前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョダイジェスト
 
2005.10【特集記事−本誌編集部より−】
トヨタの強さはここにある!
トヨタの経営革新法
付加価値経営研究所  関根 憲一
 

1.トヨタの経営革新、3つの基本思想

1)昔は、及ばざるは過ぎたるよりはよし

 徳川家康の処世訓のひとつである。一見消極経営で、ひっこみ思案に思われやすいが、これを本気で実践するとなると、これ程勇気がいるものはない。例えば、K国のG自動車の例である。自動車で成功すると関連企業のタコ足経営に走る。それ行けとばかり、自動車以外の業界、建設はもちろん百貨店にまで手をのばす積極経営であ る。結果的には「過ぎたるムダ」が更にムダをつくり、現在苦しんでいるのは皆さんご存じの通りである。その点、トヨタは本業1本である。海外工場建設も及ばざるは過ぎたるよりはよしで、他社よりおくれをとっているが、この基本思想に基づいて、経営している。  もう1つの事例はゴルフのパターである。ホールの手前10cmを狙い、ツーパターで入れるか、それともホールの後方30cm位を狙い、ワンパターで入れるかであるが、素人は前者のツーパターがよいのである。ワンパター方式だと、打ち過ぎになりスリーパターになるか、フォーパターになるかである。ゴルフもスコアーを気にするならば、「及ばざるは過ぎたるよりはよし」なのである。
 生産方式も同様なのである。営業から欠品による売り逃しが発生するから、つくれつくれといわれても
  1. つくり過ぎはしない
  2. 不要な在庫は持たない
  3. 注文以上につくらない。
 「3ない」生産方式という。一見平凡で、消極経営にみえるが、トヨタの基本思想なのである。
 日本人の好きな「先んずれば人を制す」「先手必勝法」からみれば、おかしいかもしれないが、基本思想の第1である。

2)後引きの原則である

 後引きとは「後工程であるuserの注文通りにつくる」ということで、及ばざるは過ぎ たるよりはよしの延長になる。
  1. 計画はすれど、計画通りにつくらない。したがって中期計画6.3.1カ月の生産計画はつくるが、その通り生産はしない。

  2. 最短の受注情報で順序計画をつくる。例えば、毎日の受注情報でつくる。

  3. ひかれた分、売れた分、受注のあった分のみ、つくる。これがかんばん着想の原点であり、着眼点なのである。第2の着眼は「及ばざる生産方式」であるから、なんらかの方法で「つくり過ぎ」を押さえ込む方法を工夫する必要がある。改善着眼点は現品票を2枚つくり、1枚は現物につけ、1枚は自工程と後工程とのEROM-TO用、つくり過ぎ規制用現品票を発想したのである。30年前は2.2m/mの鉄板でやっていたのを20年前紙製にかえ、現在はITにかえているだけの話である。ただし、つくり過ぎとは一種の貯金であるから、これをゼロにせよとか、ノンストックにせよとかいっているのではない。必要な在庫を持つのがかんばんの思想なのである。必要な在庫量とは原材料0.8日、仕掛0.8日、製品0.8日、計2.4日分であるが、製品のみグローバル仕様のためか現在は輸出車もふくめ4.0日分持っている。
3)すべてをタテ持ちにトライする勇気

 タテ持ちとは図1のように工程の流れ、仕事の流れに従って工程を設計し、ライン化し、最後に一貫ラインをつくりあげることをいう。
 フローショップともいう。ヨコ持ちとは図1のヨコのように機能別、設備別、仕事別に工程をつくり、職場をつくることをいう。ジョブショップともいう。いずれも長、短所がある。
  1. 早くつくればよいものが安くでいるという思想で工程を連結、リードタイム短縮を狙うのである。昔、75日かかっていた自動車の生産期間が、現在は、セルシオで40H、ビッツで20Hになったのはタテ持ちの成果と思う。

