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【連載:世界一の品質を取り戻す20】

検証・日本の品質力
世界ナンバーワン市場に急成長した
中国自動車産業の実情

山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

世界の自動車産業にとって2009年は歴史の大きな転換点になりそうだ。
それまで世界の自動車産業を牽引してきた米国が金融不安による信用収縮、それに伴う消費の低迷(特に耐久消費の打撃)によって世界一の自動車消費大国の座を滑り降り、代わってナンバーワンの座に着いたのが中国。時あたかも中華人民共和国は10月1日、建国60周年を迎えた。08年913万台だった年間新車販売台数は09年10月までで1000万台を突破。年間1270万台以上は確実視されている。
またワールドワイドの市場を見れば各国は景気対策として環境対応と合わせ省エネ、低CO2排出車に対する減税、補助金対策を実施。ハイブリット(HV)車、電気(EV)自動車、エコカーが市場の注目を集めた1年でもあった。
業界地図も様変わりしようとしている。ゼネラルモータース(GM)やクライスラーの破綻、世界ナンバーワンメーカーの座に着いたと思ったトヨタ自動車はフォルクスワーゲン(VW)とスズキの連携によりその座を1年で明け渡すなど、今後も各社の合従連衡は続くものと予想される。
今、あらゆる意味で熱い視線を送られているのが中国市場。今後毎年10%近い需要の伸びが期待されている。では中国内の自動車業界は今どうなっているのか、外国メーカーの中国生産と併せ、その実情をレポートしてみたい。

