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【新連載:世界一の品質を取り戻す9】

検証・日本の品質力
消費者行政の歴史的大転換と経営品質
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

1.顧客視点の経営は世界の趨勢

食品への不信、製品トラブルの連鎖が止まらない。解散総選挙に向けての政治状況もあって審議入りが遅れているが、福田前首相の肝入りで構想された「消費者庁」が水面下、急ピッチで準備が進められている。当初予定の09年創設は不透明だが、民主党も同様の新庁創設が構想されていることから消費者サイドに立った行政機関が近い将来創設されることは確実。
わが国には古くから老舗企業には「お客様第一」の商い方針があり消費者保護は企業サイドにまかされてきた。国の行政はどちらかというと明治以来、殖産興業・貿易促進に力を注がれており企業サイドに立った消費者対策の傾向が強かった。流れが変わったのが1980年代。市場の成熟化、飽和化、機能・性能の均一化があり、付加価値差別化策の良否が勝負を決める時代に突入したことがあげられる。商品作りの思想もこのころから従来のプロダクトアウトからマーケットインの時代に移り、顧客満足度(CS)経営が重視されるようになる。そしてマネジメントの国際標準(デジュールスタンダード)のISO9000sやマルコムボルドリッジ賞(日本経営品質賞)などに必ず顧客の視点が組み入れられるようになった。
これを受けて製品安全を所管する経済産業省も「従来の産業振興や経済成長など脚光を浴びる分野に目を向けがちだったがこれからは消費者の安全を基本に方針転換しなければならない」と「消費生活用製品安全法」を改正、強化した。併せて生活用製品の事故、トラブル等の情報収集機関である「製品評価技術基盤機構」(NITE)の整備機能強化にも乗り出している。
また雪印事件以来、食の安全、安心に反するトラブルが跡を絶たない。賞味期限(生ものなど足の短い商品対象)、消費期限(加工食品など足の長い製品対象)の改ざん、産地偽装毒物、異物混入、アレルギー食物の不述記載など不正内容はまちまちだが、中国問題(毒入りギョーザ、メラミン混入等)も含めて食への不信の連鎖は改まっていない。背景にはわが国の食品産業の事情が内在する。ビール業界や味の素など一部に売上高1兆円産業は存在するが、大多数は中小零略企業がひしめくのがこの業界。10年に1度はヒット商品を産み出さないと競争に負けるといわれるほど過当競争の食品業界にあって目先の利益のため脱法行為に走る経営者が続出するという悲しい事情がある。消費期限などは差別化策の一環としてその期間を極力短くする(消費者がその商品を選ぶ)競争も出現、その無理が不正につながったケースもある。因みに従来は製造年月日表示で統一されていたが貿易障壁の面から消費期限表示に切り替わった経緯がある。一方行政面からみると、タテ割り行政の弊害で消費者にとって不便、不利益をこうむることも指摘されている。例えば食の安全に関して言えば、厚生労働省の「食品衛生法」、農林水産省の「JAS(農林規格)」、経済産業省の「不正競争防止法」、公正取引委員会の「景品表示法」など4省庁にまたがっており共同体制がとれないでいる。

2.進む罰則強化の流れ

あまりに多発、連続する食品の不正、トラブルに対し、社会の目が厳しくなっている。その背景には不正等に対しての罰則が軽すぎると指摘する声が多い。JAS(日本農林規格)法に違反した場合次のような流れにとって罰則まで行き着く。
不正行為が発覚するとまず是正指示が行われる。その際に関係方向およびマスコミ等に社各や不正内容などが公表される。それでもなお改まらない場合には改善命令が下り、なお法律違反が続く場合に罰則規定が適用されることになっている。その場合でも罰金のみで最大1億円(個人の場合は懲役1年以内・罰金100万円以内)と決められている。
また全国に食品Gメン2000名が配置され、さらに特別Gメンも配置されている。その食品Gメンが内部告発等の情報提供があった場合に実地調査に入るが、その際においてもGメンには捜査権も無ければ証拠品押収の権限も付与されていない。よって第一段階としては不正等を指摘し、是正を指示するにとどまっている。こうした実情からなかなか不正が改まらないことから消費者の間からも法律違反が見つかった段階で何らかの罰則を科す法律改正を望む声が高まっていた。
その一環として消費者庁設置法案とともに包括的に食品製品の消費者被害拡大を防ぐ消費者被害防止法案も併せて上程罰則強化に取り組む方針を打ち出している。