  2. 工程連結、一貫ラインにする設備を連結していく。

  3. 内製化し、運搬、停滞のムダをとる。エンジンを除くと組立部品でもっとも高価なのはタイヤでこれを内製化の難物という。このタイヤでさえ加硫工程をインライン化するという発想である。停滞と運搬とコストのムダとりである。

  4. 片手で持てるものは、すべて1個運搬、1個投入、1個加工、1個組立、1個検査にもっていく、ワンピースフローの徹底である。ただし、小物はちがうようになった。

  5. ライン化すれば、簡易自動化(MT)や自動化(AT)が容易になり

    で少人化が可能になり、原価低減に大きく寄与するものである。ΣHTとはSTの和。
図1 タテ持ちとヨコ持ちのちがい
図1 タテ持ちとヨコ持ちのちがい

4)不良ほどタチのわるいムダはない

 セルシオの部品は35,000点、仮に部品の平均不良率(P)を0.1%とすると35点不良部品内在庫になる。ポアソン分布と仮定しても35±3√35≒35±18≒17〜53個の不良部品内在庫になるから、全車、欠陥車という計算になる。出荷検査でこの不良部品が発見された場合のムダは、分解するムダ、診断するムダ、取り替えるムダ、新部品が余分にいるムダ、再組立、調整、再検査するムダというように7つの工数のムダが発生する。内部で発見されたときはVつのムダ工数×17〜35個の取替え部品=1車当たりの工数損失ですむが、これが外部でしかも使用中発見されると、クレームとなり、信用損失になる。M社ではないが、不良のムダがムダを生み、最後に経営のムダにまで発展する。このように工場の不良のムダがいったん外に出ると「タチのわるさ」に変化するのである。しかもそれをかくすと、あとで会社をつぶすほど、タチのわるさに変化するのである。
 従って古いトヨタ生産方式の基本思想は、「原価低減のため」といわれてきたが、新トヨタ生産方式では「品質のため」が基本思想になる。
図2 不良を「出さない」「つくらない」「入れない」しくみ、要点
図2 不良を「出さない」「つくらない」「入れない」しくみ、要点

5)ばらさないと新しいものは生まれない

 正確にいうと「現状及び常識をばらさないと新しいものは生まれない」というのが新−JITの基本思想の1つである。「just in time」発想の着眼点は自動車のような部品の多い組立作業の場合、各部品が組立工程順に欠品ゼロでjust in timeにライン側に集まっているのが一番よいのである。常識的といえばそれまでだが、当時は欠品があるというのが常識だったので、かんばん化を提案しても「理想はそうだろうが、現実離れしているとか」「外注いじめになる」とか、いろいろできない理由をつけ反対したのである。この常識の壁をやぶることをトヨタの現場では「ばらし」という。
 かんばんの原点である「ほしいものを要るときに、要るだけ、要る部署が前工程にとりに行く」という発想も計画生産で、押し込んでいくという常識をばらしたのである。ヨコ持ちの多数台持ちという常識をタテ持ちの多工程持ちにしたのもばらしの発想である。ラインを見て、まず「人をぬけ」というのもばらしの発想なのである。
 では一般のIEをMIEに進化させるコツを提案しよう。一般のIEでもトヨタでいうMIEでも動作分析、作業分析、工程分析、稼働分析というように、分析手法については大同小異である。1つだけ異なるのは参考文献1)の「工程ばらしの技法」だけである。私は日本能率協会の4P(IEプロ養成コース、先生は新郷重夫氏)終了者で暗算が得意だったので、タイムスタディは1,000時間以上、経験している。
 改善案の案出しについても新郷先生だけにはまけないように努力したので、現場のIEはひと通りマスターしたつもりである。ところがある日トヨタの巡回研究会に出席してびっくりしたのが「工程ばらしの技法」なのである。あの有名なS主査による現状のラインを全面的に否定して、まず「人をぬけ」という命令であった。目標は組立人員1/2という。この発想にはびっくりした。
 日本能率協会の伝統的IE技法にない工程ばらしの技法を応用しなければ解決しないのである。これは老婆心であるが、IEマンがプロとして成功するためには2つの能力がいる。1つは分析能力である。それは少し努力するとできる。もう1つは分析した結果、ムダをとり除いて、再組立するイメージ能力、あるいは企画能力、または総合能力(昔の日能では、このようにいっていた)、もう一つはプロセス化能力、そういった能力を自分で鍛えなおすことが大切である。
 ばらしとは過激な言葉であるが、トヨタ生産方式の根源的思想の1つにこのあらあらしい「ばらし」の思想が潜んでいることを忘れてはならない。

