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【新連載:世界一の品質を取り戻す8】

検証・日本の品質力
急がれる日本発の国際標準のための人材づくり(下)
―コンセンサス標準という新戦略とともに―
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

4.明暗を分けた日本の国際標準化戦略3つの事例

 国際標準化の波は着実に広がっているが、最近わが国にとって明暗を分けた決定が相次いで明らかになった。
 いつでもどこでもあらゆる場所、環境で携帯電話やパソコンを使ってコンピューター網に接続し地域情報や観光情報を得たり、外出先から自宅の家電製品などを操作したりできる社会を「ユビキタス社会」というが、その日本の通信規格が国連機関の国際電気通信連合(ITU=本部はスイスのジュネーブ市)で国際標準として承認された。ITUがユビキタス技術を承認するのは初めて。同規格に採用されている技術は、総務省の委託を受けた研究機関「YRPユビキタス・ネットワーク研究所」が開発したもの。国内ではすでに一部の企業が商品にICタグを付けて流通・在庫管理などに活用している例がある。同研究所ではこの技術で特許を得ている。また総務省は規制緩和の流れの中で「ユビキタス特区」を全国22ヵ所承認、先端通信技術を活用した実証実験を進めている。海外で使える携帯電話を開発する神奈川県横須賀市、携帯端末を使って外国人観光客に外国語で観光案内する京都を中心とした5市町、走行中の車が電波を発信して追突事故を防ぐシステム開発を進める北海道網走市、愛知県豊田市などが実験地域として認定されている。
 ユビキタス関連市場は2年後、国内だけで88兆円に達すると見られ、この技術で他国に先行する日本の規格が国際的なお墨付きが与えられたことで、その実現に更なる弾みがつくものと期待されている。
 またITUはネット配信動画の品質を評価するNTTの独自技術を国際標準として認定した。同技術は配信された動画の画質を元のデータと比べ配信中の劣化具合を数値化して評価する仕組み。NTTは特許出願中で来年にも実用化を目指す方針。ネットで動画を配信する場合、データの圧縮や通信状況によって画質が劣化する。NTTの技術は圧縮前の元映像と配信された映像を比較し損なわれたデータの量や画像のひずみを数値化して5段階で評価するもので早ければ09年中に商品化しニーズが高まっている動画配信事業者や携帯電話会社への供給を進める考え。しかしITUでは今回NTTのほか、ドイツとイギリスの機器メーカーの方式、韓国の延世大学が開発した技術なども標準化術として認定しており、実用化の利便性が今後の競争要素となる。
 だが一方、携帯電話用OS(基本ソフト)分野において世界標準を目指したが断念せざるを得ない状況に追い込まれた例もある。NECと松下電器産業の両社は06年、携帯電話向けソフトウェア開発の会社「エスティーモ」(横浜市)を共同で設立、日本発の国際標準OSの開発を進めていたが欧州勢に先行され追い付けないまま続行を断念、このほど今年10月をもって解散することを決議した。NECと松下の提携関係は7年に及ぶが、エスティーモ設立当時は、携帯電話機メーカーが独自にソフトを開発する方式が主流であったため首位を争っていた両社はコスト削減を目的に共同開発会社を設立、無償OS「リナックス」をベースとした携帯OSを開発、その先にNTTドコモと連携し「日の丸OS」を海外市場に普及させる構想を描いていた。
 しかし、ドコモが主導する第三世代(3G)携帯電話の海外での普及が遅れた。その間にフィンランドのノキアや韓国のサムスン電子が市場を征しNEC、松下は中国、欧米市場から撤退を余儀なくされた。
 OSにおいてはノキア傘下の英国シンビアン社のOSなどが事実上の業界標準となりさらに米国グーグル社が昨年秋携帯向けOS「アンドロイド」を無償で提供し始めた。そして今年6月にはシンビアンも無償に切り替える方針を表明した。よってメーカーにとってこれまでコスト負担の大きかったOS調達が容易になり、エスティーモの存在意義は無力化してしまった。現在リナックスベースの携帯用OSに関しては世界50社が参加する標準化団体「リモ・ファンデーション」が設立され、開発、普及活動を展開しているが、NEC、松下の両社は個々に開発を委ねOS以外の開発分野に注力するとしている。NECはNTTが進める次世代ネットワークと携帯電話の連携を模索し付加価値を追求する。松下はデジタルテレビや家電との連動に活路を見出す方針だ。
 次世代携帯電話技術においてはNTTドコモが捲土重来を来して技術開発を急いでいる。光ファイバー通信並みのデータ通信ができる次世代モバイルはNTTドコモが開発する「LTE」と、米企業が提唱する「UMB」などの規格が世界標準を目指して競争に拍車がかかる。2年後のサービス開始を目指すLTEが優位との評価が高いが、国際標準化にはその他の要素が必要不可欠となる。新たな戦略を講じる必要がある。

