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【新連載:世界一の品質を取り戻す4】

検証・日本の品質力
モノづくりのキーマン「管理監督者」の現場力劣化
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 
昨年の世相を表す漢字一字は「偽」に決まったが、昨今話題になっているのが、“名ばかり管理職”つまり「偽装管理職」だ。管理職は労働基準法上、経営者と一体的な立場での「管理監督者」とされ、該当するかどうかは人事権や労働時間の裁量権、給与面での優遇などが重要な要素となるとされている。ところが最近は権限がないのに店長などの肩書きだけが与えられ、管理職を理由に残業代などが支払われない社員が数多く出現している。ある調査によると、中小零細企業の40%近くで、そうした存在の社員がいることが分かっている。
東京地裁で1月、日本マクドナルドの直営店店長について「管理職には当たらない」として残業代などの支払いを命じる判決を下した(その後同社は控訴)。まだその多くは飲食、小売、サービス業などだが、徐々に中小製造業においてもその傾向が見られるようになっている。
最近の日本経済の長期安定成長を支えてきた要因に製造業の力があったことは否定できない事実である(中国など新興工業国の高成長、為替の円安など外部要因も大きな要素だが)。だがその実力が落ち始めているという指摘を声高に叫び警鐘を鳴らす識者も多い。ここでは偽装管理職に見られるような現場の混乱、管理監督者のモチベーションの低下など、その劣化する現状を分析するとともに、先進企業で始まった次世代管理監督者のあるべき姿の模索などの試みをレポートしてみたい。

1.リーダーの「現場力」衰退6つの要因

バブル経済崩壊後の「失われた10年」は製造現場にも大きな後遺症を残したが、特にしわ寄せが強かったのが管理監督者だった。
日本のモノづくり優良企業に共通する特徴は現場重視と現場主義である。現場が自分で問題を発見し、自ら改善策を考えて敏速に解決を図りトラブルに柔軟に対応するプロセスが組織の中に組み込まれている。この点米国や中国の製造業の現場では管理職と現場が労働者の階層格差が明確で経営者が現場に敬意を払う文化がないため、現場の労働者が創意工夫して問題解決を図ることは期待しづらいし、時として現場を知らない管理職がつくこともある。日本の現場のマネジャーはその職場出身の管理職で実態・スキルを熟知したプレイング・マネジャーであることが多い。
日本企業のもう1つの特徴はチームワークで業務を進めることが重視され、日常化している点が挙げられる。組織の一体感や帰属意識が強く一丸となって課題に取り組む力に秀でている。トヨタ自動車が追求している「自工程完結」の思想は、自分の工程だけをしっかりやるというものではなく、組織の人間が気持ちをつなげていくことを主眼としている。前工程の人がどういう気持ちでどのように作って自分たちの工程にモノを送ってくれたかに思いを巡らせ、次の工程の人がどんな気持ちで受け取るかを考えつつ仕事をすることが求められる。つまり「次工程はお客様」の発想で開発からお客様の手元まで完全品質のモノを届ける。この一気通貫の思いで貫かれているのである。その中核にスキルと思想のベクトル合わせとする管理監督者の存在がある。
