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【連載:MOTリーダーの仕事と責任〜イノベーションを生み出す仕事と組織運営〜 2】

技術者が進んで仕事に責任を持つとき
〜ドラッカーと事例に学ぶ職場づくり〜

経営・情報システムアドバイザー
森岡 謙仁  
(アーステミア有限会社 代表取締役)  
 
チーム成果を上げるためには部下に仕事の責任感を持たせることが不可欠である。「はい、私がやります」と仕事に取組む元気な社員が減っていると感じる今日、責任を持って仕事をしてくれる部下を多く持ちたいと思うリーダーや管理職は多いに違いない。

■ただ「責任を持て」では動かない。

そこで部下に対してつい言いがちなのが「責任を持って仕事してくれ」という一言である。この一言を言うことによって上司であるリーダーや管理者は、仕事をしている気になることもあろう。トップダウンで目標を押し付け、部下をPDCAのサイクルで回そうとするなど、部下の技術者のやる気を失わせる典型的な例だといえる。(注1)そればかりか上司と部下との関係は冷めたものとなり、成果は期待はずれに終わりがちである。
そもそも部下が仕事の目標を納得していないとすれば、「目標に向かって仕事をしている振り」「ひたむきに仕事をしている振り」をされるのが落ちだ。
仕事のやり方に組織としての一貫性が無く、上司によって部下に指導することがばらばらであるような仕事を押し付けられた技術者は、その仕事に責任を持とうとは思わないだろう。自分のした仕事の結果をどのように上司が評価しているのかわからない仕事に対して、徐々にやる気を失っていくのが人間ではなかろうか。良い仕事をするために勉強しようという雰囲気が無い職場で、仕事の役に立つからと進んで自己啓発する従業員がどれほどいるだろうか。
これまでひどい現実の職場は無いかもしれないが、部下が本気になって責任を自覚し仕事をしている職場づくりは、MOTリーダーの仕事であり責任であると心得たい。

■部下が自発的に責任を持って仕事をするための基盤づくり

上司としてはまず、部下が責任を持って仕事をする基盤をつくらなければならない。 半世紀以上をかけマネジメントを体系化したピーター・ドラッカーは、「働くものが責任という重荷を負う」ために必要な3つの条件をあげている。(注2)(次の図を参照)
MOTリーダーの仕事として以下を読んで欲しい。
1)仕事を生産的なものにする。
業務分析、標準化プロセスの設計、管理手段の組み込み、仕事や管理ツールの設計などにより仕事を生産的なものにできる。これは創造性を生み出す仕事環境にもなる。
2)情報をフィードバックする。
成果についての情報をその本人にフィードバックする何らかの仕組みが不可欠である。 自ら目標と実績との対比を行い自己管理ができる環境を準備することが大切である。
3)学習を継続させる。
初期教育の後も技術者が知識とスキルにおいて陳腐化しないように継続して学習させる仕組みを用意しておく必要がある。例えば、フィードバックから得たデータを分析し、より良い成果をあげるために必要な知識やツール、新たにどのような情報が必要かを自ら問い続け、自ら答え続けることにより作業者集団から学習集団にしなければならない。
さらにこれら3つの条件が組織の中で有効に機能するためには以下が必要であると説明している。
  • 仕事する者を参画させる。
    仕事の当事者に目標設定の段階から職務設計にも参加させることで、「目標設定に自分が関わり、やり方にも自分が関わった」という自覚をもたせ責任感を醸成していくのだ。
  • 明確な権限を与える。
    予算であれ人事に関することであれ仕事の当事者が自分の権限が不明確だと思えば、自信を持って意思決定などできないはずだ。
  • 職場コミュニティを現場当事者の自治で行う。
    休暇の調整、レクレーション活動や職場の人間関係を良好にする活動などの自治を任せることを忘れてはいけない。これらの満足度が低下すると仕事のモチベーションも下がることがある。職場コミュニティでリーダーシップを発揮できる機会を得た部下は、マネジメントとは何かを学ぶことができるだけでなく、マネジメント上の責任を感じ取り学ぶ機会を得たことにもなる。こうして部下の責任感はつくられる。

■日産自動車の製造現場に見る事例

ドラッカーの教えにこだわらず現実の中で成功例を探してみる。20分の仕事を覚えるのに2ヶ月以上かかる、高度な技術と技能を持つ技術者の育成に力を入れている日産自動車のやり方をみよう。スーパーカー「GT−R」搭載のV型6気筒エンジンであるVRの組み立てに要する部品の点数は1000を超えるという。このエンジンを製造する工程は5つであり各工程に1人ずつ担当者を配置している。(注3)この作業を行うには100ページを超える作業標準書を覚え所定の時間内で各工程の品質要求を満たすまで教育とトレーニングを受けなければならない。初めてこの職場に配属された担当者は「先輩の背中を見て技術は盗むものだ」の教育ではないことに安堵するに違いない。また合理的であり仕事を生産的にする準備が整っていることから、自分の知識とスキルに対する向上心を刺激されるであろうことは明らかである。
仕事を生産的にするツールがあり教育とトレーニングも整っている職場環境である。仕事の成果については所定時間内に作業を完了できたか、品質要求を満たす仕事ぶりだったのかはフィードバックされる。エンジンや部品の改善をはじめより良い成果を生み出すために、リーダーは作業担当者の意見を聞き作業標準に反映する。新しい知識の習得とスキルの向上については、関係者で共有するなどの仕組みが整っている。
また、新車のデザインを決めるクレイモデル(粘土状の模型で車の外形を決める)をつくるMOTリーダーのK氏は、部下の探究心を大事にしているという。2次元のイメージを3次元として形づくる工程においてデザイナーとイメージをどのように合わせるか、まさに本人の自発的な探究心や責任感が無くてはとうていできない仕事である。
ドラッカーのいう「働くものが責任という重荷を負う」職場作りに成果を出している事例といえよう。

■「内部環境を創造する」というMOTリーダーの仕事

部下指導において自ら手本となることが重要であることは言うまでもないが、つい自分でやってしまったのでは部下が育たない。今回事例でとりあげた日産自動車のMOTリーダーはいずれも自ら手本となっているだけではない。
「働くものが責任という重荷を負う」それは職場作りに鍵がある。これについてはISO10006に「リーダーは目標の統一と組織の方向を確立する。リーダーは人々が組織の目標を達成するのに十分にかかわるようになり得る内部環境を創造し維持するべきである」(注4)とあり、MOTリーダーとしては再認識したいところだ。
標準化は当然のこととしても、それだけで終わってはいけない。部下の意見を取り入れ標準手順書を常に書き直せば、部下の参加意識は自ずとでてくる。作業一つ一つの意味を深く理解することで、「実現すべき品質基準」を満たす行動が日常業務に織り込まれていくのだ。まさに知識・技術が技能となり熟練が増す瞬間である。このとき一緒に喜んであげる上司がいれば部下の労は報われ責任感は不動のものとなる。
<注の説明>
(注1) テクノビジョンVol.447, 2009年3月号「PDCAを経営成果に結び付ける「もうひとつの技術」」(森岡謙仁著)に詳しく説明している。
(注2) ドラッカー名著集 マネジメント(上)pp315〜329.(P.F.ドラッカー著、上田惇生訳、ダイヤモンド社)
(注3) 日本経済新聞(2009.9.21付け)「日産、もの作り現場の知恵」に詳しい
(注4) ISO10006;5.2.3 リーダーシップにその記載がある。

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