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【連載:世界一の品質を取り戻す22】

検証・日本の品質力
顧客指向で今、再構築すべき「安全」「信頼」のマネジメント
−「トヨタ・ショック」に見る7つの品質問題−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

「人は起こしたことで非難されるのではなく、起こしたことにどう対処したかによって非難される」――これは10年ほど前に作成された東京商工会議所の危機管理マニュアルの冒頭に記されている言葉である。企業のベテラン広報マンはこの至言を胸に行動している。
これは製造業であれば2つのことを意味している。欠陥品や不具合品を市場に出さないこと、出てしまった後の対応を最適に進めること(経営判断)。このハード(製品)、ソフト(マネジメント)双方の品質において対応を誤まれば、組織は大きく毀損してしまう。
日本を代表するモノづくり企業、トヨタ自動車が今、品質問題で大きな岐路に立たされている。米国発のサブプライムローンに端を発した世界的な信用収縮による耐久消費財不況。その余波を受けた形の第一次トヨタ・ショック。そして今回の戦略車種における大規模リコール問題。連続して起こったトヨタ・ショックの、日本の産業界に与えた衝撃は大きい。
大手シンクタンクの試算によると、リコール問題による直接的な経費、販売減および、ブランドバリューの損失の合計は1800億円以上と推定されている。また日本経済に与える影響について、米国の消費者の間で「日本車離れ」が発生、日本の乗用車生産台数が約30万台減少すると仮定、名目GDP(国内総生産)は0.12ポイント、金額にして約6000億円押し下げられ、就業者数も約4万9000人減るという予測をはじいている。
一方でビッグ3に代表される米国製造業の衰退による鬱憤を、これを機会にトヨタバッシングで晴らそうとする国民意識、今年秋の中間選挙を有利に運ぼうとする政治利用など、思惑は様々だが現時点でどのような決着の姿を見せるか予断を許さない。だが、このたび一連のトヨタ問題は安全、品質、信頼性確保の面から、世界の製造業に多くの宿題を残した。その対応策の一挙手一投足が今後に強い示唆を与えることは間違いない。