3.世界に広がる消費者安全強化の波

消費者の安全安心を満ル制度改正は日本ばかりではなく全世界に広がっている。背景には中国製商品、食品等へのけん制の意味合いが強い。
米国はこのほど消費者製品安全委員会(CPSC)の権限強化予算拡充の法案に大統領が署名し同法が成立した。
CPSCは今から35年前に設立された政府機関で各省庁から独立し危険な製品から消費者を守るのと目的として製品の安全基準や自主回収に関する情報提供などを手掛けてきた。職員は約500名、対象商品は約1万5000種類に及ぶ。このたびの包括的な法改正は初めてのことで、製品の安全性を点検する体制を充実させるとともに、メーカーなどの内部告発者を保護する規定も盛り込まれている。この新法によると、今年度8000万ドルだった予算は10年度には1億1800万ドルへ、その後5年をかけて現状の70%増しに当たる1億3600万ドルまで拡充する計画になっている。その拡充分は製品安全Gメンの増強、実験所の設備、機器類の充実、などにあてる。また内部告発者の保護では、製造業や流通業の労働者を主に想定し、消費者からの法律違反、クレーム、危険情報のデータベース整備拡充にも取り組む。産業界から負担増につながるとの声も強かったが、最近の中国製品等による健康被害等が多くなっていることから、消費者サイドに押し切られた格好。米国では今後、CPSCの陣営拡大と併せ、中国側の担当機関と協議を重ね、安全性向上を強く訴える方針。この米中間の調整や規制の強化は日本を含む他国の安全基準の運用等にも、大きく影響しそうである。またEU(欧州連合)も食品、製品の安全性確保には力を入れており、これも中国製品をターゲットに制度改正、規制強化に動き始めている。

4.29の関連法を集約する「消費者庁」創設構想

相次ぐ食品表示偽装や生活用製品のトラブルに国は、食品であれば表示法の統一、用製品であれば日本版CPSCなどの創設を考えていたが、急遽浮上したのが、省庁横断的に消費者の安全を一元化する組織「消費者庁」構想だった。08年6月、その拠り所となる「消費者行政推進計画」が閣議決定され、次の臨時国会に法案提出の予定になっていた(民主党も別の法案を提出予定)。内容は政府与党案によると、消費者庁設置法案のほか食品・製品の消費者被害拡大を防ぐ消費者被害防止法案、表示、取引、安全など29法令を消費者庁に移管する整備法案の4法案からなっている。
その中で消費者庁へ移管される29法令の主なものは以下の通り(共管や一部移管も含む)。

<表示>
  • 景品表示法
  • JAS法
  • 食品衛生法
  • 家庭用品品質表示法
  • 健康増進法 など
<取引>
  • 消費者契約法
  • 特定電子メール法
  • 特定商取引法
  • 金融商品販売法
  • 出資法
  • 貸金業法
  • 割賦販売法
  • 宅建業法
  • 旅行業法 など
<安全>
  • 食品安全基本法
  • 消費生活用製品安全法
  • 製造物責任法 など
<消費者主役社会の構築>
  • 消費者基本法
  • 国民生活センター法
  • 個人情報保護法
  • 公益通報者保護法 など
そのほか、(1) 死亡事故が起きたり、被害が拡大する恐れがある、(2) 調査や処分が遅れるなど担当省庁の対応が不適切、などの事態が生じた場合には、首相が「措置要求」する権限を付与する案も検討されている。
しかし、まだ関係省庁の抵抗も大きく全体像に整合性が見られず不可解な面も散見される。例えば消費生活用製品安全法(経済産業省)の一部は消費者庁との共管になるが、電気用品安全法(同省)は従前どおり、議論の余地が多く積み残されたままになっている。
最近の法体系の流れからみると、事前規制はあまり強化せず企業の自律に任せ、その代わり事後の違反に対しては厳しく、懲罰的処罰を含めた結果責任主義に転換すべきとの声が多いのも確かだ。

5.不祥事撲滅の3つのマネジメントの流れ

ミートホープ社による食肉偽装発覚以降、内部告発による情報提供が急増している。
農林水産省は02年2月から「食品表示110番」を開設しているが、06年6月のミートホープ事件以来、3倍以上にその数が急増している。それ以降の食品不祥事の発覚は内部告発によるもの。背景には「社会的賛同の得られない”社内の常識“は通用しないと気付いた社員が多くなっている」現実があげられる。一方、公益通報者保護の制度はあるが、ほとんどが匿名による情報提供。直接関係省庁への電話や手紙による内部告発だけでなく、インターネットなどで不正を暴く、手段は多様化し、また意識も向上していることから隠蔽は不可能。意識的、不可抗力にかかわらず、トラブルが発生した場合には極力素早く公表することが企業価値毀損を極小化する対応策と心得る必要がある。ティーザー広告という手法があるが、これは小出しにして消費者の歓心をあおる手法だが、不祥事の小出しは消費者の不信をさらにあおることにつながる。
リスクマネジメントの視点からの、問題発生から対処法、謝罪会見の方法などについての詳細は別の機会にゆずるが、経営に視点から言えば、ビジネスのプロセスの全体の「見える化」を行い、全社員が問題を共有化することが不祥事の芽を事前に摘む第一歩といえる。
経営品質面から今、企業に求められているマネジメントは、コンプライアンス(法令順守)、トランスペアレンシー(経営の透明化)、アカウンタビリティー(説明責任)の3つ。グローバル化の面からも、この3つの考え方が基本中の基本といえる。

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