5.デジュール、デファクト、コンセンサス3つの標準化戦略

 標準には大きく分けて「デジュー泣Xタンダード」(de jure Standard=公的な標準)と「デファクトスタンダード」(de fact Standard=事実上の標準)とがある。デジュール標準とは国家標準のJIS規格(日本工業規格)、JAS規格(国際農林規格)や国際標準のISO(国際標準化機構)規格、IEC(国際電気標準会議)規格、ITU(国際電気通信連合)規格などのような公的な標準化機関で作成された規格であり、定められた一定の手続きを経ながら参加各国の代表者の合意を得て文書化された企画をいう。
 一方、デファクト標準は市場における企業間の競争の結果として決定される標準であり、いわば企業同士の実力勝負の結果として出来上がるものを指す。
 そして現在はIT業界でいわれる「Winner takes all」(勝者総取り)と同様、自国の技術を国際標準化にする戦略競争に突入している。1990年代後半まではISOの国際規格を戦略化する欧州、デファクトの主導権を握る米国、後追いの日本という色分けだったが、最近は日本も国際機関への積極的関与、コンセンサス標準づくりなど日本発国際標準化への取り組みを強化している。
 デジュール標準のひとつISOはその前身である万国標準統一協会(ISA=1928年設立)を改組して誕生した組織で、法的にはスイスのNGO組織に過ぎない。現在147ヶ国が参加、電気、通信を除くあらゆる分野の国際標準を策定、その数は約1万5000を有し年々規格数は増加している。
 ISOの特徴は1987年に発効した品質管理のISO9000シリーズ、環境管理のISO14000シリーズなどに代表される「管理システム規格」が規格化されたことである。ISO9000の原型は英国規格協会(BSI)で規格化されたものだが当初品質管理に絶対の自信を持っていた日本企業は「いまさらイギリスの標準に学ぶことは無い」と関心を示さなかった。ところがイギリスから欧州に広がりISO規格として世界規格になるに及んで9000の認証を受けていないと世界各地のプロジェクトの入札などで、入札前の資格審査に通らない事態になり、日本企業も無視できなくなった。従来日本は世界が決めてくれた規格を活用して良品質で価格の安い商品を集中豪雨的に輸出してきた経緯がある。管理システムの規格化はマネジメントの共通インフラづくりであるが、日本を同じ土俵に乗せる欧州の戦略の結果という一面も持つ。
 さらに拍車がかかったのがいわゆる「非関税障壁」の問題。それぞれ存在した各国の規格や認証制度を貿易障壁としないため1995年1月WTO(世界貿易機構)の協定の一部としてTBT協定(貿易の技術的障害に関する協定)が締結されたことである。その中で大きな意味を持ったのが「加盟国はそれぞれの国家規格(日本ではJISなど)をISOなどの国際規格に原則として合わせる」という条項。これによってJISはISO準拠にかわりアジア各国でのJIS離れが急速に進んだ。
 IECはISOより早く1906年の設立。電気技術分野の国際標準化機関として約5000の規格を作成している。組織的にはISOと同様、スイスのNGOであり参加国・機関数は分野が限定されているため65とISOに比べて少ない。その中で共通のソフトウェア分野はISOとIECが共同会議を設立し、その場において標準化活動が実施されている。
 ITUはISOやIECと異なり国際機関の一部であり通信関係のITU-T、放送関係のITU-R、途上国関連のITU-Dにわかれ、標準化は主にITU-Tによって策定されている。加盟国は国連の一機関という性格もあって189カ国に及ぶ。同時に650以上の企業会員が直接標準化会議に参加しているのも大きな特徴といえる。
 そのほか分野はまったく異なるが最近話題の国際会計基準(IAS)がある。米国が約1年の準備期間を設け(約100社を選定、トライアル導入)、2年後には完全導入に踏み切ることを決定したことから、日本も急遽導入せざるを得なくなり、現在その対応に大童だ。
 一方、デファクトスタンダード成立の過程を見ると、かつてのベータマックス対VHS、最近のブルーレイディスク(BD)対HD-DVDの覇権争いが注目されたが、典型例がビル・ゲイツ氏率いるマイクロソフト社のパソコンOS「ウィンドウズ」と世界トップ半導体メーカー米国インテル社のCPU(中央演算チップ)「ペンティアム」が連合した「ウィンテル」が世界最強のデファクトスタンダードとして世界市場を席捲したことである。そして今注目され日本が力を入れようとしているのがコンセンサス標準づくりである。デジュールもデファクトも広義ではあるいは一面を切り取ればコンセンサス標準といえるが、狭義のコンセンサス標準はフォーラム、コンソーシアムを組織し緻密な議論を重ねて合意しデファクト化を目指す標準づくりのことをさす。背景には技術が高度化し差別化することが難しくなったこと、デファクト化を完成させるには経済的負担が徐々に重くなっていることなどがあげられる。
 前回述べたように現在経済産業省が中心となってコンセンサス標準のための研究会、同標準を活用した競争戦略フレームワークづくりが鋭意進められている。コンセンサス標準のための組織化に当たっては利益獲得を狙う企業(ここでは技術的リーダー企業とその周辺で便益を得る標準化周辺企業に大別される)ばかりでなく利用者側も参加したステークホルダー全体の全方位オープン型などの実験的討議も行われている。
 一般的に標準化の目的について(1)単純化 (2)互換性の確保 (3)伝達手段としての標準 (4)記号とコードの統一 (5)全体的な経済への効果 (6)安全・生命・健康の確保 (7)消費者の利益保護 (8)消費社会の利益の保護 (9)貿易障壁の除去などがあげられるが、日本流のモノづくりの特徴である目配り、気配りの効いた標準づくりを行い、これをもって世界に打って出る戦略が必要になってくる。

