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【連載:MOTリーダーの仕事と責任 〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 (4)】

セクショナリズムを打破する「もうひとつの技術」
〜技術部門と他部門の関係性を強化し改革につなげる仕組み〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
一般にセクショナリズムは排他的意識が他部門との協力を阻み、個人と組織の力をムダに消費させる元凶であるといわれている。一方、部員が心を一つにして難しい課題を乗り越え部門目標を達成する場合もある。部門でまとまる意識が強いということは経営にとってマイナスばかりではない。しかし多くの組織がセクショナリズムによってイノベーションの芽を育てられないでいるのも事実である。セクショナリズムを打破しイノベーションの芽を経営成果につなげるためにMOTリーダーは何をしたら良いだろうか。

■経営成果を生み出す部門連携の本質

この連載では技術部門と他部門との連携によって新製品開発に成功したユニクロのブラトップの事例(注1)、全社をあげてライフスタイルマーケティングに成功したハーレーダビッドソンの事例(注2)を取り上げてきた。
これらの事例に共通しているのは技術部門と商品企画やマーケティング部門、営業部門、製造部門とのコミュニケーションが的確に行われたことである。顧客からのクレームを解決するために普段あまり連携が無い他部門同士がしかたなく一致団結するのとは明らかに違う。現状を改善しようとする意欲、新製品を開発しようという思いから始まる「ものを生み出すための情報」を、部門を越えたコミュニケーションを通じてイノベーションの成果という形に育てていったのである。
ここで「ものを生み出すための情報」の例をいくつかあげてみよう。例えば、商品企画部門が描いた試作品のイメージは、これにあたる。技術部門がこの試作品のイメージを仕様書や設計図に落とし込まない限り製造部門がつくれるはずもない。製造部門が頼りにしているのは、技術部門が作成した仕様書であり設計図である。これも「ものを生み出すための情報」なのである。
「セクショナリズムは何故経営成果を阻むのか?」の問いの答えは、「ものを生み出すための情報」が組織のどこかで芽生えてもその場に留まり、顧客価値を生み出す業務プロセスのインプットになりきれないからである。経営成果を生み出す部門連携の本質は顧客価値を生み出す業務プロセスのインプットであるだけでなく、アウトプットでもある「ものを生み出すための情報」を業務プロセス間において的確に伝達する組織能力にある。

■内部要求が解決の鍵

技術者にとって品質マネジメントシステムは釈迦に説法だが、ここで確認しておきたい。
法的・社会的要求事項、顧客要求事項、内部要求事項を満たし期待される経営成果を実現することが品質マネジメントの成果である。営業活動で受注生産品の注文を受け顧客要求事項が確認される。その後、この情報にものを作るために必要な内部要求事項が付加されることにより「ものを生み出すための情報」(あらたな内部要求事項)となり、次の業務プロセスにインプットされる。
実はこのことは顧客要求事項についてだけ言えるのではない。日常業務の全てに言える(社内にも顧客がいる――の考えに通じる)が、あまり意識されずにいる。商品企画でのアイデア、営業現場での顧客の声(些細なものも含む)、製造現場の従業員の意見なども広い意味では内部要求であることに変わりが無い。
特定の顧客要求事項や社会的・法的要求事項を満たすことは当然のことである。さらに、経営成果を高めるために業務プロセスの改善を検討したり新製品を開発するための、どんなに小さな改善のアイデアや新製品に対する夢であっても、それが文章や絵にかいてさえ(たとえ稚拙であっても)あれば、立派な「ものを生み出すための情報」であり内部要求事項になり得るのではないだろうか。
前述したユニクロやハーレーダビッドソンの事例は日常におけるこのような内部要求事項を、全従業員が経営戦略実現のための内部要求事項として“意識的に理解し行動した”ことによる経営成果に他ならない。

■内部要求事項を意識させる「業務モデル検討シート」

それでは、業務改善や新製品開発など日常のイノベーションにつながる内部要求事項を従業員が“意識的に理解し行動する”には、どのような仕組みが要るだろう。図を見て欲しい。まず自分の仕事の全体を鳥瞰してみることから始める。このためにはワークフローで仕事を可視化することが必要である。こうすることで技術者は自分の仕事の位置づけをはじめ仕事の前後関係や他部署のどの仕事と連携しているかを理解しやすくなる。“意識的に理解させる”には、一見して解るこのような「見える化」が効果的である。
このように「ワークフローシート」を使えば技術者の仕事の位置づけや他部門の仕事との相互連携を視覚に訴えることで理解を促すことができる。重要な仕事はこの後だ。「ワークフローシート」に描かれた矢印に意味がある。この矢印の意味するものが有形・無形の広義の内部要求なのである。次にこの内部要求の中身を理解しなければならない。現在行われている仕事であれば何らかの業務手順書や事務手続き、少なくても書式と手順は存在している。
経営成果に結びつけるイノベーションを生み出そうとすれば、現在の仕事を理解するだけではその役を果たさない。そこで「業務モデル検討シート」を活用する。これは経営課題を解決する視点に立って部門および部門間連携の改善課題など、部門相互に対する要求事項を可視化するシートである。例えば技術部門の縦の欄を見れば、他部門からの要求事項がすぐにわかり、要求事項を“意識的に理解させる”のに役立つのだ。

■「業務モデル検討シート」の運用と活用の仕方

この「業務モデル検討シート」が有効な理由には、技術部門の視野をひろげ、経営成果をあげる技術部門の課題は何かなど、MOTリーダーの課題を明らかにしてくれるところにある。このシートを上手く運用するためには、最初に経営陣が経営課題を示すことが重要である。このためによく行われる方法が経営陣の合宿(年2回)である。マーケティング活動などから経営陣は自社の進むべき方向性とそのために解決しなければならない経営上の課題を明らかにする。新製品開発力の強化や受注出荷リードタイムの短縮などは、製造業であればいずれの会社も経営課題になり得るがそれでも良い。
次にこのシートを使って技術部門と関連する他部門のエキスパート(仕事に精通した従業員であり正社員だけに限らない)によるブレーンストーミングを行うのだ。経営陣が設定した経営課題を解決するために相互に建設的な改善要求を出し合う。いきなりブレーンストーミングで意見が出ないと予想される場合は、参加者はこのシートを記入し目を通した上で参集すると効率が良い。相互に出し合った内部要求事項から実行計画をつくり具体的な改善活動は日常業務の中で実施することになる。当然IT活用が重要になる。
これらの活動を年に2回は行えばイノベーションのスピードを上げることにつながる。「ものつくりの技術」だけでは経営成果に結びつきにくい。「業務モデル検討シート」を使い「ものを生み出すための情報」を活用することは、「ものつくりの技術」とは違う「もうひとつの技術」なのである。

■仕事をするMOTリーダーの意識

MOTリーダーの仕事をする意識は「生活のため」「技術をみがくため」だけでは足りない。「品質」を意識するがごとく「経営」を意識する必要がある(注3)。とすれば今回紹介した「業務モデル検討シート」とその活用は、MOTリーダーが自分たちの技術や研究の成果を経営成果に結びつけるために主導して行うべきであり、イノベーションにつながるマーケティング活動でもある。
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<注の説明>
 以下、全て「テクノビジョン」に掲載した連載。
(注1) 2009.2.「ヒット商品を生む『もうひとつの技術』」
(注2) 2009.12.「ハーレーダビットソンの『顧客創造』に学ぶ技術者の仕事」
(注3) 2009.9.「技術者が大きく仕事の能力を伸ばすとき」

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