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【連載:世界一の品質を取り戻す18】

検証・日本の品質力
成長戦略のカギを握る途上国開拓マーケティング
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.実体経済「悪化のスパイラル」を断ち切る

2007年後半に表面化した米国サブプライムローン(信用度の低い借り手向け住宅金融)問題から始まった金融危機は、08年9月までは実体経済にわずかな影響しか与えないと思われ、日本や欧州ではそれが苦痛を伴う劇的なものではなく締め付は程度の軽いものと感じられていた。しかし9月には入ると事態は急変する。リーマン・ブラザーズの倒産や世界最大の保険会社AIGが一部国有化されたことが世界中の金融界に衝撃を与え投資や債権、それに金融機関への信用が突然失墜した。
この米国発の金融ショックは世界中の先進国だけでなく数多くの小国の実体経済にも「心臓発作」をもたらした。事態の悪化を恐れて銀行は貸付を止め、企業は借り入れを控え世帯は支出を減らした。金融機関も企業も家計も慎重度を増しその結果貸付や借り入れは減り消費も急速に減退し、そのため経済活動は急収縮し失業は増え企業は倒産するという最悪の事態をもたらした。
企業収益の悪化→雇用の悪化→消費の抑制・・・この実体経済の悪化スパイラルを断ち切ろうと各国件名に財政出動し景気テコ入れ策を行い、その効果が出てやっと底入れかという状況にあるのが現在だがまだ油断は出来ない。
回復のカギを握るのは何と言っても金融危機の震源地、米国の経済動向。だが過大な期待は掛けない方がよい。従来、米国は異常とも言える過剰消費国だったからだ。世界の成熟した消費先進国のGDPに占める個人消費の割合は60%が常識的なところ。それが米国は70%強。極端に進んだクレジット社会に加えて不動産バブルが後押しした。値上がりを見越した与信アップが過剰消費をもたらしていた。そのバブルが破裂した結果消費の収縮、特に日本の得意とする自動車や家電などの耐久消費財に集中した。米国の現状を見れば雇用不安(失業率9.7%)から来る将来不安。それに備えての貯蓄率のアップ。身の丈に合った正常な消費行動への回帰が始まっている。よって今後しばらくはGDPの10%分の消費減退傾向が続くものと見なければならないだろう。
今回の金融危機の影響を最大限被ったのが日本。02年から始まった長期安定成長は米国バブルに支えられたもので、その間内需策は後回しにされてきた。中国の経済成長も内実は中国で生産し、米国へ輸出するというのが主体で現地生産・現地消費は後回しだった。その弱点が如実に現れた結果が大きく経済の足を引っ張った。道半ばだった内需拡大策の特効薬は国の財政出動も必要だが、年金、介護、医療、雇用の4大要因の将来不安を払拭することであり、この制度設計が確立し、運用が定着すれば1500兆円といわれる個人金融資金が消費に向って動き出すはずである。

2.ボリュームゾーンの支持獲得には「生産基地的発想」からの脱却を

今回の金融危機に端を発した経済収縮で先進国がGDPを大きく落としている中で、さほどの影響もなく依然として経済成長を続けている国がある。それが中国、インド、インドネシアである。これらの国に共通することは人口大国。しかも最近所得中間層の割合がコンスタントに伸びている国々である。アジア開発銀行の予測によると、今年度のこれら3カ国の成長率は中国8.2%、インド6%、インドネシア4.3%となっている。
中国はまだ年率20%超という輸出減が続いているが、政府はリーマンショックを機に輸出依存から内需主導型に構造を変えた。4兆元(53兆円)の予算を投じて「家電下郷」「汽車下郷」「インフラ投資」「四川地震復興対策」など策を矢継ぎ早に打ってきた。その効果が急速に表れた格好だ。今日本経済は当面中国頼みの感がある。
インド経済回復の原動力も個人消費である。自動車販売台数は4〜8月で前年同期比12%も伸びたし、携帯電話も毎月1000万件の新規加入が続いており、その勢いは中国を上回る。インドネシアも個人消費を中心に今年初めが4半期単位で毎期4%以上の成長を続けている。
この3カ国にベトナムを加えた4カ国の人口は30億人近く世界人口の半分近くを占めることになる。これだけの市場が日本の近くに存在し、今後も着実な成長を見込める。日本企業もこの巨大マーケットを見逃す手はない。
この4カ国における日本製品、メーカーの知名度、ブランドイメージは高い。しかしこれまでの日本企業の戦略はあくまで安い労働力の活用で現地の消費者相手よりも日本の消費者、あるいは米国市場であった。最先端の製造ラインを持った工場を建設し、現地の富裕層を対象としたハイエンド商品を現地に供給してきた。だがそれによって築かれたイメージが大きく、成長し始めたミドル層への浸透度への足かせになっていた。つまり知名度と品質に対する高い評価にもかかわらず、実際の購買となるとそのブランド候補として考慮する消費者は高・中所得層に限ってみても平均50%以下にとどまっている。
そこで急速に拡大し始めたアジアの中間層の支持を獲得するためには従来の「生産基地的発想」から脱却すると共に多く消費者が購買可能なより身近な製品を開発する不断の努力が必要になってくる。
中国は昨年秋4兆元の景気刺激策を打ち出すと同時に外需依存型から内需拡大に政策転換した。これに呼応するように日本企業も現地工場の製造体制、目的の転換を図りつつある。その成果は出始めているものの、前途は厳しいといわざるを得ない。その企業の施策の一端をフォローしてみたい。

