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【新連載:世界一の品質を取り戻す1】

深刻化する日本の品質複合汚染
−今問われている製品品質と経営の質−
山本 行雄  
(ジャーナリスト・前日刊工業新聞論説委員)  
 

(1)トラブル発生4つの要因

日本の産業界の品質危機が叫ばれ出してから久しい。根本的解決になっていない要因に日本人の特質である「喉元過ぎれば熱さを忘れる」対症療法で満足してしまう点が指摘される。
かつて米国のエコノミスト、ロバート・フェルドマンは「日本全体がCRICサイクルの宿あに陥っている」と警告した。CRICサイクルとは(1) Crisis(危機)が起こると、(2) 過度にResponse(反応)し、(3) 上手にImprovement(改善)を図るが、一定の成果が出ると気の緩みとなり(4) Complacency(怠慢)に陥ってしまい、再び危機を招くというものだ。
食品問題に代表されるように、最近特に製品トラブルの連鎖が止まらなくなっている。自動車のリコールの増大、家庭用電気製品のトラブルや欠陥問題、リチウムイオン電池の発火など枚挙に暇がない。
世界に冠たる品質管理の発展の歴史があるのに何故今こうした問題が発生しているのか。4つの視点から見てみたい。
第一が標準を決めて、それを直実に実行し遵守するということが全社的に展開されていない為に発生しているベーシックな問題。そこにあるのは基本面でたがが緩んでしまっていることが挙げられるが、経営者が絶えず目を向け、コミットメントしていないことにも起因している。経営者はそれだけをやっていては飽きられてしまうので、何か目新しい手法などがあるとそれに飛びついてしまって基本がおろそかになってしまっていることから発するもの。
二番目がこれまで“品質管理の洗礼”をあまり受けずに成長してきた企業に見られる問題で、これまで隠れていた品質問題がコンプライアンスや、倫理、情報公開等が社会的に重要課題となってきたことから顕在化してきた現象から生じてきている問題。
三番目が技術のフロントランナーという立場から、最近のグローバル化、途上国の追い上げなどから、国際大競争、コスト競争に巻き込まれ、十分の検証を経ずに市場投入をして、欠陥問題に結び付いてしまったことなどが挙げられる。
そして最後の4番目がバブル崩壊後の失われた10年に代表されるように職場における4Mからガバナンスまですべての面で省略化し混乱したところに上記の3問題が重なり、複合的に覆いかぶさってきたことがポイントとなる。
日本の品質を強化してきたものに5S,TQC(TQM)、TPM、カイゼン、JITなどオリジナル手法がある。90年代の経営混乱期以降、欧米から数多くの革新手法が持ち込まれ、動揺した経営者はこれに飛びつき、導入した。結果、現場には諸活動が重くのしかかり、改善疲れとなり、かえって現場は疲弊してしまった。どの手法も徹底すればそれなりに大きな成果を生むことは間違いない。そこで提案。自社組織には何が一番有効かを見極めそれに他の有効手法を付加して差別化を図る。同時にムダを省くためマネジメントを統合する。スリムで全体最適な活動を指向する。
もうひとつは品質保証体制の確立である。最近では品質管理よりも品質工学(タグチメソッド)や信頼性工学の方が有効ではないかという意見も聞こえてくる。これらを包含しながら、加えて設計から調達、マーケティングまでステークホルダー全体への品質面での目配り・気配りが必要になっている。
そこで品質情報のスピーディーでフレキシブルな流通が促進され、かつトップ直轄で、即経営判断に結び付けられる品質保証体制強化が先進製造業の喫緊の課題となっている。
最近の品質混乱、トラブル、不祥事多発の要因は多岐にわたり複合的に出現している。製造現場での要因も数多く指摘され、分析されているがここでは割愛する。そこで技術のフロントランナー故のトラブル要因をその事例から2点指摘しておきたい。
ひとつがソニー、三洋電機などに代表されるリチウムイオン電池の発火事故。リチウムイオン電池は電極をセパレーターで区切った構造になっており、充電容量を増すためにはそのバウムクーヘン状の層を多くする。そのためにはセパレーターを極力薄くする必要がある。そこに微小な金属などの異物が混入すると、充電時や使用時に熱を持ち発火しトラブルとなる。同電池は使用範囲も拡大し、また容量も最近の10年で5倍以上になるなど開発競争が激化している。わが国にはIC製造での進んだクリーン技術があるはずなのに、コストなどとの見合いから十分な検証をせずに見切り発車し影響の大きな製品トラブルにつながってしまった。今後もよほど注意しないとイタチごっこになる可能性がある。
もうひとつが組み込みソフトの問題。2001年、携帯電話におけるこの不具合を起因とする回収事故が23万台、42万台と相次いで発生した。車載用電子機器もそのウェートを高めており、すでに総工数の30%が組み込みソフトに費やされている。トラブルの発生件数も増大している。
経済産業省の統計によると、関A製品全体で、設計での問題発生率は16%弱で、そのうち55%強がソフトウエアに問題があったと指摘されている。因みに米国NIST(国立標準技術研究所)のデータを見ると組み込みソフトウエアの不具合による国家的経済損失はGDPの0.6%、約600億ドルに達している。わが国での、その分野での人材不足は早くから指摘されており、まだ解消されていない。その数は30万人とも50万人とも言われ、人材獲得競争が激化している。

