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【新連載:世界一の品質を取り戻す2】

検証・日本の品質力
技術一流死守から生じた2つの危機
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 
現在世界には6000兆円以上といわれる流動金融資産が、より高いリターンを求めて徘徊している。それを後押しするように原材料等の資源を証券化する、いわゆるコモディティ化が拡大している。
サブプライムローン(信用度の低い住宅ローン)に端を発した世界経済の信用収縮は「しっぽの大振れが頭部の動揺を招いた」と表現されるように、金融の混乱が頭部の実物経済に大きな影響を及ぼし始めている。
「もはや日本経済は一流とは言えない」と今通常国会の冒頭で経済財政担当大臣は警告したが、いくつかの国際競争力指数は日本の地位を低く評価している。また株式市場を見れば国会の混乱を見て日本売りが加速している。
では一流の名を欲しいままにしてきた日本の技術力、品質力が世界水準からみてどう変化しているのか。いくつかの角度から検証してみたい。ここ2、3年日本製品のリコールや事故など品質トラブルが続発している。開発、製造、メンテナンスそしてマネジメントまであらゆる分野でその事象は起こっている。
これを評して日本の劣化が進んでいるとする見方も多い中、まずここでは世界の技術のフロントランナーに生じた劣化について3つの視点から検証してみたい。

1980年代に世界のモノづくりのリーディングカントリーといわれた日本だが、90年代初頭のバブル経済の崩壊、その後遺症、対応の不手際から“失われた10年”を過ごしている間に中国などが台頭、そして現在ではインドなどが迫りつつある。その間に目標としていた米国は航空、宇宙、医療などの一部産業を残して多数のモノづくり産業が拠点を海外に移し、空洞化した。それに代わってリーディング戦略産業としたのが2つのテクノロジー、つまり金融(ファイナンス=FT)と情報(インフォメーション=IT)技術だった。そのバブルが最近崩壊したのだ。
米国製造業の衰退を象徴するかのような事態が07年に起こった。世界NO.1の自動車企業GM(ゼネラル・モータース)が実質的にその地位をトヨタ自動車に譲った。またGE(ゼネラル・エレクトリック)はすでに金融業がその実態で利益面から見ると電機企業のおもかげは薄い。因みに07年12月時点での薄型液晶テレビの北米市場におけるシェアをみると1位がソニー(日本)で2位がサムソン(韓国)、そして3位に米国の新興メーカーであるビジオ(低価格商品を得意とする)が入っているのみで、4位に1位の座を滑り降りたシャープ(日本)がいる。
では日本の品質力のかつての比較優位の現状は今どうなっているのだろうか。日本のモノづくり産業の強みはローエンドからハイクラスまで極小コストで製造できるオールラウンドプレーヤーが揃っていることにある。しかし“失われた10年”や中国でのローコスト大量生産、韓国の技術的追い上げなどの焦りから、ここ2、3年、品質トラブルが相次いでいる。その中から2つの例を紹介し、検証してみたい。

●リチウムイオン電池の品質トラブル

第一がリチウムイオン電池の品質トラブルである。
ある記者会見の席上、記者のノートパソコンが発火した。その映像がネット上に流れ、衝撃が走った。原因はソニー製のリチウムイオン電池。リチウムイオン電池は1991年にソニーが初めて開発したもので、その後用途が拡大、1回の充電でより長時間使用が求められ大容量化かつ小型軽量薄型化の要求がつよくなっている。ちなみに最近の10年で同電池の構造は電気をためるリチウムイオンをセパレーターと呼ばれる絶縁体で区切る構造になっており、容量を増すためにはその積層の数を増す必要がありその為にはセパレーターをより薄くする必要が生じる。トラブルの原因には製造の途中でそのセパレーター部分に極微小金属などの通電物質が付着し、それが充電時や使用時にショートし発熱・発火したというもの。ソニーのケースではより大容量化の競争が激化する中で市場投入を急ぐあまり、セパレーターの極薄化を強引に進めた結果、製造工程上で異物混入を防ぐ絶対的措置を講じる体制が整われない前にまた厳重な品質チェックが出来ないまま市場に出てしまったことが要因。併せて対応の遅れを指摘する声も多く出た。同社では、リコールなどトラブル対策費用としてその年500億円以上を投じざるを得なくなり、業績に大きな影響を及ぼした。その後三洋電機などでも同様のトラブルが発生、特に中国など海外拠点で生産した製品に同様事例が多かったことなどは一つの教訓を残した。

