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【連載:世界一の品質を取り戻す16】

検証・日本の品質力
国際市場で静かに広がる保護主義の影
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

米国発の金融危機は世界マーケットを直撃、同時不況をもたらした。各国は競うように大型の景気対策を打ち出し、他国より一刻も早く回復軌道に乗せるべく躍起となっている。先進各国とも戦後最大とも言うべき経済刺激のための大型予算を組んでいるがそれぞれの色合いが異なる。
米国は金融システムの再構築(金融機関の救済)、官民の借金体質からの脱却(正常な消費スタイルへの回帰)、痛んでしまった自動車産業など基幹産業の回復対策、遅れていた環境問題への取り組み強化(グリーンニューディール政策)など、欧州は米国と連動していた金融のシステム是正、域内経済の内需拡大、そして貿易拡大などを、中国は輸出依存から内需型経済への構造変換、都市と農村の所得格差の是正、失業者対策など社会不安の解消、そして日本は身近に迫った総選挙と相乗りの消費刺激策(定額給付金、家電エコポイント、省エネカーへの補助金など)を実施の予定だが旧態依然としたハコモノへの公共投資などバラマキ予算になっている。本来やるべき内需拡大への産業構造転換、安心・安全社会実現への投資充実(年金、医療、介護など福祉の充実)、少子化対策などの手を打っているのだろうが、明確な形では見えて来ない。
各国の不況対策を詳細に見てみると、日本と他の国の政策の決定的な違いは明確な出口戦略の相違、つまり他国にはポスト世界同時不況の産業に、何に力点を置くか、そのための産業育成策をどうするか、ビジョンを明確に打ち出している点にある。各国はターゲットを絞った産業育成策、企業育成策を打ち出しているが、その行き過ぎた形が保護主義となる。ここではその双方の内実をレポートしてみたい。

1.昨年指摘された保護主義的事例は30カ国・130件

経済産業省が6月下旬公表した2009年版「不公正貿易報告書」によると、08年秋以降、関税引き上げを含む貿易制限的措置を実施し、公的機関から保護主義的と指摘された案件は世界30カ国・130件にのぼった事が報告されている。特に批難されたのが昨年10月に開催された日米欧の先進7カ国プラス新興国を加えた世界20カ国、地域(G20)による「金融サミット」での、米国よる「公共事業に自国製品の使用を義務付けた」いわゆる「バイ・アメリカン条項」である。
そのほかの主な保護主義的な貿易障壁の例を見てみると、前号で紹介した中国のソフトウェアのソースコードを企業に強制開示させる同国独自の認証制度の導入(実施は1年先送り)、ロシアの自動車や農業機械、一部の鉄鋼製品の関税引き上げ、ウクライナの自動車および冷蔵庫の関税引き上げ、アルゼンチンのエレベーターなどの金属製品に輸入許可制の導入、インドの鉄鋼製品に独自規格を強制する制度創設(実施は1年先送り)、インドネシアの電気製品など5分野で輸入制限などがあり、同不正貿易報告書では20カ国・約130件の中の9カ国・24件を特に指摘し、相手国への是正を強く働きかけるとともに、監視活動を強化する必要があるとしている。

2.韓国のリチウムイオン電池規制

韓国は突然、パソコンやデジカメなどに使用されるリチウムイオン電池について7月から新たに規制を実施することを表明した(詳細は不明)。韓国でリチウム電池を組み込んだ電気製品を製造販売する場合、同国内の機関の認証が必要となるというのがこの規制の柱。
リチウム電池は、携帯電話などの使用中に発熱や破裂事故が頻発したことから各国とも安全基準を策定・強化している。日本の場合はメーカーや輸入業者が(高い安全)基準に基づいて自己検査を行えば販売できる制度になっている。
現在のリチウム電池の世界シェア(セル数ベース)は日本が50%(三洋電機22%、ソニー15%、パナソニック6%、日立マクセル5%、その他2%)、韓国22%(サムソングループ15%、LGグループ7%)、中国のBYD社8%、その他20%となっている。電気製品への組み込みに限れば日本のシェアは60%のシェアを持っている。日本の電池メーカーの自主的な検査・認証基準は世界に比較しても大変厳しいため、韓国製品の日本での販売が立ち遅れていると言う実情がある。今回の韓国の狙いはその代わり同国内での主力産業である電気・電子で自国企業の競争力を維持することにある。
韓国同国内市場だけを見ると。サムソングループなどが市場を押さえ、日本商品のシェアが小さいという現状がある。ただ、猶予期間を経て来年1月本格的に始まる検査の具体的な内容は不明だが判明しているのは、同制度では韓国の4つの機関が安全管理の検査を行うとしており、日本メーカーの輸出に向けた手続きが煩雑になることが懸念されていた。日本政府としてはこうしたことが他の国でも独自監査をそれぞれ実施することになれば対応が大変になることから韓国政府に対し善処を求めていた。また米国政府も制度見直しを求めていたところ、米国製品を例外扱いとし、米国内の機関で認証を受ければ輸入を認める方針に転換した。日本政府も経済産業大臣名で「WTO(世界貿易機関)で懸念を表明する」と言う声明を公表した結果、日本に対しても、日本の認証機関による証明も容認する方針を明らかにした。日本の認証機関が韓国知識経済省から事前に指定を受ければ、安全確認テストの認証をメーカーに付与できるよう制度を見直す方針。実施時期は12月末までと猶予期間とし、来年1月から行政処分を含めて運用する。この措置は日本だけではなく他国にも同じ仕組みを適用する方針で現在のところ落ち着いている。

3.中国の国内企業の優遇策とレアメタルの輸出規制

世界同時経済収縮の中、各国とも大型予算を組んで国内景気の早期回復に躍起となっているが、そこで目に付くのが当然のことながら自国企業の優遇策。米国は先のバイ・アメリカン条項の他、ビッグ3優遇と見られる自動車、航空機産業に資金支援を実施、イタリアも自動車買い替え補助金で事実上の国産車支援を行っている。各国とも陰に陽に同様の施策を打ち始めている。
そこであからさまな施策を実施しようとしているのが中国。中国は景気対策特別予算として4兆元(約57兆円)を計上、積極的な内需拡大策を実施している。07年末から3省1都市を対象に行っていた農民の消費を拡大するための施策、つまりテレビ、冷蔵庫、携帯電話、洗濯機など8品目を買った場合に国がその13%の負担する「家電下郷策」を全国に拡大(都市部の場合は3品目を対象に10%の補助)、また全国規模で自動車、オートバイを購入した場合、10%の補助。家電購入のケースではパナソニックや三洋電機、デルなど一部海外メーカーも指定企業のリストに入っているが大多数は国内メーカー。例えばテレビの場合、補助金対象の販売額は2000元(約2万8000円)で日本メーカーが強い液晶テレビの購入は難しい。また自動車の場合、3月には1ヶ月で100万台を売って米国を抜いて世界ナンバーワンの車消費国になったが売れ筋は50万円程度のものが圧倒的。これを販売しているのが地場メーカーの1300cc以下の車が対象で「国内保護主義が台頭してきた」との見方が強かった。
さらに5月頃から強くなっているのが「バイ・チャイニーズ策」とも言うべき自国製品優遇の動き。5月下旬、政府は中国製品優先購入を求める通達を全土の地方政府や出先機関に対し一斉に交付した。これは景気刺激策を実施する場合の入札のあり方を規定したもので、骨子は「中国国内で調達できないか、合理的な条件で購入できない場合、以外は中国製品の採用」を求めたもの。中国政府はこの通達について「(海外製品と国産品の)公平な競争を確保するのが目的。中国政府は貿易保護主義に強く反対している」と説明しているが、各国は保護主義の動きとみて警戒を強めEUの欧州委員会などはWTOのルールに接触していないか調査を開始している。現状、経済成長率が一番高いのが中国。各国とも熱い視線を送っているのが同市場。競争の激化から国内企業を保護する施策に出たもの、通達では外国製品を購入する場合、政府の認可、同意が必要とされておりすでに一部で外国製品の締め出しが行われており、公用車通達の際、高級輸入外車などは締め出されている例がある。中国に20%の鉄鋼製品を輸出している日本の鉄鋼メーカーなどは先行き警戒感を強めている。

4.中国のレアメタル輸出規制に対し、欧米がWTO提訴

中国は亜鉛や蛍石、タングステンなどレアメタルの世界最大規模の生産量を誇る資源大国である。その中国が2005年頃から世界市場での長期的な主導権の確保を担って、戦略的な鉱物資源について生産から備蓄、輸出まで総合的な国家管理体制を敷くようになっているこの政策のもとに徐々に制限を強め、蛍石で輸出枠を20%削減、ボーキサイトや炭化ケイ素、あるいは主要なレアメタルでも輸出枠を削ってきていた。輸出税でもこの間、順次引き上げており、黄リンで70%、亜鉛やマンガンで10〜40%に達している。
さらに中国政府はこのほど7月から黄リンや一部レアメタルの鉱物資源の輸出税の引き上げを表明した。
例えば中国は鉄鋼製品の製造に不可欠なコークスの世界生産の約60%を占めているが、中国が輸出数量を大幅に制限した結果、世界のコークスの市場価格が中国の国内価格に比べ1.5倍以上となり、世界の鉄鋼業の競争力が不当に阻害されているという。
こうした現状を受けてEUは次のような声明文を出している。
「中国のボーキサイト、コークス、蛍石、炭化ケイ素、亜鉛で輸出数量制限を課している。黄リンで70%、ボーキサイトに15%、コークスに40%、蛍石に15%、マグネシウムに10%、マンガンに20%、金属シリコン(金属ケイ素)に15%、亜鉛に25〜35%の輸出関税をそれぞれ課している。こうした制限はWTOの一般ルールだけでなく、中国がWTO協定の一部として署名した約束をも侵害するものである」
日米欧は中国のこの政策の影響で鉄鋼産業、半導体、航空機産業などの幅広い製造業が不利益を被っている不公正貿易だと批判してきていた。そして、このほど政治力の強い米欧の鉄鋼産業の働きかけでWTO提訴に踏み切った。
だが日本政府はWTOに提訴せず2国間交渉で中国側にレアメタルの輸出税の引き下げや数量制限の是正を引き続き求める方針で米欧と異なる対応策をとることにした。その背景には米欧と共同歩調で強く出た場合、レアアースなどその他のレアメタルの輸出数量をさらに拡大すると言った報復措置を取る可能性があるため、それを回避した措置と見られている。そうなった場合、ハイブリット車や携帯電話などにも大きな支障を来たしかねないことから、産業界の事情を配慮して、今回の提訴を見送ったと見られる。
世界経済が大きく変化する時に、こうした保護主義的な動きが活発化する。保護主義的な効果は一時的なものであり、長い目で見れば、貿易縮小などデメリットの方がはるかに大きい。それぞれの国が安全網を拡充して保護主義に対抗する意識と姿勢を明確にすることが大事である。


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