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【連載:世界一の品質を取り戻す21】

検証・日本の品質力
テレビ産業界、今年は「3Dテレビ元年」
−シェア争いで勝ち続ける韓国メーカーの独自戦略−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

昨年9月、独ベルリンで欧州最大の家電見本市「IFA」が開かれた。ソニーのハワード・ストリンガー会長は同社の新しいスローガン「メーク・ドット・ビリーブ」を発表、夢のある商品づくりを目指し「SONY」ブランドの復権を強調した。その戦略の目玉商品第一弾として展示していたのが3D(3次元)の液晶テレビだった。パナソニックや日本ビクターも3Dテレビの新製品を発表、日本企業による「3D攻勢」が話題となったが、それをしのぐ勢いを見せたのが韓国メーカーだった。
「LED(発光ダイオード)テレビを200万台販売し、テレビ市場での世界トップの座を堅持する」(サムスン電子の映像機器部門の社長ユン・ブグン氏)。LEDテレビは液晶のバックライトを蛍光管からLEDに換えたもので消費電力が少なく画面が鮮明なのが特徴。サムスンが昨年春、市場投入するやエコ志向の強い欧州消費者に受け入れられ、販売を伸ばした。LG電子も後に続き同分野であっという間に市場を席捲した。
その後まもなく開催された日本での家電見本市「CEATEC」でも日本の主要テレビメーカーは3Dテレビを技術発表、2010年商品化の見通しを表明した。IFAやCEATECでは展示できずにいた韓国や中国のメーカーも今年1月7日に開かれた米国ラスベガスの世界最大の家電ショー「2010インターナショナルCES(コンシューマー・エレクトロニクス・ショー)」では相次いで展示、早くも日本勢の技術的優位性は薄れつつある。
テレビメーカー各社は次のテレビ技術の中心に3Dテレビを位置づけ、今年をその幕開けの「3Dテレビ元年」とし、市場獲得競争に向けて準備を急いでいるが、いつも後発の韓国メーカーにシェア争いに敗れている。そして早くもその懸念が危惧されている。何故,それが可能となるのか。ここでは3Dテレビの技術動向と日韓のシェア獲得戦略の相違を検証してみたい。