だが、その管理監督者がここ10数年大きく揺らいでいるのもまた事実である。その理由をいくつか列挙してみたい。
まずバブル崩壊後のリストラの嵐に見舞われたことである。製造業だけとは限らないが、会社の都合で職場を去らなければならなかった人材の数は数100万人といわれている。その中で特に多かったのが給与の高いミドルクラスだった。
最近、「07年問題」はあまりは話題に上らなくなったが、団塊の世代の大量退職に伴う技能継承(技能リーダーの不在)問題は早くから予定されていたこと、早くから手を打っていた企業と目先の業績にとらわれ手を打たずに来た企業との格差が歴然となっている。
2番目が中国を中心とした新興工業国への生産拠点の移転だった。特にコスト競争が激化してからの急激な海外移転は人材の育成が間に合わず、職場の中核を担うリーダークラスが海外工場の貴重なトレーナーとして現地へ赴かざるを得なかった。結果が国内主要生産拠点の中核人材の空洞化である。以上2つの問題は人事の玉突きとなって品質を落とす要因にもなっている。
3番目が人の構成に伴う職場環境の変化である。現在全労働者の3人に1人が非正規労働者で占めている実態が示すように製造現場にも派遣、契約、請負、アルバイト、季節労働者など、種々の労働形態の働き手が入り乱れて入ってきている。その中でライン一括請負など管理職にとっては治外法権のような存在もある。それらを束ねて管理するのは精神的にも大変な苦労を伴う。
4番目が新しい改善手法の複数の同時導入である。従来はサークル活動や改善提案、TQC(TQM)などをやっておればよかったのが、最近では効果があると喧伝された数々の手法がJITやシックスシグマ、バランススコアカードなど、欧米で成果が上がった新カテゴリーの改善手法が次々導入されつつあることである。それに国際基準であるISO9000やISO14000、そして最近では内部統制などが加わる。これらの運用の中核になるのが管理監督者。最近、改善疲れ、マンネリ化が指摘されているが、その管理監督者が疲れ切っていることに他ならない。解決方法としては、必要最小限のところのみに導入して成果を享受することと、出来る限り統合管理することである。
5番目がIT化の波が製造現場にも押し寄せてきたこと。全てのデータの収集とチェックが管理職の手に委ねられていることであり、またデータづくりにスピードが要求されることである。よってパソコンの前に座っている時間が多くなり、本来業務である部下の指導(コミュニケーションとスキルアップ)や肝心の問題解決に時間が割けなくなっていることが指摘できる。
6番目が成果主義の導入である。管理監督者は戦略のブレークダウン、評価に時間をとられ、部下の不満解消に腐心しなければならない。また弊害として不機嫌な職場が出現、セクショナリズムが横行し、セクション間の意志の疎通、3ムの解消にも心を砕かなくてはならない状況に陥っている。
付け加えるならば、日本ではまだ顕在化していないが現場リーダーによる技能の海外流出である。経済停滞が著しい韓国では現場リーダーが土日を利用して中国でのアルバイトに精を出し、高いフィーを稼ぐため、惜しげもなく貴重なノウハウを提供している実態がある。ソウル・仁川空港で幹部が阻止のため見張っているほどだ。