1.ビジネスチャンスとばかりに140社が林立

戦後まもなくわが国にオートバイメーカーが100社以上起業したのと同様に、中国では20年ほど前から大都市の道路整備が始まり、都市間に高速道路網が拡張されるに従い、モータリゼーションの波が一挙に拡大、街の様相が一変した。かつての大都市の通勤風景といえば自転車の洪水だったが、現在では車の洪水に変わり、スモッグの発生が北京や上海市のひとつの風物詩になっている。そのモータリゼーションの高まりをビジネスチャンスととらえ、国営企業ばかりでなく全国に中小のメーカーが“雨後の筍”のように誕生し、現在では140社を数えるまで拡大している。
中国の会社形態を大別すると国営企業、合弁企業、単独外資系企業、私有企業、集団所有企業など5タイプに分類できる。しかし中国の自動車産業の歴史はそれほど古くはない。最初に自動車を生産したのは第一汽車(FAW=本社・長春市)で、旧ソ連の技術協力により1953年に創業した。現在規模の上では上海汽車集団(SAIC=本社・上海市)に抜かれ第2位だが、政府専用車・赤旗を生産するなど、中国を代表する自動車メーカーである。中国の自動車産業の1つの特色は上位の企業が外国大手メーカーと合弁企業を設立、企業集団を形成していることである。第一汽車も早くからダイハツと提携し、シャレード(中国名=夏利)を生産しているほか、マツダ、トヨタと技術提携を結び製造している。そのほか90年から始まった外資との合弁では、まずフォルクスワーゲン(VW)と一汽大衆を設立、アウディ、ジェッタ、ゴルフなどを生産している。トヨタとはトヨタが先に設立した合弁企業の天津トヨタ、四川トヨタなどの中国側企業を買収、結果としてトヨタとの合弁になりヴィッツ、カローラ、マークX、クラウンなどを生産、近年では長春でプリウスも生産している。現在ではグループ企業は広範囲となり、乗用車、トラック、バスなど商用車、エンジン、部品事業などあらゆる関連産業を擁するようになっている。特に海南島には3000人規模の開発技術集団を持ち、自主技術の開発に余念がない。具体的には第一汽車集団公司技術開発中心を95年に設立、海南島に試験機関、無錫に燃料システム研究所、青島に車体のデザイン・設計の研究所を、天津に天津一汽夏利汽車製品開発センターを開発、ここに400名の技術者を配置している。
第一汽車単独でも生産能力は年250万台以上を誇っているが、近年100万台以上を生産しているものの、稼働率は50%以下。日米欧の先進メーカーの稼働率水準は70%であるからまだ相当の生産余力を残していることになる。
総合力では第一汽車には第1位の地位は譲るものの、乗用車生産では中国第1位の地位にあるのが上海汽車。改革開放(1978年)政策以前は中国唯一の普及車「上海号」を生産していたメーカーだが、飛躍の端緒になったのが84年から始まったVWとのノックダウン生産。翌年には合弁会社「上海大衆」を設立、本格生産に移行させた。前述の第一汽車や東風汽車などは中央政府所管の国有企業であるのに対し、上海汽車は地方政府所管の国有企業。ここで生産されたVWは中国中間所得者層に一挙に拡大、タクシー業界に大量採用されるなど乗用車の主役の地位に上りつめた。現在でもその地位は揺るがない。20年の生産実績を持つサンタナ(中国名=普桑)をはじめ、上級車のパサート、下級車のポロ、ゴル(ブラジルモデル)、そしてミニバンのトゥーランなどほぼフルラインで生産している。しかしVWの主役であるゴルフやジェッタは契約上生産できないでいる(上海大衆でのみ生産)。
また97年にはGMとの合弁会社「上海通用(GM)」を買収、同時に韓国で大宇自動車をバイ種して設立したGM大宇をフル活用、生産、販売網を上海、北京から東北、華北、内陸部へと全国規模で拡大させている。
そして04年にはSUV主体の韓国中堅メーカーの雙龍自動車に資本参加、経営権を取得している。
中国自動車産業に押しなべて言えることだが、第一汽車、上海汽車ともまだ本格的な自社ブランド商品が開発できないでいること。上海汽車は2010年までに自社ブランド車で20万台の販売を目標にしているが、近年市場投入した「栄威750」も図面から自主的に開発したと宣伝しているが、市場の評価はMGローバーのコピーという評価のレベル、目標は夢に終わるというのが一致した見方だ。
その解消に両企業とも熱心で豊富な資金を背景に上海汽車は02年、上海汽車工程研究院を設立、品質向上、生産性アップ、技術開発、工程改善など総合力向上の一大拠点をオープンした。さらに近隣にスケールアップした新施設を開発1000人体制の研究拠点にする方針。また05年には欧州の開発者と中国人開発者の混成開発拠点「上汽欧州研究開発中心」など新たな視点での研究開発組織を相次いで開発、自社ブランドの本格投入を2015年頃目処に進めているが前途それほど明るいとは言えない。というのは今後中国市場での勝敗を決めるのは、さらに強化が予想される日本車との競争、時間との勝負がカギを握る。
国有企業系で堅実な歩みを見せているのが東風汽車集団(DONGFENG)。同社は日産、フランスのシトロエンと50対50の合弁を組織、乗用車生産を行っている。以上の3社をひとつの類型とするならば、対極の第2類型と言えるのが私営企業。その代表が奇瑞汽車(安徽省)と吉利汽車(浙江省)の2社。
奇瑞汽車は地方政府傘下の投資会社が1999年に出資して出来た部品メーカーが母体であるが、スペインのセアト社の中古ラインを導入・セアト社のトレド(VWゴルフとプラトフォームが同じ)をモデルに車体設計は台湾企業に委託、エンジン工場は英国フォードの中古ラインを導入して乗用車生産をスタートさせた企業。特に社外エンジンの導入には積極的で瀋陽の三菱エンジンを搭載して販売を伸ばしてきた。
一時は日産ルノーや現代自動車などのブランドを抜き、国内メーカーで首位の第5位に躍進したこともある。その主力となっているのが「QQ」というリッターカー。市場での評価は上海GMのシボレー・スパーク(つまり韓国大宇のマチス)のコピー車だというのが定評だが、同社では自主開発、自主生産、自主販売のオリジナリティをうたい文句にしている。
奇瑞汽車は風評どこ吹く風でラインナップを拡充、QQのほか「旗雲」、中型車「A5」、中大型車「東方之子」、SUV「瑞虎」、ミニバン「V5」などを投入、10年足らずの間にフルラインメーカーに成長した。国内ばかりでなく中近東、アフリカなどへの輸出にも熱心である。従来は第一汽車など国営企業からの流出組が開発の中心になっていたが、03年に技術開発の専門組織「奇瑞汽車工程研究員」を設立、05年にはそれが国家設能環境保護汽車工程研究員の認可を受けてからは国の潤沢な資金も注がれるようになり、世界の主要メーカーやデルファイ、ヴィステオンなど有力部品メーカーで研究を進めていた。海外帰国研究者が多くを占めるようになっている。最近ではエンジンの開発においても、自社の完成車に自主開発、自主生産エンジンを搭載できる体制を整えている。そして、注目すべきは日・独・米の3国のトップ企業がしのぎを削っている「3リッターカー」(100キロを3リットルで走る)の開発、ハイブリッドなど環境・省エネ分野の先端テーマにも熱心な開発を進めている。