1.普及のネックは放送環境、コンテンツ、そして価格

映画の世界では古くから3D映像はあったが、どちらかと言えばこれまでキワモノ扱いだった。それを一変させたのが現在上映中の「アバター」(J・キャメロン監督)。世界中で大ヒット史上第2位の興行成績を上げている。その撮影に使われたのがパナソニックのカメラ。そこにはNASAが火星の3D映像記録に使用した技術が転用されている。ポイントはレンズのシフト機能。人は近くを見るときは寄り目に、逆に遠くを見るときは視線がまっすぐになる。レンズがこれと同じ動きをし、デジタル制御して視覚のデフォルメ間を増大させる機能を有している。視聴には、現在はまだ専用のメガネをかけなければならないが、そのメガネの方式は2つ。偏光式とアクティブシャッター付の液晶式があり、偏光式は安価で手軽だが、画面がやや暗く見える欠点があり、逆に液晶式は電池などのせいで快適さが損なわれる可能性がある。自分に合ったものを選ぶことが肝要だ。録画する場合はブルーレイディスクプレーヤーの3D対応機を用意する必要がある。またハイビジョン画像をそれだけの速さと量で送り込むにはケーブルも現行品では容量不足となるためHDMI1.4の新規格品が必要となる。現在の3Dテレビの特徴は映像の飛び出し感にあるよりも、奥行きの立体感にある。それはLEDバックライトの実用化で液晶テレビでも「黒」が美しく表現できるようになり、その奥行き感が飛躍的に向上したことが家庭用3Dテレビ誕生の大きな要因になったと言える。
現在の主流は専用メガネ方式だが裸眼で見られる偏光式フィルムの搭載の3Dテレビの開発も進んでおり、その動向にも注意をしておく必要がある。放送局用の3D専用カメラについてはパナソニックが先行しているが、ソニーも独自の方式で拡充を急いでいる。 3D技術の隠れた本命と言われているのが、自社ブランドの特定用途向けLSIを開発するファブレスのザインエレクトロニクス。3Dテレビは右目用と左目用の2つの信号を送る必要がある。同社の技術は伝送速度が他社の2倍。必要な2倍の信号を従来どおりの速度で送れる技術を有しており、3Dの本命技術と言われている。同社の製品は60%以上が韓国サムスン向け。同社の3Dテレビ本格参入が実現すると量的拡大が見込める。セットメーカーにとって3Dテレビの勝負の決め手となるのが“見やすさ”。立体的に見せるために、左右それぞれの映像をいかに瞬時に正確に切り替えるか、その点に参入メーカーが差別化を図っている。
現状で3Dをリードするのがパナソニック。同社の3Dはフルハイビジョンのプラズマテレビがベース。一般家庭用に65V型、58V型、54V型、50V型、さらに世界最大の152V型パネルも開発している。プラズマは構造上の問題で残像感が高いという特徴がある。さらに同社はテレビ本体だけでなく、全米に1800万世帯の視聴者を持つ「ディレクTV」と提携している。
一方、ソニーは売り物の4倍速液晶パネルを活用しその欠点をほぼ解消している点。視聴に必要なメガネのレンズにも工夫を凝らし、“見やすい液晶3D”を実現させている。また同社はスポーツ専用チャンネルの制作会社「ESPN」と提携、北米ですでにテレビ放送をも巻き込み始めている。さらにソニーはゲームやデジカメ、パナソニックも家庭用ムービーの3D化計画を発表。ハイビジョンテレビが周辺機器を牽引して市場を拡大したように、3Dでも業界にビッグウェーブを形成させようとしている。
他方、最近日本のテレビ市場で元気を取り戻しつつある東芝は昨年末、3Dテレビを日本先行発売したのと同時に超高級テレビ(約100万円)の「CELL REGZA」シリーズで北米仕様の3D化を実現、早くも1000万台の販売を達成している。さらに通常の2D映像を3D化するタイプの機種も発表している。「その際には3D仕様のブルーレイディスクプレーヤーも内蔵する」(東芝デジタルメディアネットワーク社の大角正明社長)と先行する2社にオリジナル戦略で攻勢をかけている。この3社に続くのがシャープ。今春には市場参入する計画で現在準備を進めている。
外国勢も負けてはいない。特に積極的なのは米国市場で日本メーカーに水をあけている韓国サムスン。液晶、プラズマの両方式で豊富なサイズの3Dテレビを展開、ラスベガスのCESでも最大の展示スペースを確保、3Dテレビをうず高く積んで存在感をアピールした。そのほか北米市場において格安テレビで存在感を増しているビジオ社も近く参入を表明、中国メーカーもCESに試作品を展示して参入をうかがっている。米国の市場調査会社ディプレイサーチによると、3Dテレビの09年の出荷台数は20万台、それが2018年には6400万台まで拡大すると予測。その際の市場規模は170億ドル。
普及の起爆剤と予測されるのが夏に開催される南アのサッカーW杯。まだ3Dでの中継契約は決まっていないが、3D録画は多くの放送局が決めている。問題は価格だが(各メーカーとも現在検討中とコメント)、北米市場でプライスリーダーの地位にあるサムスンが大きな値上げを想定していないことから、それに追随せざるを得なくなることが予想されている。そして「我々は(3D分野で)基礎技術、デザインともすでに優位にある」(サムスン首脳)と自信を見せている。