2.リーダーの条件と課題解決力とは

リーダーの条件とは何か。古くから種々論じられてきたが、おさらいの意味で簡単に列挙しておきたい。まず、READERの頭文字をとった語呂合わせから。
Listen=聴く
Educate=教える
Assist=援助する
Disucuss=話し合う
Evaluate=評価する
Respond=責任をとる
これは部下指導のコツでもある。こうしたことを具体的に進める上での1つの手法として、コーチング手法などが今多くの職場に浸透し始めている。これに経営感覚を加味し、組織全体のベクトル合わせを行い、業績向上に直結させていく。
また現場リーダーには問題解決能力のたえざる向上が求められるが、発想の原点となる問題解決の手順には次のようなものがある。
(1) 問題提起:全ての問題点をまず抽出することからはじめる
(2) 原因分析・現状認識:事実を知る。それを定量化し数値の裏を読む
(3) 解決案の模索:分類・連想・類推する。その際どんな意見にも批判ははさまない
(4) 予想される障害:どんな小さな障害でも全てを列挙してみる
(5) 障害を克服する工夫:問題の本質を見直し、歯止め策を講じる
(6) 行動計画:5W2Hの角度全てを盛り込む
(7) 実施:モラールアップの手立てを講じ実績が上がれば内外にアピールする
そして、これをPDCAのマネジメントサイクル同様、7つのステップをサイクル化し、スパイラルアップを図り精度を上げていく。
21世紀の人づくりは真の「クリエイティブ・マネージャー」の育成に関っていると言われる。これからのモノづくりは従来の価値つまり性能・機能・品質・価格だけで競争する時代ではなくなってきている。よって次世代のモノづくりには日本がこれまで蓄積してきた知恵、アイデア、高度な専門技術、熟練技能、ユニークなノウハウ、経験を結集して付加価値の高い、世界が真似できない独創的なモノづくりが要求される。
それを支えるのが、これらを生かして自立(律)発展する組織・ユニットを組成・運営・教育出来る人づくりにあるという訳だ。
そこで日本製造業の代表であるトヨタ自動車と松下電器産業におけるクリエイティブ・リーダー育成の一端を紹介してみたい。
まずトヨタ自動車だが、同社は毎年、富士重工業1社分を上回るスピードで海外生産拠点の拡充が進んでいる。
そこで問題になるのが、現地採用の労働者をトヨタシステムに基づく要求水準をどれだけ早く導くか、その指導者の育成が急務となっている。特に人材育成はトヨタの経営スピードよりも速いスピードと効率性が求められている。そこで同社はトヨタが持つ知識・技能のベストプラクティスを修得し、自ら創造性を発揮できる現地のクリエイティブ・リーダーの育成機関としてグローバル生産推進センター(GPC)を開設した。マザー工場制度があった03年7月に本社・元町工場場内に開設したのを皮切りに、現在では地域GPCである米国、英国、タイを加え計4ヵ所にGPCが存在している。 狙いは拡大する生産拠点の早期現地化を図る目的から現地採用を重視し、全体の自立化を推進する。そのためには、(1)世界中どの生産拠点でも同一品質の製品が作り出せるよう、モノづくりの基本知識・技能の標準化を図る。(2)日本人抜きでもトヨタの精神・知識・技能が教えられるよう人材育成の指導方法を統一して外国人の指導者・トレーナーを効率よく育成することが必須条件となっている。そこで早くから中核となる元町GPCではトレーナーズトレーナーの養成に着手していた。GPCは(1)開発設計の「V-comm室」(デジタル技術を多数応用)、(2)新工場立ち上げモデル切り替えのための「プロジェクト準備オフィス」(3)知的側面の人材育成のための「研修室」(座学中心)(4)車両・ユニット・生産管理・物流など20分野のトヨタのベスト技能育成のための「ベスト技能研修場」(5)量産化に向けての現物で確認を行う「グローバル号試場」(量産検討場)の5つの部分で構成されている。
その研究内容や指導方法にも同社得意の創意工夫が凝らされている。製造については「見える化」を応用した、ベスト技能ビジュアルマニュアルなどを作成し。基本技能、要求作業、標準作業、現場管理、工場経営・運営手法など5つの階層と保全、特殊技能が統一され、ステップを踏みながら着手に学んでいけるよう工夫されている。
すでに3000名以上の研修者を輩出しており、世界中の生産拠点で指導者としてリーダーシップを発揮している。
「モノをつくる前に人をつくる」これは松下電器産業の創業以来の考え方だが、現在でも技術・現場革新と人材育成は経営の両輪となっている。
同社は現在、「GP3計画」(Global Progress, Global Profit, Global Panasonic)を推進中だが、具体的な経営目標は09年度までに(1)売上高10兆円、(2)ROE(株主資本利益率)10%、(3)営業利益率8%を目指すとしている。この目標を達成するためには、現場の革新と人材育成が必須となる。
同社ではまた、01年からセル生産革新に取り組んでいるが、現在はそれをさらに発展・強化したNextセル生産革新を進めている。このNextセル生産革新を実現できる強い現場リーダーが必要不可欠というわけだ。
Nextセル生産革新とは(1)すべての在庫ゼロを目指し市場競争に勝つQCD(品質・コスト・納期)を実現する、(2)パナソニック流ジャスト・イン・タイムの実現、(3)完全品質を安く・安全に提供する、(4)キャッシュフローの極大化、ということになる。
現場リーダーの育成は三位一体研修(モノづくり責任者、革新リーダー、現場リーダー)を基本とし、(1)工場長・海外製造社長モノづくり研修、(2)SCM(サプライチェーン・マネジメント)リーダー実践研修、(3)課題解決型実践力育成による現場リーダー短期研修コース、などが用意されている。
一方で中国・東南アジアからの研修生も数多く受け入れており、ここでも現地の従業員を指導できるトレーナー(将来の現地幹部)養成が急ピッチで進められている。
同社も今後は「海外が成長エンジン」という認識を持っており、その実現のためには内外の重層的なリーダー育成が必要不可欠となっている。

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