2.国際競争力強化のために「4大4小」政策

今後中国では国策により、自動車産業の多数の吸収合併が実施される。政府の方針ではまず大型国有企業を中心に08年末現在、存在する140社ともいわれている車メーカーの数を10年末で80から100社に削減、最終的には50社以下に集約し、国際競争に勝てる企業を育成する。つまり今後1年間で60社以上の国有企業が淘汰される見通しで、再編のスピードがさらに加速する。
08年の中国の自動車販売量は前年比6.7%増の940万台。それが世界不況の景気刺激策(4兆元=53兆円)もあって09年の販売量は1300万台に近づく見通し。さらに今後も年率8%以上のGDP成長が続けば2015年に年2000万台に到達する。09年3月発表された中国自動車産業の新・振興計画によると今後3年間でメーカーの統廃合を進め年生産量が200万台以上の企業グループ2、3社、100万台以上のメーカーを4、5社に、そしてシェア90%以上を占める上位14社を10社以下に絞り込む方針。
新・産業新興策では「4大4小」という産業再編策が示された。つまり4大とは上海汽車集団、第一汽車集団、東風汽車および長安汽車集団の4社を指し、全国的な再編の中心企業集団と位置付ける。一方の4小とは北汽車集団、広州汽車、奇瑞汽車および、中国汽車の4社を言い、地域的な再編の中心企業とする考え。この4大4小の再編が成功すれば市場の集約性がさらに進み大手メーカーの更なる体質強化が実現する。そして、年産2000万台の到達時点での輸出の割合を20%強と見込んでいる。
業界全再編の動きは加速度を増し、主なものを見てみると、09年5月には広州汽車集団は、三菱自動車が株主の湖南長豊汽車製造に出資、7月には同集団が伊フィアットとの湖南省での合弁計画を発表、11月には長安汽車集団(中国4位)が中国航空汽車工業を吸収合併、自社ブランド最大手の奇瑞汽車が中堅の江淮汽車との経営統合の動きを見せるなどM&Aが活発化している。
一方中国が自動車販売台数で世界最大を確実にし、今後、国際競争力を高めるため企業集団の統廃合を進めようとしているのとは裏腹に、EV車などのベンチャービジネスへの参入が相次いでおり、特に地方では安全性に問題があり、盗作を意味する「山寨」版など違反車が後を絶たない。
車体は外国車そっくり、部品は寄せ集め、ナンバープレートにメーカー名だけで数字は無く品質・安全無視の低価格EV車が地方の中低所得者層の支持を得て大躍進の状態だ。報道によると山寨版EV車メーカーは山東省だけで20社以上に達すると言う。こうした車が公道を走るのはもちろん「道路交通安全法」違反だが、販売価格が37万円前後という威低価格もあって当局の取り締まりにもかかわらず依然として公道を走り続けている。
一方で中央政府も「EVで世界の自動車市場の派遣を握る」事を目標に、EV開発に注力している。地方政府も支援に力を入れており、地元への工場建設の優遇策を講じながら熱心に誘致を進めている。現在では技術力に大きな差はあるものの、地方政府が認めたEV車メーカーは50社以上にのぼっている。

3.今のチャンスを生かせるか

世界不況脱出に日米欧が苦しんでいる中でいち早く浮上してきたのが巨大な人口を抱える中国・インドなどの新興大国。先進国の有力自動車メーカーも当面の頼みの綱は中国市場とばかり、同市場強化策を打ち出している。
迎え撃つ中国メーカーは、技術力では2周遅れと言われるが、その差を埋めるため国を挙げて強化策を打ち出している。
自動車業界では「製品力の強化には3年」「販売力の強化には5年」そしてカテゴリー変革(ガソリン車からハイブリッド、そして電気自動車へ)と世界車消費の地域変動、消費者の心変わりなど、業界は今大きな変革期を迎えている。中国自動車産業にとっては今、遅れを取り戻すチャンスでもある。しかし、この機を逃すと単なる消費地にとどまってしまう可能性も否定できない。今後10年間が中国自動車産業の正念場になるといっても過言ではない。


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