実証実験を開始する。1メガ(メガは100万)ワット級の太陽光発電設備とつないで性能を確認する計画。
日立は寿命の長い大型リチウムイオン電池を開発した。同電池は正極に特殊な添加物を加えて正極材の劣化を抑えたもので、寿命を従来の7年半から10年に延ばした。寿命が約20年といわれる太陽電池につなぐ蓄電池の買い替えが1回で済む。今年度中に家庭用太陽光発電の1日分の電気を充電できる蓄電池を開発する計画。
川崎重工業は来年度を目途にニッケル水素電池を使った大容量蓄電池を発売する。新電池は容量を1500〜2000アンペア時に引き上げた大容量タイプ。体積や設置面積は従来タイプと比べ3分の1以下にするかことができるという。
一方、自然エネルギーを活用しても送電網を安定にする技術の開発も進んでいる。三菱電機はスマートグリッドで安定して電気を融通する技術を開発した。電力会社の基幹系統の送電線や変圧器などを再現したシミュレーションシステムで安定化を確認した。電力会社の送電網に太陽光発電がつながった場合にどのような影響が出るのかを調べ、必要な対策を割り出し家庭用電気機器、送電網の故障を防ぐのが狙い。
スマートグリッドでは電気を融通し合う変電所などの技術開発も欠かせない。資源エネルギー庁によると既存の電力網で太陽光発電を受け入れられるのは全電力量の10%前後に相当する1300万キロワットが限界。国が掲げた太陽光発電の導入目標が進むと5〜6年後には上回ってしまう。三菱電機は電力会社に自動電圧調整装置などを売り込んでいく方針。
太陽光発電や風力発電などの有効活用のためには、これらの天候によって発電量が変動し、電力系統が不安定になるというネックを解消しなければならない。さらに家庭への電源設置による逆潮流への対処、複雑化する電力系統のコントロールなどの技術開発も不可欠。東芝はパワーコンディショナーなど電力系統安定化技術、IT制御や蓄電池の技術開発など総合的開発を進めている。
そして、これらスマートグリッドを官民一体で推進する組織「スマートコミュニティ・アライアンス」が4月初旬設立されている。電力や電機、インターネット関連企業など266社が参画、オールジャパン体制が国際展開に向けた戦略を議論する体制を確立しようという訳だ。

3.技術標準化戦略も同時進行

スマートグリッドの世界的普及は今後急速に進むものと予想されている。野村総合研究所の試算によると関連事業も含めた世界の野市場規模は2030年には10兆円に達する見込みだという。この市場で優位に立つには国際標準を押さえることが不可欠。日米欧、韓国がシノギを削っている。まず先決なのが米、中国、インドの市場で優位に立つこと。日本は米国と共同で、米ニューメキシコ州で4月から実証実験を開始した。また経産省が音頭をとりインドのムンバイなどの4都市で日本企業が主導するプロジェクトが計画されている。
一方、米国ではグーグルやIBMなど情報通信系の企業が中心となって、カリフォルニア州などで実証実験を進めている。また中立的立場で技術的評価を行う組織「グリッド・ワイズ・アライアンス」(電力会社、電機メーカー、IT系企業などが参加)で人材育成、雇用創出を含めた研究を進めている。欧州ではフランス、ドイツなど国境をまたいだ既存の送電網を活用した研究を急ピッチで進めている。これらの動向は全て国際標準を獲得するためにはまずデファクトを押さえて実績を得る必要があるからだ。
経産省はこうした実績を踏まえて、送電系統の広域監視制御や蓄電池の制御、メーター用の通信技術など26の分野で国際電気標準会議(IEC)に近々提案する予定になっている(3年以内の取得を目指す方針)。国際標準に採用されれば新興国、途上国などがスマートグリッドを導入する際に、電力網などのインフラだけでなく制御機器、蓄電池などの関連商品の商機が拡大する期待があるからだ。
まず国際標準を得るために様々な機器を一つにまとめ効率性で優位に立つシステム構築が大事。機器同士をつなぐ標準規格で日本技術を反映させなければ世界市場に食い込めないことを戦略の中核に据えなければならない。


前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト