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【新連載:世界一の品質を取り戻す11】

検証・日本の品質力
今、全力シフトすべきは品質・コスト国際競争力の強化
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.急速に縮減する世界経済

米国発の金融危機が実体経済に大きな影響を及ぼし、需要を急速に収縮させ世界同時不況に陥れ今日に至っている。日本の経済実態を見ると、08年度第3四半期(10〜12月)にはGDP(国内総生産)前年対比マイナス10%(年率換算)と急激な大幅減速状態にあり、第4四半期もそれ以上の悪化懸念もある。これは第一次オイルショック以上で大恐慌期に匹敵する状況。
それもこれも長く続いた円安政策により輸出企業が経済を牽引する構造にしてきた。そして内需拡大の政策に注力してこなかったツケが傷口を大きくした格好だ。当面日本の景気回復は米国や中国の回復に依存する体質から抜け切っていない。他力本願ながら当面の特効薬は米国の景気回復だ。その米国だが、まだ第一段階の金融危機が終結していない。70兆円に及ぶ政府資金を注入しても第二、第三の金融危機が懸念される状況が払拭されていない。オバマ新政権は当面73兆円の大型景気対策で回復に全力投球するが、これも先行き不透明。思惑通り効力が発揮されるとGDPで3.5%押し上げると期待されており、これが実現できると日本へのGDP波及効果は2%試算(数年間で)され、それによって国内消費を1%アップさせるという期待数値も出ている。来年秋に予定されている中間選挙まではがむしゃらに景気対策を打ってくるはずだ。
しかしオバマ新政権はかつての「強欲と無責任」の市場万能主義からの決別を宣言している通り、世界の資金をガブ飲みし、過剰な消費に回す異常な状況から脱却し、当面は秩序ある消費に向かい、直近とは違った米国の姿に生まれ変わるものと期待されている。依存度の高い中国の経済状況も予想以上に悪化している。過去5年間GDP年率2ケタ成長を続けてきた中国経済は08年10〜12月期で前年同期に比べ6.8%増に終わった。四半期ベースでみると7年ぶりの低水準。中国政府は内需型構造に転換する政策を約53兆円以上(2年間)を投じて進めているが、まだ不十分。構造的に年率8%以上の経済成長を達成できないと1%減で400万人以上の失業者を生むと推定されており、さらにもう一弾、二弾の対策を打たないと、このままでは今年度5%強の経済成長しか望めないという試算もある。こうなると1500万人以上の失業者が大都市にあふれることになり、社会不安に直結、それが同国の場合、政情不安にもつながる懸念がある。

2.危機の中でこそ求められる原理・原則

世界経済が急速に収縮する中で、今一番懸念されているのが保護貿易主義の動きだ。わが国はあらゆる機会において国際機関等を通じてその阻止に努力しなければならない。そして国としても内需拡大への構造改革を早急に進めなければならないが、人口減少社会へ突入してしまった。日本では自ずと限界がある。原料を輸入し加工・組立して輸出する無資源国のくびきから逃れることはできない。そこで円高と言う強みを生かした戦略が必要となる。幸いなことに一次急騰した原油・鉄鉱石・アルミ・レアメタルなどの資源価格が下落している。M&Aなどで今その確保に努めるのも戦略のひとつだ。
とはいえ世界規模で消費が縮減している状況で、わが国製造業が打つ手は限られてくる。筆者が、日本経済が危機に陥った際に必ず述べてきたことは「困ったときの原理・原則」である。そして歴史に学ぶことであると。日本企業は人材第一でこれまで幾多の試練をくぐり抜けて来た。ムダを徹底的に排除し、筋肉質の体型にし、次の転換期に備えてきたのである。
バブル経済崩壊後のデフレ経済による景気の長期低迷期、エクセレントカンパニーの経営者達は口を揃えて、次のような4つの経営施策を唱えていた。
(1) 経営ビジョンの明確化とその伝達のスピードアップ
(2) 危機意識の共有化
(3) 強力なマネジメントチームの形成とその実践強化
(4) 具体的な目標達成
失われた10年の頃、コストダウンに躍起になって品質が後方に追いやられたことがある。その結果が品質の乱れとなり、リコールの多発につながり、その処理コストの増大に苦慮したという苦い経験を持つ企業が多かった。
技能五輪の国内選抜大会の切削加工部門に参加し、惜しくも第二位になってしまったある技術者は寸法、精度に絶対の自信を持っていたため、あとに審判員になぜ自分の製品がだめだったのか聞いたと言う。その答えは「使う人が2つの製品を手にとって触れて感じてみて、どちらの製品を選びますか」。日本のモノづくりに世界が期待するのは、その仕上がりの見事さ、付加価値の多さ、高さである。よってどんなに苦しくとも品質向上への不断の努力の手を緩めることは、日本製品の存在価値を落とすことにつながる。まず品質競争力の絶対優位に配慮すべきである。

3.非常時の発想でコストダウンに取り組む

産業の裾野が広い自動車産業の業績悪化が話題となっているが、欧米に依存度の高い産業は電機、精密などおしなべて危機に見舞われている。時価総額の上位10社のうち8社が今期、大幅赤字や大幅業績悪化に陥るといわれている。その各社ともバブル経済崩壊後の縮む国内市場を補完する戦略であまりに急ピッチに海外展開を加速してきた。その結果としてコスト構造が変化し、急激な外部環境の変化に極めて脆弱な体質になってしまっていたことが浮き彫りになったのである。内需育成構造改革に無策だった国の責任もあるが、当面に自力でこの困難に立ち向かうしかない。
だが幸いなことにその深刻度の度合い、内容が異なるとはいえわが国産業にはオイルショック、急激な円高を克服してきた経験がある。最近の大手製造業のトップの発言を見ると、おしなべて現在は非常時、平時とは違った発想でムダの排除、コストダウン、構造改革に取り組まなければならないと声を強くしている。
再再度トップに緊急登板したスズキの会長兼社長の鈴木修氏は「内なるコストダウンをまず早急に行う。津波が第2波、第3波と襲来している今、部品メーカーなどにコストダウンを求めても遅い。非常時には非常時用の発想ができるはずだ。例えば製造現場で不良率を半分にすることもそのひとつ。こんな努力は平時ではできない」と経営者と社員全員が一丸となった取り組み強化を主張する(日本経済新聞08年12月25日付)。
各種フィルムなど多品種のテープ材料を生産「グローバルニッチ企業」を標榜している日東電工の柳楽幸雄社長は経営環境の激変で現在進行中の中期計画を凍結、緊急対策としてゼロベースから全ての事業業務を見直す施策を打ち出している。そのスローガンは「無・減・代(むげんだい)の追求」。つまりムダなものは無くす、減らせるものは減らす、代替できるものはコストダウンで代替しようというものである。環境問題の3Rと同じ発想で従業員に徹底した合理化を促そうというもの。その結果として「生産性を2倍にし、新たな成長につなげたい」としている。
そこで本稿ではコストダウンによる競争力強化の手法、考え方を提案してみたい。コストダウンの手法(ツール)としてはIE(インダストリアル・エンジニアリング)、QC(品質管理)、VE(価値分析)などが多くの企業で活用され、成果を上げて来た。またコストダウンの対象は経営の全ての業務に当てはめられるがそれぞれの対象に最適な手法をこだわって選択する必要がある。
だが、日本の製造現場では1990年以降、急速に変わった多品種、小ロット、短期間生産(変種変量、フレキシブル生産)体制の中で進まないコストダウンに直面し、悩み続けてきた。そのネックになっているのが現場で発生する複雑で多量な生産情報が正確に把握できず三現主義を唱えながら問題解決に至っていない点があげられる。そこで刻々と発生する現場のミクロの生産データを見える化し、作業、実績原価、品質のバラつきからコストダウンを発想することを提唱しているPOP(生産時点情報管理)の開発者である山口俊之氏の管理テーマ別の新しい8つのコストダウン手法を紹介してみたい。
「参考:山口俊之『新しいコストダウン8つの手法』(新技術開発センター刊)」
(1) 作業工数コントロール管理
〈ポイント〉シングル段取りを応用し、目標時間を提示、実績時間と目標時間の差を認識させ、差を縮めるよう働きかける。
(2) 個別実績原価コントロール管理
〈ポイント〉同一品種におけるロットごとの原単位データのバラつきを収束させることでコストダウンを図り、コストミニマムな作業の仕方を追求する。
(3) 機械稼働コントロール管理
〈ポイント〉新製品を投入すれば各機械の稼働率は変わり(稼働率は変動する)、モノづくりの仕組みの悪さが稼働率になって現れる。
(4) 在庫コントロール管理
〈ポイント〉在庫目標の立て方がポイントとなる。在庫は全てコントロールしなければならないという意識が大事になる。
(5) 仕掛在庫コントロール管理
〈ポイント〉工程内、仕掛在庫は計画が悪いか前後工程の能力のアンバランスによって起こるためにその原因を突き止め、それぞれ対策をとればよい。
(6) 製造リードタイムコントロール管理
〈ポイント〉製造リードタイムのうち工程内時間の短縮は困難なため、工程間滞留時間に着目して、その短縮に注力する。工程間滞留時間は計画が悪いか、能力のアンバランスによって起こるため、その原因を突き止めて、それぞれの対策を講じることが必要。
(7) 品質コントロール管理
〈ポイント〉モノづくりと品質管理の一体的な運用および品質の決定要因への正確な探求が要点となる。
(8) 設備保全コントロール管理
〈ポイント〉TBM(時間基準保全)では一定時間や一定動作回数に到達したら保全リストにリストアップして計画的に保全する。CBM(状態基準保全)では設備の健康状態を表す状態情報を自動採取して傾向管理グラフを作り保全値を決めて状態が保全値に達したら、保全リストにリストアップして計画的に保全する。
この8つのコスト管理を実のあるものにするためには(1) ミクロのデータを全て採取する、(2) テーマごとにコストダウンの定石を活用する、(3) PDCAを速く回す、の3原則が不可欠となる。そこでTQCを援用したQCC(クオリティ・コスト・コントロール)サークルを組織し、全員参加で、全組織に目配りしたトータルコストダウン活動に取り組むのもブレークスルー作戦のひとつだ。(山口講師の「生産現場の見える化と工場情報システムの再構築」参照)


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