6)山を低く谷を浅く

 生産管理としては当たり前のことであるが、工場の生産性をあげる条件の第1になるこの思想が成立する条件として、
  1. 平準化
  2. 同期化
  3. 順序計画
  4. 微調整
  5. 混合生産方式
  6. 標準化
  7. 安定化
となるのである。

7)真の付加価値作業は梅干しのタネより小さい

 これは思想というより考え方に近い。主作業以外はすべてムダか、準ムダと定義するところにトヨタ生産方式のこわさがある。

8)真の経済性追求、ムダとりの目的は原価低減である

 これもどちらかというと訓令に近い。設備改善が有利か、作業改善が有利か、小さいムダとりが有利かはすべて経済性が判断基準になる。これは常識であるから、トヨタ生産方式の特色にはならない。原価低減も同様である。それより
  1. 最少人員で物をつくる技術、「まず人をぬけ」「ぬくなら優秀な人間からぬけ」 通常の会社では実践されないことを要求し、やっているとのこと。本当だろうか?
    最少人員(N人)とは
    HT(手扱い時間)をST(標準時間)にすることが条件になるが、狭い意味の現場のトヨタ生産方式とは(1)の実現である。

  2. ところが設備の稼働率より人の稼働率を重視する思想はちょっとわかりにくい。 汎用機械の設備稼働率は確かに40%位である。ところが人の稼働率は95%以上である。しかも作業ペースは1動作0.6秒位の速さであるからWFからみても、世界一流のペースであるから、文句はないのであるが、どんな式で設備生産性と労働生産性の経済性を判断しているのかは不明。後日の宿題として残しておく。

  3. いつでも2班24Hの稼働体制に移行できるしくみ。今は実施していないが、昔は季節工を採用してやっていた。一見、けちけち生産方式に見えるが、人間の持っている能力を100%発揮させるしくみづくりを仮に「工場の人間愛」と定義すれば、世界一の人間愛を実践している工場かも知れない。

  4. 一般の会社は操業度益が基本になっているが、トヨタはキャッシュ・フローの経 営になっている。一般の会社は設備が高価であればある程、原価償却は大きいから設備稼働率は100%を狙う。特に装置工場は在庫を無視して「いつかは売れるだろう」 として稼働率100%を狙う。ライン別利益管理も在庫損失を無視しているところが多い。操業度益が基本になっているからである。工場はどんどんつくれ、営業はそれを売れという方針になる。ところがトヨタはあくまで、機械の稼働率はマーケットの必要数できめる。第1の及ばざるは過ぎたるよりはよしと第2の後引きの思想の実践である。造りすぎると、タチのわるいムダがつぎつぎと発生するから、その損失が大きいと考えるわけである。最大の損失は幹部の心のゆるみから生ずるムダ発見能力の低下だと思う。これを経済計算の式に入れているのかもしれない。一度どんな式かみたいと思っている。トヨタのライン別利益管理は在庫の損失を引いたキャッシュフローになっていると言われているが原材料0.8日分、中間仕掛品0.8日分、製品在庫0.8日分、計2.4日分の在庫なら、その必要もないのではないかと思う。
    によってきまるから、分母を大きく、分子を小さくすればする程、有利になるから、ラインの固定費削減に懸命の努力を傾けている。新−JIT生産方式の新しい技法の1つになるかもしれない。
9)在庫は諸悪の根源か?