(2)経営の質を劣化させる8つのシンドローム

以上、製品の品質の劣化の問題を見てきたが、現在のマネジメントでは、クオリティを品質ではなく質と約している。最近の企業の不祥事は品質問題だけではなく、組織の質の問題に起因した事態も数多く出現している。
組織とは、拡大、成長と成熟の2つのパターンを繰り返すものであるが、小笹芳央氏はその著「会社の品格」(幻冬舎新書)の中で企業の不祥事につながりかねない深刻な症状を、拡大期、成熟期それぞれから4つのパターンを抽出している。
まず、拡大期における4つの症状とは第一がカリスマ依存症。カリスマ経営者(起業家、創業者などの成功者)への依存と盲目的な追従によって暗黙の言論統制、上層部を批判できない雰囲気が醸成されてしまい顧客ではなく上を見て仕事をする組織になる。つまりトップの求心力があまりに強いため、社員の意識が外に向かなくなるという弊害を生む。
2番目が戦闘疲弊症。あのライバル社を撃滅せよとか、あの顧客を攻略しようとか軍隊用語が飛び交い、イケイケドンドン一辺倒になり顧客軽視に陥りやすくなる。結果として羅針盤を喪失し、かつ長時間労働につながり疲弊する。
3番目がマネジメント不全症。これは特定の有能なプレイイングマネージャーに業務が集中し、負荷が過度に高まると同時に管理がおろそかになってしまった状態を言う。管理機能が作用していないので適切な役割分担が不可能になり業務の統制が取れなくなる。人材の育成が追い付かない、職場のすみずみまで目が届かなくなることからミスが生じやすくなる。
そして4番目が視野狭窄症。社員全員が猛スピードでは走り続け、全体が見えなくなり視野が狭くなる。短期目標に集中するあまり目の前のことしか見えなくなる。成果主義の悪い面が出てしまうとこの症状に陥りやすくなる。結果、社会と会社内部との価値観のズレが生じてしまう。
一方、成熟期に入った組織が陥りやすい症状は次の4つだ。
まず、第一が顧客視点欠落症。これはロングセラー商品やサービスを持っている会社が陥りやすい症状と言える。利益の源泉である顧客満足の大切さを忘れてしまいがちになる。内部においては顧客よりも自己保身に目が向き、顧客のニーズやトラブル、不満などの情報が入ってこなくなる。それは、判断の尺度が自社の商品・サービスが基準となり、顧客の視点がないがしろにされてしまう。そこに大小のそごが生じる。
2番目が当事者不在症候群。自分の在任中にトラブルが発生しないことのみに走り、誰も責任を負わない、誰も何も決められない、問題点も見ようとしない、などの事なかれ主義が蔓延し、新たなアクションや新提案などはつぶすことから始まる。社会保険庁などの役所によく見られる例で前例主義、問題先送り体質がこれに相当する。
3番目が既決成蔓延症。どうせ聞いてもらえない、所詮会社は変わらないというあきらめの心理が組織全体に蔓延してしまった状態を言う。結果として、おかしいと思う心ある社員がいても正論を口にできない雰囲気が全体を覆ってくる。ルールや仕組みに対して社員が意見できる雰囲気を醸成することが必要であり、それを吸収できる人材の育成が急務になる。
そして最後の4番目がセクショナリズム横行症。これは組織が大きくなった結果、機能分化が過度に進んでしまった縦割り組織の弊害で私の部署はここまでしかやらないといった閉じた価値観が生まれたことによって生じるシンドローム。顧客に対する無関心、連携すべき他部署に対する無関心、連携不足によって顧客軽視の風潮になってしまう。
つまり、全体に言えることは内部の論理と社会の価値観の乖離である。

(3)高まるCSRを重要性

従来は内部に不祥事が内在していても、外に出ることは多くなかったが、最近の企業不祥事多発化を助成しているのが、06年に認可・施行された「公益通報者保護法」であり、社会的にはネット社会の進展である。特に昨年は不祥事の連鎖があり、内部告発の数は一昨年の数倍に達したという。
国においても安心・安全指向の高まりから「消費者庁」創設の声が出るなど、従来のメーカーよりの行政から消費者・ユーザーよりの姿勢にシフトしつつある。消費者の声を聞く期間として国民生活センター(総務省)、農林水産消費安全技術センター(農林水産省)、製品評価技術基盤機構(経済産業省)、国立健康・栄養研究所(厚生労働省)などが存在しているが、食品Gメンの全国2000名の配置などその機能強化を随時進めている。
経営の質を高める仕組みとしては、新会社法、J-SOX法、内部統制、コンプライアンスなどなど、企業不祥事の芽を内部で、事前に摘み取るべき制度改革が急速に整備されつつある。国際的にも同様の改革が進められようとしている。製品品質から経営の質を制御するマネジメントシステム、JIS Q9005が05年12月に発効し、ISOでは09年の発効を目指してCSR(企業の社会的責任)の国際マネジメントシステム規格ISO 26000が現在討議されている。


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