6.始動する日本発「戦略的標準化」のための人材育成

 世界の各国、各企業が「自分が勝てるルール」をつくろうとせめぎあっている時に、日本はこれまでそのルールづくりにまともに参画しないで標準化は人任せにしてきた。冷戦終結後、世界の市場は一体化に向った。それがボーダレス・エコノミーでありグローバリゼーション、メガコンペティションであった。その中で勝ち抜くためには欧米各国は官民あげて自国の産業の優位性を確立するために「標準」「ルール化」を活用してきた。これが「戦略的標準化」である。
 本稿の冒頭で日本製造業のガラパゴス化現象を述べたが、まだまだ途上国などからのキャッチアップが届かないうちに日本独自の標準化戦略を再構築する必要がある。もちろんルール化が利益に直結しない例もあるし、ブラックボックス化したり独自のカスタマイズ化したりで市場での優位性を発揮する戦略も存在するがその選択をするのも人材であり、企業個別の戦略ということになる。1980年代米国はプロパテントの戦略を攻撃の材料として市場優位を獲得していった。遅ればせながらわが国も21世紀に入ってから国家戦略としての知的財産戦略、それと連動した日本発の国際標準化戦略が始動している。
 02年に内閣官房に知的財産戦略本部が組織され、総合科学技術会議の報告「知的財産戦略について」を皮切りに04年には経団連が「戦略的な国際標準化の推進に関する提言」を行い、経済産業省が「国際標準化活動基盤強化アクションプラン」を策定、 06年には同省が「国際標準化戦略目標」を発表、活動はピークを迎えた。現在はその具体化を進めているところである。
 最近ISOやIECなど国際標準化の策定作業の場に数多くの人材を派遣するようになってきている。しかし欧米の委員からの日本委員の評は「サイレント・パートナー」という声が多く聞かれる。技術の内容はよく理解しているのに会話ができない、ディベートができない、仲間に入ろうとしない、(合意はオフミーティングの場で決まるケースが多い)、プレゼンテーション力が弱い、自分の意見を表明しない、などなどでこれでは勝負にならない。
 ここではこうした弱点解消による日本発国際標準化づくりのために人材育成の試みの事例を2つ紹介する。
 ひとつが官学連携による大学院での人材育成である。2年ほど前から経済産業省は日本規格協会などを活用し東京工業大学や関西学院大学などで「国際標準づくりのための基礎講座」など出前講座を開催してきたが来年4月開講で金沢工業大学が東京キャンパス(港区愛宕)内に大学院コースとして「国際標準化戦略プロフェッショナルコース」を開設する(定員10名)。企業などの実務経験者を対象とし模擬ゲームなどを通して欧米や中国などの担当者との交渉術を伝授し、国際標準化会議の場等で指導力を発揮できる人材を育成するのが狙い。同大学大学院工学研究科知的創造システムを専攻主任の加藤浩一郎教授は「企業内にあっては自社の技術の総合戦略が描け、国際的には標準化に向けて会議をリードするような人材を数多く育てたい」と抱負を語る。
 また経済産業省は国際標準に関する知識を問う新しい検定試験制度を創設する(09年第1回試験実施)。同試験は国際標準規格の知識を持つ人材の裾野を広げ、日本企業が持つ技術や知的財産を国際規格として普及させるのが狙い。当面は学生や初心者を対象とした2級と、企業の担当実務家を対象とした1級の2種類を用意する。2級では標準の種類や役割などの理解度を、1級では標準を活用したビジネス戦略を立案できる能力などを判定する。
 さらに企業などの要望が強い場合は規格開発業務に携わっている経験者を対象に国際会議で規格の提案作成を行うための知識を判定するS級も用意したいとしている。あ る程度認知度が進めば国家試験に移行させたい考え。
 日本の製造業が今大きな岐路に立たされている。標準化戦略を描ける人材の重層的育成は急務である。戦略とは「戦」と「略」して資源を極小化して楽に勝つ行動のことである。こうした諸施策は資源小国・日本にとって今後を占う方向性でもある。

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