●組み込みソフトウェア問題

2番目が組み込みソフトウェアの問題である。
現在数多くの製品の制御等がデジタル化、電子化され、それに付随した技術者不足スキルの未熟さ等が深刻な問題となっている。顕著な例としては02年に発生した携帯電話のリコール問題、23万台42万台と相次いでソフトウェア不具合からの回収修理問題を引き起こした。市場に投入される前段階でバグが見つかり、その修正に膨大な人手と時間とコストがかかっている現実が多くの現場で見られるのも事実である。経済産業省の調査によると、関連製品全体で、設計での問題発生率は16%弱、そのうち55%強がソフトウェアに問題があったと報告している。
ちなみに米国市場においては、国立標準技術研究所(NIST)の調査によると、組み込みソフトウェアの不具合等で発生する国家的経済損失はGDPの0.6%、約600億ドルに達していると推計されている。
90年代の家電不況、02年のITバブルの崩壊後、技術者が数多く自動車産業に流れたといわれるが自動車産業においてもまた人材不足気味でバグ多発の悩みから解消されていない。現在では自動車産業の約30%が電子制御のための工数(車1台に700万行数のソフトウエア)として費やされているという。日本のモノづくりの特徴は目配り気配りの効いた想定外の使用にも耐えられる製品作りにあるが、揺籃期にあるこの分野では意外な品質トラブルも発生している。
国はリコール原因調査分析委員会を組織し、研究しているがその委員会を務めた畑村洋太郎東大名誉教授は次のような事例を紹介している(文藝春秋社刊『リコールの法則』から)。少しのアイドリングの間に燃料漏れが起こり併せて突然のエンストとブレーキの作動不動が同時に起こるトラブルがある車種に集中して発生した。この3つのトラブルを総合的に分析した結果、逆演算で次のことが分かったという。
  1. 現実のトラブル:エンジンが高回転から下がらない→ 最悪の場合燃料漏れ、突然のエンスト、ブレーキの作動不動が起こる
  2. 不具合装置:エンジンの回転数が下がらないため車体下部の温度が異常に上昇する→ 樹脂燃料タンク、電気配線、駐車ブレーキケーブルの被覆等が溶損する恐れが生じる。
  3. 引き金要因:AからBの状態でCかつDという操作をして停車するという特殊な使い方がエンジン制御コンピューターのプログラムから漏れていた。
  4. 背景要因:エンジン制御コンピューターは揺籃期で試行錯誤が繰り返されているこの不良はプログラムのバグではなくプログラムの設計段階で稀な組み合わせ操作を想定していなかったために起こったミス
と判明した。
景気回復によって情報家電などが好調に推移している。つれて組み込みソフトウエア技術者の人材不足は深刻度を増している。また国際的にも技術者の争奪戦が激化している。
トヨタ自動車には現在、約1万名のこの技術者がいるといわれるが、今後を考えると「2万名は必要になる」と想定している。競合他社も同様で、窮余の策として、トヨタ、日産、ホンダの3社は共同で、共通のプラットホームソフトの開発に乗り出している。その上に各社個別の差別化されたソフトが付加される構造になる。
国もこの組み込みソフトウェアの人材育成を独立行政法人情報処理推進機構(IPA)などとともに進めているが新3K(きつい、厳しい、帰れない、あるいは給料が安い)職場であるという認識が若者の間で広まっており、なり手がないのが現状だ。
中国でも同様のことが起こっており、人材不足をインドへのアウトソーシングなどで賄おうとしているがブーメランリスク等もあって限定的。当面絶対的人材不足は解消されそうにない。まず経営者からの待遇改善から始めるしか手がない状況だ。
日本が今後も技術・品質大国の地位を維持しようとするならば、ソフト立国を目指す必要がどうしても生じてくる。国際的に見ると、日本のソフト技術者の層は極めて薄いと指摘されている。その解消には産業と教育界の強い連携、それを官がサポートする三位一体の体制作りが急務といえる。(第2回了)


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