3.新興国向け「専用機種開発」で攻勢が始まった

最近の日本メーカーの間で注目されているのが新興国専用機種開発という言葉。日本メーカーにはこれまでの積み重ねからユニバーサルマニファクチャリング体制は整っているが、高品質、高機能の努力は惜しまないが、汎用品、低価格化はどちらかといえばないがしろにされてきた。それが日本の「ガラパゴス化現象」にもつながってきたと言える。
中国の景気刺激策の家電や車の地方普及政策も補助金や減税の対象となるのは薄型テレビであれば上限は2000元(約3万円)以下、車であれば4万元(60万円)以下。薄型テレビのシェアで言えば、上位5社はすべて中国メーカーで6番目にやっとシャープが顔を現す程度。日本のメーカーがこの価格帯の製品を投入するためには部材の調達から生産の仕組みまでまったく新しい発想で行われなければ不可能だ。
そのひとつの方法として各メーカーが今春頃から力を入れているのが新興国向け専用機種戦略である。日本を代表するメーカーの専用機種戦略のいくつかを紹介してみたい。
富士フイルムは機能をギリギリまで絞り込んだデジタルカメラを開発、価格を100ドル以下に抑え込み、アジア、南米向けに市場投入した。性能も左右する画像センサーに汎用品を採用する、中国に部品購買組織を新設し、調達先をゼロから見直すほか、海外メーカーに生産委託するなどして日本の半分以下の価格でも利益の出る仕組みを作り上げた。これを皮切りに新興国で蓄積した低コスト生産のノウハウを先進国向け製品に転用し価格競争力にさらなる磨きをかける狙いもある。
この分野では早くから積極的に取り組んでいるのがパナソニック。今年度中にBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国)とベトナム向けに現地使用の家電を08年度40%増の70品目を投入する。中国上海に設立したR&Dセンターなどで、各地域の細かなニーズを把握、開発の現地化とマーケティング、販売、サービス網の拡充などで、新興国で2ケタの販売増を目指す。
ダイキンは中国格力電器グループと提携、中国メーカーのバリ取りの弱さ、金型の精度アップ、品質力アップを徹底的な協力体制(生産委託・共同開発)をとってきた。格力グループはこの協力によりエアコンのボリュームゾーンの競争力を強め、新興国への攻勢を強めようとしている。また中国のこのエアコンのボリュームゾーンの対象者は2億人から8億人強に急拡大、売上げを急速に伸ばしている。だがこれに味を占めた格力グループは次のステップとして富裕層向けのインバータエアコンの中核技術の供与をダイキン側に要求し始めている。どこまで譲歩するか。今後、同社の新興国戦略にかかっている。
日立製作所グループも新興国戦略を急速に拡充しつつある。特に力を入れるのは白物家電事業で、まず中国の生産・販売合弁会社の出資比率を60%から95%に高め昨年末に体制を整備した。日立は合弁会社を中国の家庭用エアコンや洗濯機の主力生産拠点と位置付けてきた。経営の主導権を握ることでエアコンの増産など意思決定の迅速化などスピード経営に注力するのが狙い。特にボリュームゾーンでの日本メーカー同士の競争激化に備える狙いもある。日立アプライアンスは国内の技術者を、タイの開発・製造拠点に派遣。高温にも耐えられる中近東向け冷蔵庫などの開発を強化。中国、サウジアラビアなど20カ国に現地仕様の大型冷蔵庫を順次投入する方針を打ち出している。
日立製作所はインドでは業務用エアコンの工場を新設した。すでに稼働していたアーメダバード近郊の家庭用エアコン製造拠点の隣接地に用地を確保。約10億円を投じて工場を建設、春から生産開始している。業務用はそれまで家庭用工場に細々生産してきていたが、市場が拡大、対応しきれなくなっていった。専用工場では年8万台に達する。これによって同国でのシェアに約14%、1年後には20%に引き上げたいとしている。また2010年を目処に現地の営業人員を40%増の140人に増やし販売能力、マーケティング力のさらなる強化を図る方針。インドの業務用エアコンの市場は年率で20%以上の伸びを続けている。市場では現地メーカーや米国のキャリアなどが強く、日立は5位グループに位置しており、同社では今後、省エネ性能などの強みを生かし、コストダウンをさらに強化し、品質で販売拡大を目指す考え。
コマツは中国向けに後方旋回機能を省いたミニショベルを投入、JUKIは中国?インドでの機能を絞り、大幅に低価格化した基盤の表面実装器を販売、井関農機は中国向けに価格を最大3分の1に抑えたコンバインを販売するなど新興国向けに商品戦略を組み換えた企業は徐々に多くなっている。
一方、製造設備でも同様の傾向が現れ始めている。工作機械の中堅企業ソディックは、覚えやすく、使いやすく、安定加工が出来る入門機を新興国に投入、顧客獲得に拍車を掛けようとしている。同社の機械は医療器具の極細カテーテルや発光ダイオード(LED)部品など100万分の1メートル以下の微細金型を加工するなどに特徴を持つ。当然その為には操作者にも高度な加工に難易度の高いスキルが求められる。これまで頭脳の部分に当たる数値制御(NC)装置は自社機への搭載のみにとどまっていたが,新興国向けの入門機にもNC搭載に改造するなど、工夫を加え、新たな収益源にしたい考え。
途上国ビジネスでは新しい発想の取り組みも始まっている。それがBOP(Bottom of the Pyramid=ピラミッドの底)ビジネスと言われるもの。世界の最下層の貧困層を対象とした事業のことを言いインドで洗剤を小分け販売した米国ユニリーバなどの欧米企業が先行、市場規模は現在、450兆円に達していると言われる。
住友化学はタンザニアで、マラリア予防のため蚊帳の製造・販売をしているが特殊な殺虫成分を練り込んだ1張り5ドルの蚊帳を年1900万張り生産、現在2工場で4000人の雇用に結び付けている。新たに2000人規模の新工場建設も進行中。このビジネスは途上国援助の社会貢献の意味合いもあるが、収益向上も図る一石二鳥の狙いも持つ。
このほか味の素、ヤクルト本社、ヤマハ発動機など世界各国でそれぞれ特徴を生かしたBOPビジネスを展開し始めている。