1.上手の手から水が漏れた

「大きくなりすぎたことと、成功体験がネックとなる」――これは昨年6月、社長に就任した時の、豊田章男氏の自社分析の言葉である。その予言が今、現実のものとなってしまった。慎重居士といわれたトヨタが大きく変身したのは21世紀に入ってから。日本の自動車産業は絶えず最大の車市場である米国の動静・意見を考慮に入れながら進歩してきた。1980年代に起こった日本からの集中豪雨的輸出による貿易摩擦、その対応策としての現地生産、更なる要求による部品の現地調達の拡大と、その意向に沿った形で日本のメーカーはビジネスを進めてきた。現地での雇用者数は17.2万人にも上っている。その体現者がトヨタであった。
流れが変化し始めたのがミレニアムの頃。お手本としてきた車づくりの兄貴分、ビッグ3(GM、フォード、クライスラー)が相次いで、市場での存在感を失っていった。それまで日本のカーメーカーには「絶対に虎の尾を踏むな」の不文律があった。しかし米国シェアナンバーワンであるGMを射程にとらえた時から、この律は破られつつあった。「高品質で安全」というトヨタ神話を背景に同社はシェアを拡大、高級車「レクサス」の成功、ハイブリッド(HV)車「プリウス」の高評価、そしてGMの牙城であるピックアップトラックまで車種を拡大させ、とうとうGMを事実上の倒産まで追い込んでしまった。実態はGM自身が市場のニーズに対応しきれず、利益の源泉を金融に求めた結果にリーマンショックがダメ押しをつきつけたのが実態だが。
時を同じくするように、トヨタ内部において「覇者のおごり」が垣間見られるようになってきた。年間売上高20兆円超。利益2兆円のビッグビジネス故の大企業病のしゅくあである。また、日本社会全体がトヨタに人材の供給を求めた。
トヨタは1997年の「プリウス」市場投入以来、世界で評価がさらに高まり、生産台数が5年で1.5倍、毎年70万台程度の急成長を続けてきていた。一方で原価低減の要求は高まり、部品の共通化や現地調達などでこれに対応してきた。こうした急拡大、グローバル化に対応した人材育成(人材の現地化)が間に合わなかったのも事実。各地の事情に合致した技術者の育成にもこの高スピードが追いつかなかった。兵站線が延びきったが故のマイナス面はあらゆる個所で出現した。最大の問題は事故や不具合など細かな情報の収集と本社への報告の遅れが指摘されていた。
こうした大企業の弊害が叫ばれだしたのは奥田社長時代が進められた「グローバル・マスタープラン」から。これは全世界の生産台数を2010年までに1000万台とし、10年代の早い時期に世界シェア15%を達成しようというものだった。役員の中には不安視する声もあったが、強引に進められた。それまでとの180度変わった路線変更はすぐに社内変化となって現れた。それが社員、納入業者への過剰な労働(非正社員化が急拡大)、厳しいコスト削減要求による製品と労働の質の低下、リコールの増大、さらに社員のおごり(トップ自らの意に沿わないテレビへのCM打ち切りの発言などもあった)などにもつながったといえる。そこにサブプライムローンに端を発した世界同時消費不況が襲った(第一時トヨタ・ショック)。
さらに米国で昨年8月「レクサス」を運転中、「アクセルが動かなくなった」と警察へ「911」の緊急連絡通報(録音)、160キロで衝突、一家4人が死亡した事故(その後繰り返し放映)に端を発した第2次トヨタ・ショック。その後次々と不具合が指摘され、トヨタの高品質・安全神話に疑問符がついた。
現在までに浮上している問題点は4つ。まず前述の事故の原因となったアクセルペダルの件。これは純正品ではないフロアマットや二重に重ねて使用したマットにペダルが引っかかり、元に戻らなくなったケース。この点について米国ではマットの汚れを防ぐためフロアマットを二重に敷くケースが多いことを軽視したことが要因と指摘されている。
2番目がハイブリッド車のブレーキ問題(主に国内で)。HV車では回生ブレーキと油圧ブレーキの2種を使用、そのブレーキを切り替えるときに、若干の制動遅れが生ずるというもの。同社はこれを利用者の「感覚の問題」としたが、裏で新しい世代のプリウスには改善を施していたことが分かった。結局この問題についてはリコールを実施、対象車のプログラム変更を実施中だが、これについてはメカ(機械系)と電子システムの品質への認識の相違が原因。電子システムでの軽いバグには寛容だが、メカについては厳しい要求基準がある。その整合性に問題があったといわざるを得ない。
3番目がアクセルペダルそのものの問題。トヨタの現地調達策の一環として、アクセルペダルを米国CTS社製の物を採用しているが、同社のペダルは磨耗した可動部分が結露するとペダルが戻りにくくなるという欠陥が分かった(国内はデンソー製を使用しているため同様のトラブルはない)。トヨタは同社に対し賠償請求を検討中。
そして最後が電子制御システムスロットルシステム(ETCS)にする急加速の問題。ETCSはアクセルペダルと連動し、エンジンの空気弁(スロットル)を最適な動きに自動調節する仕組み。従来はペダルとスロットルはワイヤで結ばれ、動きが連動していたが、ETCSはセンサーで動きを感知し、信号をスロットルに送って開閉されるシステム。エンジン回転を電子制御することで燃費向上を図るメリットがあるもの。99年にドイツのアウディ、国内でもトヨタやマツダでこのシステムの欠陥が分かりリコールを実施したことがある。今回のトヨタのシステムについて米国での不具合の指摘を受け、国内で実験を繰り返した結果、現状では問題ないことが報告されている。
07年トヨタは全世界で949万台を生産し、実質世界ナンバーワンの自動車メーカーになったが、今回の一連の品質問題でリコールを実施、その台数はほぼ年間の生産台数に匹敵するものになっている。