2.韓国メーカーにおけるシェア奪取の秘訣

世界3大市場(北米、欧州、中国)のテレビのメーカー別シェアを概観すると、北米では(09年・薄型)1位サムスン(韓国)26.9%、2位ソニー(日本)14.3%、3位ビジオ(米国)10.7%、4位パナソニック(日本)8.5%、5位LG(韓国)8.3%、6位シャープ(日本)5.5%の順。欧州市場の順位(08年、全テレビ)は、1位サムスン、2位LG電子、3位ソニー、4位フィリップス(オランダ)、5位パナソニックの順、また中国市場において(09年、全テレビ)は1位創維(中国)18.6%、2位海信(同)17.8%、3位TCL(同)16.0%、4位康佳(同)11.5%、5位長虹(同)9.4%、6位ハイアール(同)4.4%、7位LG電子4.1%、8位サムスン電子4.0%、9位シャープ3.8%、10位ソニー3.4%の順。そして世界全体でのシェアを調べてみると(06年、液晶テレビで)1位サムスン19.9%、2位ソニー18.2%、3位シャープ16.3%、4位LG電子16.0%、5位船井電機(日本)9.6%の順となっている。
最近の10年で特質すべきは韓国勢の大躍進である。その端緒となったのが、1997年のアジア通貨危機。韓国もその波に飲み込まれて、結果としてIMF(国際通貨基金)の管理下におかれるという屈辱を味わった。このときから同国は国を挙げての経済再建に取り組んだ。その中心は日本型成長モデルからの決別だった。第一弾は政府主導のビッグディール(大型再編)。日本同様に国内で過当競争だった各産業の集中と選択を行った。10社以上あった自動車業界、同じく10社以上あった家電業界、5社あった高炉など、全ての産業において2〜3社に絞り込んだ。同時に企業グループ内も大胆なリストラを主導した。
サムスンの場合、保有していた自動車会社を売却、140社あったグループ企業を80社程度に集約させた。
そして輸出戦略として日本の弱いところを衝く戦略に着手した。日本は先進国の消費のリーダー層にこれでもかとハイエンド商品を出し続けているが、韓国はその追随を止め、各国のボリュームゾーン及びこれからボリュームゾーンの仲間入りをしたいボトムの上位層に向けた商品作りに注力し、新興国(特に人口の多い)に販売攻勢をかけ、世界に人材を配置した。
商品開発をする場合、後発ならばその分野で最先端の商品を購入してきて分解し、その構造や動作、デザイン、部品1個1個まで徹底的に分解・分析し、製造方法を探る。その結果をそのままトレースしたのではコピー商品が出来上がってしまうが、日本の場合はより高い機能、仕様を目指して付加価値の高いものの開発を進めるが(プラス指向)、サムスンの場合、いかにその土地のニーズに合わない機能や仕様を省くか(マイナス指向)に注力し、その後で新視点での地域特性ニーズなどを付加する開発アプローチをとる。
テレビの場合、例えばインドに進出する際にはデジタル映像機能やマルチ画面、録画機能、高画質などの機能は庶民層向けには無駄な機能として取り除き、その代わりにインドなら使用言語が数十種あるのでマルチリンガル機能を付けるとか、地域に密着した機能を追加するなど、差別化の努力も惜しまない。
加えてコストについても最大限の注力をする。一般的にアジア新興国のテレビ、車の購買層の入り口はテレビが月収分、車は年収分と言われている。それは月収3万円、年収50万円が端緒となる。テレビであれば現在、30型薄型テレビでいかにこの月収分に近づけるか、車であればコンパクトカーでいかに機能を絞ってこの価格まで引き下げるかが勝負となる。サムスンは部品の世界最適調達を指向し、ファブレスやEMSを縦横に活用しながらコスト低減に努力を積み重ねている。
もうひとつの特徴は「地域専門家」の派遣。1年間、仕事の任務はなく現地に溶け込み、現地の風土、文化、生活習慣などを肌で感じ、ニーズを把握する。
こうした官民あげての貿易戦略は効を奏し、21世紀に入ってすぐ、各国で存在感を増し、日本の牙城を崩していった。それを後押ししたのが極端なウォン安だった。そして現在でのサムスンの営業利益は日本の家電メーカー各社のトータル数字をはるかに凌駕している。

3.シェア至上主義の終わりと始まり

サムスンはこの戦略を始めるに当たって大胆な構造改革にも着手した。基礎研究の部門を全廃した。その資金を(政府の支援と合わせて)、各地域でのシェア奪取に全力投入した。シェアでの優位的位置を獲得することは価格のヘゲモニーを握ると言う認識があったからだ。勝利の方程式は「開発」より「生産」を重視し、チャンス到来と見たら豊富な資金を集中投資し、猛烈な増産攻勢で成果を生んできた。
日本国内には猛烈なシェア獲得競争は勝者にもキズを残すという反省がある。今から30年前、ホンダとヤマハの原付バイクの激烈なシェア争いがあった。勝者のホンダはその後、技術陣の将来の方向性を見失い、社内に閉塞感が充満した。そして現在、原付バイクはバッテリー付き自転車にその地位を奪われている。
技術開発やカテゴリー転換のスピードが早まっている現在では、無理を重ねてシェアを奪取する考えは古いと言われている。成熟した消費社会に商品投入する場合、適正な利潤をあげるため、Q(品質)、C(コスト)、D(納期)、S(サービス、付加価値)の最適化を当初から指向し、トータルの信頼性を高め、得た利潤は次期商品の開発に振り向けるべきだという考え方だ。ベンチャーは別だが先進国の先端企業はこの方向で戦略を練り直している。サムスンもこの方向で最近ではR&Dセンターの各国配置を鋭意、進めつつある。


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