4.「コマース・インテリジェンス」の充実で カントリーリスクの回避を

トヨタ自動車はこのほどグローバルとローカルの両方を見据えた本格的なマーケティング会社を設立した。来年1月から事業を開始する。
新会社の体面は全世界を対象にマーケティングを支援、統括する完全子会社を設立し、その傘下に国内向け市場調査、広告、コミュニケーション活動などの4社が入る形をとる。狙いは世界展開する巨大企業になったため販売部門の意見が開発、技術、商品企画に届きにくくなったことに対応するもの。地域や現場の最前線のニーズを早く経営に届けるのが狙い。次世代のグローバル戦略の一環である。
資源貧国・日本は付加価値商品を作り上げ、それを世界各国に消費してもらう宿命を負っている。「千手観音」の思想で世界に販路を拡大していかなければならない。せめてどの企業もG20の国々ぐらいには生産・販路を拡大すべきである。
また国の施策としても、新興国や途上国に市場を求める場合、官・民連携の仕組み作りが必要となる。そこで提案。在外大使館に民間採用の商務スタッフを配置しコマース・インテリジェンスの収集に努め、官民一体となったカントリーリスクの回避、市場拡大に努めたらどうだろうか。先進国でこうした試みを制度的に行っていないのは日本だけだからだ。


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