2.品質経営を支える7つの領域

製品の差別化を図る上で、その構成要素と一般的にいわれているのが、S1(安全)、Q(品質)、C(価格)、D(納期)、S2(サービス・メンテナンス)の5つの要素だが、現在ではこれにT(時間軸)を加えたライフサイクル全体で評価するのが一般的になっている。つまり、いかに長期間使用しても安全が担保されるか、いかに長期間品質が劣化せず維持できるか、イニシアルコストだけでなく省エネなどのライフサイクルコストが低く抑えられるか、ライフサイクル全体を通じて、サービス・メンテナンスのQ,C,Dが維持できるかが成熟した消費社会ではその価値の勝敗を決することになる。
その中で重要な要素、Q(クオリティ)も品質管理の活動において現在ではハードを表す品質と約さず、単に「質」と約すようになっている。つまり、クオリティにはハード、ソフト両面が合い、特に組織全体のマネジメント全体の質が問われるようになってきている。
そしてこの組織運営における質の問題は、以下の7つに分類することができる。まず第一は製品(ハード)の基本的品質である。つまり、機能、性能、規格など数値化しやすい定量化して比較優位を決定づける品質のことをいう。
2番目が感性や嗜好に訴える品質。つまり、特徴、特色、使いやすさ、分かりやすさ、美しさ、デザイン性など数値化になじまない、定性的評価で比較できる品質のことをいう。
3番目は製品が永続的に機能を発揮するトータル品質。つまり、耐久性、信頼性など、消費者の手元に渡ってからの信頼性に関する品質のことを指す。
4番目が付帯的サービス部分の質。つまり、メンテナンス性、サポート性、取説などの分かり易さなど、明示しにくいが、製品の質に関係するサービスの品質を指す。
5番目が経営品質。工場監査の結果、品質の実績、品質の評判など企業そのものの信頼性に関するクオリティマネジメントの質そのものをいう。
6番目が情報発信価値。これは広報の対応、顧客への情報提供の工夫、PR・宣伝の方法、ホームページの見やすさ・使いやすさ、など企業のコミュニケーション活動、提供するコンテンツの良さなどの品質のことをいう。
そして最後に成長性。つまり品質保証活動や組織活動などから、明るく頼もしい将来を感じ取れるかといった品質がある。
例えばB to Bにおいて顧客は工場や会社全体を評価する。製品品質は当然のこと、工場の品質管理や品質保証状態がどの程度かを評価し、必要に応じて改善を要求することになる。改善ができなければ取引停止も視野に入れた工場監査を行っている。B to Cにおいては7つの要素全体が評価の対象となる。
そしてリピーターになるか、CS(顧客満足)の向上を評価してくれるかは、7つの領域全体においてP(計画)、D(実行)、C(評価)、A(改善)のマネジメントサイクルが正しく回っているかを評価していることになる。つまり消費者と接する全ての人材のビヘイヴィアがトータル評価されており、その質が問われていることを意味する。

3.「安全」が競争力強化の基本

現在の日本はデフレスパイラルの渦中にあるといわれる。近年、安全に対して間違った考え方をしている経営者があまりに多い。その要因は安全なコストという考え方である。経営者がまずやるべきことは経営システムの基本に安全を正しく組み込むことであり、全社に周知徹底させることが経営者の第一歩である。そしてモノづくり企業の競争力の源泉は安全にあると経営者が認識すべきである。前述してきたトヨタの例を見るまでもなく、安全に対する注意を怠った企業は一転ピンチに立たされる。
最近この安全に関して不祥事を起こした企業が続出している。その企業の前後の業績を調べた統計がある。それによると市場から姿を消した企業もあり、平均して40%以上売上高を減らしている現実を銘記すべきである。
今、世界のエクセレントカンパニーは経営の基本にSHEを置いている。つまりS(Safety=安全)、H(Health=健康)、E(Environment=環境)の3施策。この3つを進めることによって企業の永続性(サスティナビリティ)を図ろうとする考え方だ。そしてステークホルダー全体に法的責任(Liability)、説明責任(Accountability)、即応責任(Responsibility)の3つの責任を果たすことを約束している。
今回のトヨタの品質問題は、自動車という性格上、安全問題に直結している。今後公聴会の反応ばかりでなく、まだ司法(ニューヨーク連邦地裁の大陪審)へのすべての情報提供、SEC(証券取引委員会)への情報開示の時間的問題など、その内容によっては更なるピンチがあることも予想されている。トヨタは従来から現地現物を標榜してきた。前述の3つの責任の現地は急務といえる。


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