 これも訓令に近い。古いJIT生産方式では、在庫のムダはすべてのムダが見えなくなるので、諸悪の根源ときめつけていた。ところが、新−JITでは物造りの方法をかえれば、自然とへるから、ムリに在庫を削減し、ケガ(欠品、売れ逃がし)をつくるより全社的しくみの改善の方法が重要といっている。コンピュータ屋にしくみをまかせるとK社でもO社でも年間20億もとられ、しかも在庫は安全在庫として10日間分も持たされるから、「MRPやERPばらし」を先行したほうがよい。工場内在庫は「工程ばらし」で十分削減できる。それより「不良ほどタチのわるいムダはない」に目をつけ、予防法として「定置定表定量先入れ先出し」を徹底したほうがよい。

10)助け合い

 トヨタ生産方式にはいくつかの農民用語が出てくる。アンドン、モヤイ「助け合い」イヤな言葉はさらし首である。この助け合いは田植えのとき、横線を保つため、分業の境界線はもうけるが、手の早い人は手の遅い人の分まで植えてほしい、助けてあげてほしいという願いから来ている。この助け合いは分業化による責任区分のはっきりした欧米はもちろん、中国、韓国でもやっていないし、日本でも若い人には馴染まない習慣である。
 T社のO工場では、この助け合いゾーンが明確に示されている。これによって、順次点検が可能になり、良品の後引きが可能になるのである。ライン編成効率(E)というものはAという機種では95%でも、B機種に切り替えると70%位におちることが多いことから、標準作業票のみでは95%以上の維持は不可能と考えるわけである。これを補い、常時Eを95%に維持する方法としては助け合い以外にないと判断したのである。これは分業式の水泳のバトンタッチでは「手待ちのムダ」が発生するので、助け合い式の陸上リレー式の習慣をつけさせたのである。これは永い経験と伝統から出た教訓であるが、思想にもなっている。
 さて、岡目八目としてトヨタ生産方式の特色面から10程、思想らしいものをあげて解説したが、どちらかというと教訓的なものも含まれているので、しぼってみると次の3つに要約できる。
基本思想1)及ばざるは過ぎたるよりはよし
基本思想2)ばらさないと新しいものは生まれない。
      現状否定のDNA。
基本思想3)不良ほどタチのわるいムダはない
その他は今や常識、教訓、訓令になって

2.経営7つのムダとり

物造りからみた古いトヨタ7つのムダと、新トヨタ7つのムダも重要であるが、経営 者が経営のムダに気付いていない会社は従業員が不幸である。ここでは経営者が経営 のムダに気付くために経営の7つのムダを取上げることにした。
  1. トヨタ生産方式は現場技術、生産(設備)技術、経営(思想)技術の3つに分けて勉強した方がわかりやすい。
    工程ばらしは現場技術、大艦巨砲型の設備をつくらないのか設備技術、「売価はUserがきめるものだ」という後工程中心の経営思想を持ちながら、利益をあげきる経営技術。以上の3つに分け学びとると理解しやすい。本節では経営技術面のみに着目してムダとりを提案しよう。

  2. 経営7つのムダ

    1. 工場で最もかなしいのはつくりたくてもつくるものがないムダである。手待ちにはちがいないが、営業力がない場合はどうにもならない。新技術開発力がない場合もどうにもならない。 その結果、
    2. 労働分配率が高くなりリストラが待ちうけているムダ。そのためには、工場の売上高達成が第1義と考え
    3. 生産計画必達にもとづく、操業度益の原価計算、工場評価制度のムダがある。その原因は
    4. 計画生産、特に本社で決定された生産目標達成で在庫をつくる。
    5. 大きな本社よりの指示で書類づくりのムダ
    6. ヨコ持ちが精密加工上必要と固守する、技術幹部。
    7. 「リコールは恥」としてうそをつく社長
以上のようなムダがあるので、発生原因とムダとり案を提案する。
この表1を参考に経営のムダとりにチャレンジして欲しい。

表1 経営7つのムダ

※当文は、関根憲一著「進化するトヨタ生産方式」より引用。

前のページへ戻るホームへ戻るテクノビジョンダイジェスト